第五話 手がかり
──午後五時五十七分
【小日向遥陽】
三時間前──下校時に光空の提案で、私達は雛子のお母さんに話を聞きに行くことになった。
メンバーはあたしと光空、ヒトミ、桜詠、瞬也、会都の六人。本当は心亜もいればなお良しなのだが……心亜も雛子と同じで行方不明なので、この面子になった。
ヒトミ、会都、桜詠の三人は情報収集に特化している。特に会都と桜詠は人間以外のものから情報を集められるので、非常に心強い。
会都のメインの能力は地獄耳ではない。本人は“遠隔聴”などとかっこよく言っているが、それはサブ能力で、本来の力は〈人以外の生物と会話をすることができる〉ことなのだ。
そして桜詠の超能力は“サイコメトリー”。〈物体に残る様々な記憶や情報を読み取る〉。
つまり、会都は動植物から、桜詠は生き物ではない“物”から、それぞれ情報を集めるというわけだ。
この三人が手がかりを探すためにメンバーに選ばれたのは分かる。では他の三人は?というと、光空は発案者、あたしはそこに無理を言って加わり、瞬也は〈テレポート(瞬間移動)〉の能力持ちだから、である。要するに連れて行ってもらうためだけの、タクシー代わりみたいな感じ。雛子の家は学校から結構離れているので時間短縮ってことだろう。初めは『なんで俺が』と渋っていたけれど、結局は了承してくれた。ごめん瞬也。
ちなみに、メンバーは我らがクラスの頭脳派・参謀こと梅葉さんの指名によるものだ。光空とあたしは要らないと言われたが、強くお願いしたら許可が下りた。最も、『くれぐれも邪魔にならないように』と釘をさされて送り出されたが。まるで職場見学に来た子供に言うようなセリフだ。 ──言われなくても邪魔なんかしないのに……。
で、まず雛子の家を訪ね、彼女の母親から『本屋に行くと出掛けた』と聞き、近くの本屋へとやって来た。
一昨日も出勤していたという店員さんに雛子の写真を見せたところ、確かに来たそうだ。小説の在庫確認をしてきたらしい。その人の話によれば、残念ながら取り寄せになるという旨を伝えたところ、『なら結構です』と断って店を後にしたそうだ。
しかし、それ以降の足取りが掴めない。先程の店以外の本屋を何軒か訪れて聞き込みをしても、雛子は来ていないらしいのだ。
そこであたし達は一つの説を考えてみた。
在庫の確認をするということは、買い物に来た目的であり欲しかった小説だったのだろうか。取り寄せを希望しなかったのは、雛子が『他の店に置いてあるかもしれない』と考えたからだと思われる。その小説を探していたのなら見つければ購入するだろうし、無ければ一軒目の時のように店員に尋ねるだろう。しかし購入履歴は残っていない、確認にも来ていないとなれば本当に店自体訪れていないということになる。
これらを踏まえ、考えられるのは……「雛子は別の書店へ行く最中に姿を消した」、という説。それが一番有力だろう。
そしてついに、一軒目の本屋から一番近い本屋までの道の途中で昨日まで工事をしていた場所があったとの情報を、道端の雑草から得たのだ。
何かあるとしたら人通りの少ない住宅街や裏路地の可能性が高い。人通りが少なく、遠回りをして二軒目に着くことができるルート…………二通り程あったが、両方を入念に調べていくと、うち一つの道の道路の側溝に、薄桃色のパスケースが引っかかっていたのをヒトミが見つけた。
そして、今に至る。
「あった…………」
大分汚れていたけれど、拭き取って中身を取り出すと、雛子の名前が入ったICカードだった。
「手がかりっつー程のものでもねーけど、とりあえず雛子がここを通ったってのは確かだな」
「あー眼ェ疲れたー! 桜詠、後は任せた」
「分かっています」
桜詠がパスケースにそっと触れ、目を閉じる。
「………………!」
数秒後、目を開けた桜詠の表情は硬い。
光空が恐る恐る尋ねる。
「ど、どうだった…………?」
