第三話 二人目
【小日向遥陽】
思えば、あたし達は“平穏”というものに慣れきってしまっていたのかもしれない。仲間と出会って、友達ができて。いつしか“孤独”を忘れていた。この幸せは永遠ではないけれど、ずっと続くと思っていた。
────そう、思い込んでいた。
──六月二十日 火曜日 午前七時十五分
今朝は憂鬱な気持ちで支度をした。昨日あまり寝れなかったため、珍しく目の下にクマができている。普段の時間に起きれず学校に着くのがいつもより十五分遅かった。
教室の前まで来て、昨夜布団の中でずっと考えていたことが再び頭に浮かぶ。招待状には「一人ずつ」と書いてあった。仮にもしあの招待状とカードがイタズラではないとしたら、雛子以外にも誰かいなくなってしまう可能性はある。
(どうか全員来ていますように……!)
心の中でそう強く祈り、ドアを開けて足を踏み入れる。
「遥陽!! 良かった、やっと来た……」
雪南が安堵の表情を浮かべながら駆け寄ってきた。その後ろからてまりとヒトミもついてくる。
(そっか、あたしがいつもより遅かったから、心配してくれてたんだ…………)
優しい友達に感慨深くなりつつ遅れた理由を説明した。
「ちょっと寝坊しちゃって。昨日のこと考えてたらなかなか寝付けなかったんだよね」
「実はわたしも……」
「雪南も? 二人とも普段早く寝すぎじゃない? 私はあんまいつもと変わんなかったけどなー」
「あたしも雪南も普通だよ。てまりは日頃から夜ふかししすぎ」
「えーそう?」
「なあ……!!」
ドアの前で固まって話していると、突然後ろから声がした。
この涼やかなイケメンボイスは──やっぱり会都だ。
よく見ると彼の顔にもクマがある。あたしと同じく寝不足気味の様だが、とにかくちゃんと登校してきたのでひとまず安心した。けれど、何か様子が変だ。そういえば、今日は心亜と一緒じゃないのかな。
………………え 待って。まさか────。
「会都。その……心亜は?」
恐る恐る訊いてみる。お願い。後から来るって言って。
「まだ…………来てないのか…………??」
会都の顔から血の気が引いていくのが分かった。同時に、その場にいた全員の表情が凍りついた。
「普段は俺の家の前で待ってるんだけど、今日はいなかったんだよ。ごくたまにそういう時もあるから、メッセージだけ送って来たんだけど……」
「返事は?」
「まだ既読自体ついてない」
「電話は?」
「したけど……電源切ってるのか留守電になる」
「自宅にまだいたっつー可能性は?」
「家電にかけた。でもおばさんが言うには今朝早くに家を出たって」
てまりが質問していくものの、どうやら昨日の雛子とほぼ同じ状態らしい。
すると、二人のやり取りを聞いていたヒトミがいきなり教室を飛び出して行ってしまった。
「え!?」
驚いたあたしが追いかけようとすると、てまりに止められた。
「多分視に行ったんだよ。ヒトミの眼は最大十キロ先まで視れるから」
あ、そっか。
ヒトミの能力のカギは“眼”にある。その特性は大きく分けて二つ。一つは〈一定の度合いまで物体の内部を視る〉こと。いわゆる〈透視〉で、俗に言う、“クレアボヤンス”というものだ。ただし、生物の体内まではさすがに視れないとのこと。
そしてもう一つが、今てまりが言った〈最大半径十キロメートル以内までであれば、どんな細部でも“視れる”〉という能力なのだ。会都の遠隔聴ならぬ遠隔視である。一つ目の方のインパクトが強くて忘れかけていた。
ただ、遠隔視の方は眼球にかなりの負担がかかるようで、あまり多用していない。こっちの印象が薄かったのはそのためだ。
ヒトミが出て行った後教室内に視線を戻すと、会都が再び心亜に連絡しているところだった。
「クソッ! やっぱ何度やっても繋がらない……!」
oh……普段優しくて穏やかな性格の会都が今「クソッ」って言った……。
(って、驚いてる場合じゃない! 雛子に続いて心亜まで音信不通だなんて……だけどまだ必ずしも招待状と関係があると決まったわけじゃないし…………待てよ? 心亜は(多分だけど)幼なじみの会都のことが好きなのに、その会都に連絡一つも入れないで突然いなくなるなんてこと──いや、でも一人になりたい時だってあるだろうし…………)
「あーーもう全っ然分からん!!」
これ以上考えたら頭が爆発しそう……。あたしは正直元から頭は良い方ではないのだ。なのに、分からないことがあると何故かどうしても気になってしまう。要するに、脳が気持ちについていっていないのである。
「遥陽。遥陽が色々考えても何も分かんないと思う」
もやもやしていたらてまりに肩に手を置かれ、哀れむような視線と共に毒を吐かれた。
「ちょっ、酷!! どーゆーこと!?」
「だって下から数えた方が早いじゃん。何がとは言わないけど」
「なっ」
(ぐぬぬ……ちょーっと自分が頭良いからってからかいやがって……!)
火花を散らすあたしとてまりの間で、雪南が狼狽えながらもまあまあと仲裁をする。とそこに、ヒトミが帰ってきた。彼女の顔を見るに、恐らく心亜は見つけられなかったのだろう。走って戻ってきたのか若干息が上がっている。
「おかえり。どうだった?」
念のためてまりが訊くが、案の定ヒトミは首を左右に振り「どこにもいなかった」と答えた。それを聞いた会都も肩を落とし、小さくため息をつく。丁度その時チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。
雛子と心亜は一体どこにいるのか。そもそも、どうして二人が?
せめて心亜が招待状と関係してることが分かれば────あ。
ホームルーム中であることも忘れ、あたしは一番後ろの心亜の席まで来ていた。机の中に手を入れてあれを探す。指先が何かに触れた。
(…………あった……)
端を掴み、ゆっくりと取り出す。それは、昨日光空が雛子の机で見つけた、あの黒いカードと同じ物だった。静まり返っていた教室がざわつき始める。カードの文字は───────。
「『 あ と 2 3 人 』……」
これはイタズラなんかじゃない。そう確信した。
「小日向さん?」
先生が首を傾げながら、カードを凝視する自分を眺めていた。そうだった。今はもうホームルームの時間だった……。
「す、すいません!!」
急いで自分の席に戻ったもののカードを持ったままだった。先生は何か言いたげに口を開いたが、慌ててポケットにしまうあたしを一瞥し話を再開した。
ちなみに我々のクラスに担任はいない。今教卓に立つこの先生は、あたし達の事情を知る校長から定年が近いからと無理矢理押し付けられたらしい。噂ではあるけれど、他の教師達は二年E組と関わりたがらないのでまあ事実だろう。要するに、単にあたし達は学校中から忌み嫌われているというだけの話だ。
とにかく、カードを見つけてしまった今、雛子と心亜はあの招待状の“宴”に参加させられるために差出人に拉致されるなり何なりされて、現在に至るといったところか。それでもまだ仮定の域は出ない。が、紛れもなく“この差出人は本気である”と、さっき確信したのだ。決してイタズラや嫌がらせといった軽いものでは無いと。
(何が目的なのか知らないけど、こいつは…………あたし達を消そうとしている……?)