第二話 あと二十四人
『 あ と 2 4 人 』
「……」
あと二十四人。つまり二十五人より一人減った、ということ。そしてその一人とは──恐らくだが雛子のことなのかもしれない。そう思うと更に心配になってきた。彼女は無事だろうか。せめて安否だけでも知りたい。
「遥陽?」
カードをじっと見つめたまま黙りこんでいるといつの間にか隣に立っていた雪南に肩を叩かれ、我に返る。
「大丈夫?」
心配そうな表情を浮かべる雪南に、ああ、うん……と曖昧な返事をしながら額に手を当てた。鏡を見ないと分からないが、多分今の自分はかなり酷い顔をしている気がする。
「遥陽、お前何か知ってんのか?」
「え?」
気が付けば周りに皆が集まっていた(光空がみんなを呼んだので当たり前だが)。その中の一人、くせ毛で明るい茶髪のスポーツマン・天寺雅季が、明らかにみんなと違う反応をしたあたしにいち早く気付き問いかけたのだ。人のことをよく見ている奴だ。
クラスメート達は不思議そうな顔をしながら視線をこちらに向けている。それもそうか。あたしを含めた五人しか、まだ招待状のことは知らないのだから。
「実は────」
梅葉達も一緒に説明してくれたので、先生が来る前に話し終えることができた。一応ただの欠席や遅刻も考えられるため、今は待とうという意見が出た。そうだ、あたしはカードを見た途端嫌な想像ばかりして、早まってしまった。そもそもあの手紙自体が悪質なイタズラなだけかもしれない。意味不明な手紙にやきもきする方が、それこそそいつの思惑通りなのではないか。そう自分に言い聞かせ、退屈なホームルームを聞き流しながら雛子の席を見る。きっと大したことじゃない。大丈夫。大丈夫。
けれど、雛子は今日一日来ることはなかった。
昼休みの時間や授業の合間に何人もが何度も電話やらメールやらをしたが、いずれも雛子は応答しなかったのだ。どうやら学校にも連絡がいっていないらしい。
彼女の両親も、昨日買い物に出掛けたものの一向に帰ってこなかったが、夜に『友達の家に泊まることになった』とメールが届いたのでひとまず安心したそうだ。誰の家か聞いてもその後返信は来なかったという。
初めは、体調不良なだけだとあたしも信じようと思っていた。そう信じたかった。でも、かれこれしているうちにもう放課後になってしまったのだ。
「なんで出ないのよ……」
少し掠れた声で小さくそう言い、スマホを握りしめる色素の薄いサイドテールの少女──未來の顬には、うっすらと汗が浮かんでいた。かなり焦っているみたいだ。
(そういえば雛子と一番仲が良いのは未來だったな…………)
「ほ、ほらみんなさ! もしかしたら連絡つかないのはスマホが壊れただけとかで明日普通に学校来るかもしれないし、今日はもう帰らない?」
光空がこの空気に耐えられなくなったのか、どこか困ったようなぎこちない笑顔で言う。しかし、みんな彼女をちらっと見ただけで誰も同調する者はいない。光空はしゅん、と俯いてしまった。
「…………じゃあ学校に来ない理由は?」
「……えっ」
少しの間を置いて、未來が光空を見て言った。
「既読はつかずメールの返事も無い、電話にも出ない訳はそうだとして、それは学校を無断欠席する理由にはな」
「そうだね!そうしよう!!」
あたしは未來の言葉をほぼ無意識に遮り、「帰ろ!」と半ば強引に光空の腕を引っ張って学校を後にした。丁度その時、玄関の壁掛け時計が十七時を告げる鈍い音を響かせた。
【複瀬雛子】
………………………………………………。
(…………んん……?)
体が重い。首が痛い。手首と足首も痛い。思うように体が動かせない。ゆっくりと目を開ける。が、何も見えない。目隠しのようなものをされているのだろうか。手足が自由に動かないのも、紐か何かで拘束されているからかな。解けないようきつく縛っているせいで肌に食いこんで痛い。
(ここどこ…………?)
口が動かせない。口も塞がれているみたいだ。
身体の状態を確認すると、段々と現在の自分の状況に危機感を感じ始めた。
私なんでこんなことになってるんだっけ……? そうだ、確かさっきまで本屋にいたはず。目当ての小説が無かったから、別の書店を見に行こうと店を出て……出て、それから…………? ダメだ、そこから先が思い出せない。
(うーん…………あっ)
そういえばいつもの道が工事中で、それで遠回りして、スマホのマップを見ながら裏道の方を通ってて……その時突然後ろから誰かに────。
(!? じゃあこれってもしかして、“誘拐”!?──だとしたらやばい! 怖い!……というかなんで私なの? 雪南とかだったら可愛いから分かるけど、私ただの平凡なJKなんですけど……!! 家も金持ちとかじゃないし! 拐ってもメリットとか無いじゃん!! 強いて言うなら……………………)
超能力…………?
(いやでもでも、それ知ってんのクラスメートのみんなと校長だけだし! はっ……まさか校長が……??………………いくら何でもそれは無いか)
パニックになっていた思考も、校長の顔が出てくると途端に冷静になった。学校の利益と体裁しか考えていないあの校長に限って、こんな意味も無いようなことをするはずがない。第一、校長──いや教職員全員(他の生徒も)が私達二年E組に関わりたくないのに、有り得ない。だから……きっと、私が突如姿を消したことに対しても、どんなにみんなが訴えようが気に留めずテキトーな理由をつけて動きもしないだろう。
(はあ……)
なんか落ち着いたらため息が出てきた。2-Eに関わらないでいてくれるのは正直助かる。能力のことがバレる危険性が低くなるから。でも、今みたいに私達に何かあった時、何も対処しないというのは流石にちょっと哀しい。だからと言っても、警察とか動き出すと厄介なのでそれはそれで逆に困る。……本心と理性が矛盾している。複雑な気分だ。
(みんなどうしてるかな……)
………………お腹空いた。空腹ってこんな状況でも感じるのか。我ながら呑気なものだなと思う。私はどれぐらい寝ていたんだろう。一日二日だったらその間何も食べていないわけだから、お腹が減るのも無理はない。というかどうしてこんな異様に冷静なんだ、私。──と……自分で自分に驚いていた、その時だった。
ガタッ
──うん? 今何か聞こえたような……。
気のせいだと思いたいけれど、どうも人がいる気がしてならない。
(やっぱり誰かいる。もしや犯人……!? だったら寝ているフリした方がいいのかな………………ちょっ……ちょっと、なんか近づいてきてない……!?)
ゆっくりと、静かにこちらへ向かってくる気配を感じる。目隠しをされていて良かったかもしれない。必死でまだ気を失っているという演技をしていても、気付かれそうで怖い。
(え)
その瞬間、口を塞がれているせいで声にはならなかった音が、喉の奥から思わず漏れてしまった。それもそのはず、首筋に冷たい刃物のような物が当たっている感触がするのだ。
先端が喉元に触れる。僅かな血が首を伝い、地べたに滴が垂れる。
なになになになに……今何された? 喉のあたりがかすかに痛い。ナイフを突き立てられたの?────ひょっとして私、ここで殺される?……どうしよう。どうしよう……嫌だ。こんな……なんで私が…………嫌だ………………。
何故か拘束された手足の痛みがまた蘇ってきた。先刻までの冷静さと余裕が嘘であったかのように、恐怖と焦りと不安と痛みとで頭がいっぱいになり、やがて私は意識を失った。