「……雛子さんは────」
分かっていても、はっきりと言葉にされると何とも言えない気持ちになってしまう。
その後、他に何か手がかりは無いかと探したが、収穫はあのパスケースだけだった。
その日は帰宅して手を洗うなり部屋にこもり、そのまま寝落ちした。
──六月二十一日 水曜日 午前五時四十二分
目が覚めた時にはもう、外は明るくなり始めており、普段の自分の起床時間よりも早かった。
(もしかしてまた……今日も誰かいなくなってるのかな…………)
そう思うと凄く気が重い。暗い気持ちでシャワーを浴びに浴室へ向かう。
脱衣所の鏡に映る自分の顔は、クマこそ消えたもののどこか顔色が悪く疲れているように見える。
鏡の中の自分を見つめたまま、昨日の桜詠の言葉を思い出す。
『雛子さんは…………雛子さんが行方をくらました理由は……何者かによって拐かされてしまったから、です……』
──あの後色々質問したけれど、誰が雛子を攫ったかまでは分からないそうだ。
桜詠のサイコメトリーは物体視点の映像も多少観れるようだが、あくまで“触れた物体の視点から見た場合”というだけなので期待しない方がいいと彼女は言っていた。それ故に、背後からだったこともあってそいつの姿は雛子に隠れよく見えなかったとのこと。
「はあ…………」
(なんでこんなことになっちゃったんだろ…………)
雛子が拉致されたなら、恐らく心亜もそうなのだろう。
二人が攫われた理由……招待状にもあったから、多分超能力が関係しているのだろうが、単に超能力を持っているからと言って、こんなリスクの高いことをするはずがない。何か動機があるはず…………。
「別にあたし達だって……好きでこんな力持ってるわけじゃないのに……………………」
──午前七時三十分
「あら……今日は真野さんがお休み?」
ああ………………。本当に一人ずつ連れ去っていくつもりなんだ。
今朝、雛子について一緒に調べた桜詠達五人と、昨日あったことを話した。
みんなの怯えた表情が辛かった。
何が“招待状”だ。何が“宴”だ。
あたし達はこれから、毎日を「次は自分かもしれない」と怯えながら過ごさなければならないの?──そう思うと何とも言えない恐ろしさと、怒りを感じた。
ホームルームが終わっても、授業が終わっても、誰一人として、必要最低限の会話以外は喋らなかった。
──午後十二時三十分
昼休み。
あたし達は無言のまま。ひたすら重たく沈んだ空気が流れ続ける。
その沈黙を破ったのは梅葉だった。
「みんな、少し聞いてほしいことがあるんだけど」
一斉に全員の視線が梅葉に集まる。彼女は皆を一度見てから、こう言った。
「私はこのまま、大人しく全員手紙の奴に捕まる気は無い。誘拐予告を招待状なんて言うような、ふざけた奴の思い通りには私がさせない。……みんなはどうなの?」
お互いに顔を見合わせるだけで、梅葉の問いかけに答える者はいない。
でも、梅葉の言う通りだ。
「私も、黙って自分の番が来るまで待つなんて嫌」
てまりが同調した。あたしもそれに続く。次第にみんなも同意していった。梅葉がそれに頷きつつ再び口を開く。
「ただの仮定に過ぎないけれど、私なりに推測してみたの。どうして最初が雛子で、次に心亜、そして今日……三人目が実言だったのか。私は、この順番には意味があると思ってずっと考えていた。そしてある一つの結論に至った。それは──」
梅葉はそこで一度区切り、間を置いて周囲を見渡してから続きを言った。
「それは、奴がこの学校の人間だから」
教室内がざわつく。
…………やっぱり……。
「そして────いや、奴は厄介な人物から始末しているのよ」
「始末って……」
呟いた雅季の顔は若干引きつっていた。けれどあたしは、“始末”のワードよりも、梅葉に違和感を感じた。
(………………今、何か言おうとした……? 『そして』の後…………気のせいかな……)
