第一話 招待状
【複瀬雛子】
─────どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。……嫌だ。こんな……嘘だ……なんで……なんで私が…………いや…………。
──十時間前──
──六月十九日 月曜日 午前七時
【小日向遥陽】
あたしはいつも通り朝六時に起きた。
いつも通り顔を洗って、歯を磨いて、制服に着替えて髪をとかして、テレビを観ながらトーストを食べた。
いつも通り徒歩で二十分かけて学校に登校した。
いつも通り下駄箱で靴を履き替えて、いつも通り階段を上って、いつも通り長い廊下を歩いて、いつも通り2-Eの教室のドアを開けて、いつも通り「おはよう!」と元気に挨拶をした。
いつも通り席に向かい、ふとまだ何も書かれていないはずの綺麗な黒板を見────あれ?
何だろ。
黒い封筒が黒板のど真ん中に貼り付けられている。しかも釘で。
今この教室に居るのはあたし以外に二人。イヤホンをしながら黙々と勉強している奥宮梅葉と、持参のアイマスクと枕ですっかりくつろぎ眠っている薄井透。ちなみに二人ともこんな調子なので、先程の挨拶は返してくれなかった──というよりまあ聞こえなかったのだろう。
二人は封筒に気付いていないようだ。そっと封筒に近づいてみると、何やら赤い文字が見える。普通に怖い。E組への嫌がらせかな? それにしては妙に回りくどいやり方だ。
あたしは持ち前のBIGボイスで(今度は)彼らに聞こえるよう思いっきり、
「ねぇ!!!!」
と叫んだ。と同時に二人がビクッと肩を震わせ、目を丸くしながら何事かとこちらを見る。普段冷静沈着な梅葉があんなに驚いた顔、初めて見た。透は窓の縁んとこから落ちかけてるし。
「何急に……というか遥陽、いつの間に来たの?」
梅葉がイヤホンを耳から外して立ち上がる。まだ若干目を見開いたままだ。うーん、そんな驚かせるつもりは無かったんだけどなあ……いやちょっと待って、あたしの存在自体気付いてなかったの?
「ど、どうしたの……?」
まだ心臓がバクバクいっているのか、透は左手で胸を抑えながらアイマスクと枕を置いて恐る恐る歩いてくる。
「ごめんごめん。それよりこの気色悪い手紙みたいなの、何なのこれ? 知ってる?」
「残念だけど全く。けど少なくとも私がここに来た時には無かったわ」
「僕が来たのは梅葉の後だったけど、こんなもの貼ってなかったと思う……。何だろう……不気味だね……」
「何か書いてあるみたいね──親愛なる二年E組御一同様……?」
梅葉が封筒に手を伸ばし、中の黒い紙を取り出して読み上げた。
<招待状>
霖雨の候 2年E組の皆様に置かれましては
ますますご健勝の事とお慶び申し上げます
さて そんな皆々様にご報告させていただきたい
ことがございます
皆様の中からお一人ずつ私共の元へお招きし
宴に参加していただく運びとなりました
つきましては 宴までの間皆様には何卒心積りを
しておいていただきたく存じます
[25の不思議な力を憂う者]
「ふーん……招待状、ね。『宴に参加していただく運びとなりました』なんて、まるでこちらに拒否権は無いって言っているみたいね。この差出人、いい性格してるわ」
皮肉った口調の梅葉にはどこか圧を感じる。目が若干怖いと思ったのは黙っておこう。
「なんなんだよ……これ……」
梅葉の隣に立つ透が小さく呟いた。
「怖くない……? まずこの血みたいな真っ赤な文字が怖い……字体がもうホラーじゃん……しかも何宴って怪しすぎるでしょ」
自分を抱きしめるようにしながら身震いをしている透を横目に、あたしは紙を覗き込んでもう一度文章を目で追う。
「あのさ、一つ気になったところがあるんだけど」
「え、どこ?」
梅葉も引っかかったのか眉をひそめている。あたしがその部分を指さすと、彼女も頷いた。
「[25の不思議な力を憂う者]。“25”ってあたし達と同じ数じゃない? このクラスは二十五人、しかも全員違う超能力を持ってる。…………“不思議な力”はあたしらの能力の事かも……」
「待って、それって……つまり僕達が超能力者だって、この招待状を書いた奴は知ってるってことになるけど……」
「恐らくそういうことでしょうね」
「何それ、どういうこと?」
ふと、ドアの方から声がした。振り返ると、立っていたのは会都と心亜だった。
諏訪会都と夜部心亜。この二人は家が近く幼なじみなので、朝は大体一緒に登校している。何故会話の内容を聞かれたかというと、それは二人がそういう能力者だから。
会都の力は本人曰く“遠隔聴”なるもので、簡単に言えばめちゃめちゃ〈地獄耳〉。そして心亜の能力は〈他人の心を聴ける〉というもの。故に、教室に入る前から聞こえていたわけだ。
「──なるほどね」
梅葉から受け取った招待状を読む二人の顔が曇った。
「うーん、とりあえず……みんなが来るまで待って、全員でこれについて話し合った方がいいんじゃない?」
と心亜が不安そうにあたし達の顔を見ながら言った。梅葉もそれに同意したので、一旦自分の席に戻った。全員が来るのを待つ間、梅葉はあの紙を左手に何か考えているようだった。
やがて少しずつ教室に人が増えていき、ホームルームまであと五分というところで二十五名が揃った、かと思われたが、一人来ていない。
「ねえ、雛子は?」
心亜が口にした途端、あたしは急に嫌な予感がした。
雛子──複瀬雛子は、普段は心亜や会都の次あたりに登校してくる。が、今日はまだ来ていないのだ。
「ちょっとみんな!!」
声を上げたのは羽鳥光空だった。
こういう時の予感って、どうして当たってしまうのだろう。
光空はあたしの斜め後ろ、雛子の席の机の前に立っている。そしてその机上には──あの招待状と同じ、カラスのように真っ黒なカードがあった。
あたしは勢いよく立ち上がり、光空の元へ駆け寄った。
「見せて!!」
ただ一言。たった五文字。それだけで、これ程までに恐怖と不安を与えられる言葉は無いだろう。
『 あ と 2 4 人 』