2-5.大治療 後編
リナが回復してすぐ、トルテラは意識不明になった。
単に疲れただけ、とは到底思えない衰弱ぶりに、リナは動揺した。
すぐに回復させる方法が思いつかず、休ませるしかないと思うものの、道具が足りない。
テントや毛布が欲しい。
一晩戻らなかったので、きっとエスティア達が探しに来ているはずだ。
行き先は伝えてあるので、近くの道は通るだろうが、道から外れたこの場所にリナが留まっていて発見できるだろうか?
気配察知と言う魔法があり、大なり小なり誰でも使えるが、冒険者は練度が高く範囲が広めであることが多い。
見つけてほしい側も、気配を強くすることはでき、見通しのきかない場所でも出会える可能性が高い。
だが、道から数十m、しかも崖の上と下。気付いてくれるか?
それとも、トルテラを置いて、助けと機材を取りに……と迷ってるところに、気配察知で人の気配を感じた。
おそらくエスティアだろう。来るのが速すぎる。
未明から、探しに出たのだろう。
気配察知は、エスティアよりリナの方が得意なので、リナが気付いてもエスティアは気付かない可能性がある。
リナは道まで上がるルートを探す。
幸いエスティアも既に気付いてる様子で近付いている。
テーラも一緒に居るようだ。
「エスティア!こっちだ」と言うものの返事が無い。
まだ声は届かないようだ。
声は、山の中では意外に届かないのだ。
ガサガサやらバキバキやら草をかき分け、踏み越える音が聞こえ、やっと声が聞こえる。
何を言ってるか、わからないがエスティアの声だ。
テーラも声を張り上げてるのだが、リナやエスティアと比べると小さな声しか出ないため、まったく届いていなかった。
大声も冒険者に必要なスキルなのだ。
エスティアと接触できることが確実になった瞬間、次の関心ごとは、エスティア達が何を持ってきてくれたかだ。
家に戻らなかったということは、家に戻ることができなかったということであり、歩けない状況である可能性が高い。
歩けないのがトルテラなら、連れて帰るのは難しいかもしれない。
そこに気付けば野営の装備は持ってきてくれたはず。
見えた、エスティアだ。
「リナ!」「リナーー」テーラも。
「すまない、私のせいでトルテラが」。
エスティアはリナの気配がわかった時点で、怪我をしたのはトルテラの方だということには気付いた。
この口ぶりからすると、リナをかばってだろう。エスティアはそう思った。
「トルテラは?」
「あっちだ。酷く衰弱してるんだ」
少し大回りして、辿り着く。
外傷は無さそうに見える。「トルテラ!」呼んだが返事が無い。
それと比べてリナの方は服に血が付き、あちこち破れがある。
それを見てエスティアは状況を理解する。
怪我をしたのはリナの方だ。
トルテラは治療で力を使ってしまったのだ。
「毛布はあるか? 他には何を」
「ええ、毛布とテントもある」
エスティアはテントを持ってきていた。
良かった。テントを持っていた。
ただし、ここでは木から遠く吊るすものがない。
テーラは水あめを持っていた。
衰弱しててもこれなら行ける。薬草も……
テントを立てながら、リナが崖から落ちて死を覚悟したことと、起きたら自分の怪我が治って、トルテラが昏睡したことを伝える。
リナは泣いていた。エスティアも。
崖から落ちて大怪我したリナがこうして元気で、トルテラが昏睡してるのだ。
何があったかは容易に想像がついた。男は命と引き換えに魔法を過剰に使える。
トルテラなら命を削ってでも治療を続けるに違いない。
テーラはいつもにも増して無口だった。
昨日の夕方の時点で、帰りが遅いので心配していた。
夜になっても戻らず、これは何かあったということがわかったが、いくら夜目魔法があっても山の中で夜間の行動は危険だ。
リナたちは、日のあるうちに道まで戻ってくることができれば、少し遅い時間になっても家に戻ってくる。
戻ってこないのは戻れないから。
最悪の事態を想像した……
すると、テーラが「トルテラは死んでない」と言った。わかるのだそうだ。
なので、少し安心した。少なくともトルテラは生きている。
トルテラが生きているならリナも生きているに違いないと思った。
どちらかが行動不能になっている可能性が高い。
動けないのがトルテラだったら、運ぶ手段は無い。
数日滞在になるかもしれない。