「自分にとって厄介な超能力を持つ能力者から順番に連れ去り、犯人が誰か辿り着かないようにした。奴が学校内にいるなら尚更ね」
「ちょっと待てよ。“厄介な超能力”って言うなら、雛子は? 雛子は人の能力をコピーして使えるだけだろ? むしろ“厄介”とはかけ離れてる能力じゃんか」
「ええ、私もそこが分からなかった。瞬也の言った通り、雛子の能力は他の超能力があって初めて、『超能力』になる。でも、だから厄介なのよ。雛子は他者の能力をコピーできる。つまり裏を返せば、“二十四種類の能力が使える”ということ」
「あ……そっか。雛子自身は好んでいなかったけれど、本当は凄い力なんだ……」
と、横で雪南が言う。
「そう、最も個性が無いように見えて、実は最も便利な能力。奴からしたら同じ能力が二つずつあるようなもの。……ま、本当は一定の範囲内に超能力者がいないと発動できないけどね。でもそれは私を含めた数人しか知らないことだから、奴が知らなくても充分有り得るわ」
え、そうだったんだ。全然知らなかった。だから本人は気に入ってなかったのか。
周りの反応を見る限り、数人しか知らないのは本当みたいだ。
「てまり知ってた?」
「うん」
…………マジか。
「なるほどな。確かに筋は通ってる。心亜は人の心が読めるし、実言は〈心の底から念じたことが現実になる〉っていうチートみてーな力がある。『犯人自ら名乗り出ろ』なんて念じたら、それこそ一発で終わりだもんなー」
蒼が頭の後ろで手を組みながら言った。
確かに……心亜は結構頭良いし鋭いから、実言より前だったのも確かに納得できる。
蒼が言うように、あたしも実言の能力はほぼ最強レベルと言っても過言ではないと思う。唯一実現できないのは、“別の能力者(能力)が関係する時”と、“人の命や記憶等を脅かすこと”の二点だけらしい。…………そういえばなんでこの二つはできないんだっけ。雪南に訊いてみる。
「わたしも詳しくは分からないけど……なんでも、許容量を大きく上回る、莫大な情報とか力が関わっていると、不可能なんだって。キャパオーバー……って言うのかな? 許容量が何を基準にしているのかまでは知らない──というより、実言くん自体も詳細は不明って言ってたよ」
「へえ……」
「で、それだけ?」
……え?
唐突に聞こえたてまりの一言で、かすかに空気が変わったのを感じ取った。見ると腕組みをして梅葉をじっと見つめている。その表情からは何も読み取れない。
「…………何が?」
少しの間を置いて梅葉が聞き返す。
「あの梅葉が出した結論はそれだけかって言ってんの」
「…………」
どういうことだろう。今のだけじゃないの?
……梅葉は何も答えない。
「…………何故そう思うの?」
「別に、特に意味なんて無い。けど梅葉が何か隠してるから」
てまりの観察眼には時々驚かされる。……ん? そういえば梅葉……さっき何か言いかけてたな……。てまりの“隠してる”って──もしかしてその時の?
「…………はぁ、さすがてまりね」
諦めたようにして梅葉が息を吐いた。
「…………正直、さっきみんなに話したことは私の本当の考えじゃない。いずれにしても仮説は仮説、単なる憶測に過ぎない。それでも、私はもう一つの可能性の方が高いと思ってる。…………本当は信じたくないけれど」
梅葉は躊躇いながらも、真っ直ぐな目であたし達を見て、続きを話し始めた。
【一原瞬也】
能力︰テレポーテーション(瞬間移動)
自分の頭に思い浮かべた場所に瞬間的に行くことが出来る(ただし、既に行ったことのある場所でないとテレポート出来ない)。
テレポートの際、自身が触れているものも一緒に移動が可能。人間を連れて能力を使用する場合、(健康状態で)一度にテレポート出来る人数は5〜6名。人数は距離・体調により前後する。
使用する度に体力は減っていく。
※最大移動距離・・・能力者を中心に半径5キロメートル