元々裕福ではないエスティア達はそんなに荷物が多くない。
少々かさばるがテントを持って行くことに。
テーラにも、薬などを持って一緒に行ってもらうことにした。
行先は聞いているし、探しに行った薬草の種類が分かっているので、かなり範囲が絞れる。
番地が振ってあるわけでも無いので、山の中というのは名前だけで場所を特定しようとすると、非常に広範囲になる。
ただし、効率よく採集できる場所と言うのは、そんなにたくさんは無いので、取りに行った薬草が分かれば、かなり場所が絞れるのだ。
寝起きが悪くまだフラフラしているテーラを急かして、朝一番で出発し、目的地に着く前に気配察知で人を見つけた。
接近しているので、たぶん相手も気づいて近付いているのだ。
さらに近付くにつれ気配でリナだと言うことが分かったが、気配は1つ。
トルテラが見つからない、はぐれたか、もう既に……と思ったが、リナは無事で、トルテラは元気とは言えないものの生きていることは確認できた。
リナの第一声が「すまない、私のせいでトルテラが」だったので、相当肝を冷やした、全身から血の気が引いたが生きていて良かった。本当にそう思った。
……………………
テントは立てたものの、トルテラを中に入れることができない。
3人でも持ち上げるのがやっとで、テントの中に運び入れることができない。
毛布を敷いた上に移動し、上からも毛布を1枚掛けて寝かしておいた。
その間に朝食の準備をする。リナは食事のことなどすっかり忘れていた。
やっと昨日の朝食以降、何も食べてなかったことに気付く。
食事をしていると、トルテラが意識を回復した。
リナが「トルテラ、何か食べるか?」と軽く声をかける。
トルテラが寝てる間に相談し、なるべく平静を装うことにしたのだ。
トルテラの性格的に大袈裟な反応をすると、安心して逝ってしまうかもしれないからと。
リナが食事してるのを見て安心したのがわかった。
立ち上がろうとするので「まだ寝てた方が……」と言うが、よろよろと立ち上がり、「覗くなよ」と言ってフラフラと歩いて行った。
つまり、トイレだ。
なかなか戻ってこないので、心配したが、だいぶたって戻ってくるのが見えた。
トルテラのトイレタイムの間に、とっておきの水あめと薬草を湯で溶いた回復薬を用意し、トルテラに飲ませる。
衰弱してる状態からの体力回復には甘いものが一番だ。
日頃からいくらでも甘いものが手に入る環境だと気付かないが、甘いものは衰弱に対しては即効性のある特効薬になる。
ただし、甘くて保存も利くものとなると、高価で貧乏人にはなかなか手が出ない……とまでは行かないが、気軽に口にできるものではない。
割れず零れない容器も大変高価なので、こういうときのために用意したとっておきの品だったのだ。
それを飲むと一言「寝る」と言って、毛布に寝転がろうとしたので、テントに連れて行き寝かせた。
しばらく滞在することになるかもしれないので、シートへの報告も兼ねてテーラには先に家に戻ってもらった。
相変わらず無口だが、安心したようで手を振っていた。
これからのこと、心配ごとなどを話していると、トルテラの声が聞こえた「リナ」。
目を覚ましたかと思い中を覗くと、「リナ、体、元気か」と聞かれたので、もう大丈夫だと答える。
さっき食事してるの見たじゃないかと思ったが、見るとトルテラは寝ている。
寝言か?と思ったが、安心して逝ってしまうかもと心配になって「トルテラ、おい、トルテラ」呼んでみるが返事が無い。
急いで中に入って様子を見るが、ただ寝てるように見える。
「自分よりリナのことの方が心配なんだよ」とエスティアが言った。
「そんなこと、わかってるよ」とリナが答えた。
思った以上に衰弱しているのかもしれない。
覚悟を決めて、エスティアに話す。
「エスティア、済まない。私は一生トルテラの面倒を見る。
だから、一緒に仕事できなくなるかもしれない」
エスティアは答えた
「私は元から一生一緒に居るつもりだったよ。
手放そうと言ってたのはリナの方だから。
だからリナにもあげない」
「私のせいで、こうなったんだ、私が」リナが言う。
「今まで通り、一緒に暮らせばいいじゃない」とエスティアが返す。
「エスティア、済まない、ありがとう」
そういって2人は抱き合って泣いた。
……また、背景に花びらが舞い散りそうだった……トルテラを引き取る前日のように。




