第十一話 第二回E組会議
──午後三時十五分
「梅葉」
六限目終了から帰りのホームルームまでの時間で、あたしは梅葉に昼休みの時のことを訊こうと声をかけ、現在梅葉と教室の前にいる。
一応コソコソ話をする時のように、こっそりと顔に近づいて話す。
「さっき──昼休みに円と一旦教室を出ていったけど、何かあったの?」
少し直球だったかな。というか質問の仕方を間違えた気がする…………ま、いっか。
「…………別に。大したことじゃないわ」
妙にすました顔で返された。
うーん、やっぱりそうなるよね……。
「じゃ、何か分かったの?」
「……何故そう思うの?」
思い切って聞いてみると、梅葉の眉が微妙にピクリと動いた。
(おっ)
「いやだって梅葉、ちょっと笑ってたじゃん。あたしはしっかりとこの目で見た。梅葉がああやってにやりと笑うのは、大抵、真相を見抜いた時と面白いものを見つけた時なんだから! 伊達に一年半も一緒に過ごしてないよ?」
自分の目を指で指しながら少し得意げに言ってみる。
ふぅ、と息をついてにやりと笑い「まさか遥陽にそんなこと言われる日が来るなんてね」と、謎に先刻とはまた違った笑い方で言う梅葉を見て、あれっ……あたしそんな下に見られてたの?と首を傾げた。……否定はしないけど。
地味に心外だなあ──などと考えていたら、
「今はまだ言えないけれど、近いうちに話すわ」
そう言って梅葉はあたしの肩をポンと叩き、教室に戻っていってしまった。
ポツンと一人残されたあたしは、「えっ ちょっ」なんて気の抜けたな声を出しながら、空を掴んだ左手を伸ばしたまま静止していた。
(………………結局はぐらかされて終わっちゃった…………でも『近いうちに話すわ』って言ってたからいいか……)
自分は割とせっかちな方なので、“近いうちに”という曖昧な表現をされてしまうともどかしいが、梅葉には梅葉の考えがあるのだろう。……今は大人しく待つべきだな。
──同時刻──
【 ██████ 】
そろそろ梅葉が邪魔になってくる頃だが────さて、どうするか。
──いや……しかし、彼女は仕上げに不可欠だ。今はまだ、泳がせておく必要がある。
──もし…………仕上げよりも前に解いてしまったなら、その時は──────。
やむを得ないだろう。
【奥宮梅葉】
遥陽は周りをよく見ている。
先程私に何か分かったのかと聞いてきたと思えば、私の笑う時がどんな場合・状況かが何となく知られていた。──やっぱり遥陽は“バカ”じゃない。改めてそう感じた。
本人がどんなに謙遜し否定しようが、私は彼女を「頭が悪い」と思ったことは無い。確かに成績は特別高いとは言えない。むしろ真ん中より少し下辺りだろう。しかし、それは所詮“学校の成績”に過ぎない。故に“地頭”はまた別。
彼女は自己評価が低い。自分自身を嫌っているわけではないようだが、目に見えない“潜在能力”がいとも簡単に数値化され、人と比べ測ることができる近頃の世に視点を当てて見れば、それも分からなくもない。自信を無くしやすいのも理解できる。けれど、「数字は確実だが絶対ではない」と私は思っている。これはあくまで一個人の考えだが、つまりは、
「数字は絶対ではない」=「数字が全てではない」
ということを言いたいのである。
要するに小日向遥陽は、本人が思っている以上に存外筋は悪くないのだ。それを彼女に言っても「そんなわけない」と否定されるだろうが。
さて、話を変えるとあと二分でようやく今日一日が終わる。
昨日に引き続き「早く下校するように」と釘を刺し、教師が出て行く。
今回は、また途中で邪魔が入っては困る為場所を教室からこの間の空き地へと移し、話し合いを始める。この空き地は付近の人通りが少なく、なおかつ閑静でありながら住宅地とは二車線挟み離れている。
「隠れて会議するには絶好の場所ってわけだな」
蒼が腰に手を当てながら言う。
「えー、それでは梅葉議長、『第二回 二年E組会議』、本日もよろしくお願いします」
「いや何そのキャラ」
何やらエアーで(恐らくエルキュール・ポアロのひげのような形のそれを想像しているのだろうが)口の近くで親指と人差し指を動かし、謎の言い回しをする光空に、その隣の蒼がすかさずツッコミを入れた。
(こんな状況でも光空は光空ね。悪い言い方をすれば呑気──でも光空のお陰で重たく沈んだ空気が少し軽くなる──)
彼女のどんな時でも明るい性格に、皆救われている。
「…………そういう意味では、感謝しないとね」
「へ? 何か言った?」
「……何も」
【羽鳥光空】
うちはよく、「能天気」「楽観的」などと言われる。
否定や反論をする気は無いけど、うちだって別に何も考えてないわけじゃない。確かに、“空気を読む”とかは苦手だ。でも、でもさ?「要らない」とまではいかなくても、必ずしもそれは必要ではないと思うんだよね。だって、“空気”は目に見えないし、読むものじゃなくて吸うものじゃない? それに、周りが暗い雰囲気になったら、考え方とか……色々どんどんネガティブな方へいっちゃうし。
やっぱり、みんなには笑っていてほしい。だからまあー少しでも空気が和むなら、何て言われたって構わない。
「おい、おーい! みーそーらー」
「わっ えっ、あ、力」
「どーしたんだよ急に。お前が上の空とか珍しいじゃん」
おっと。意識が別のところにいっていた。いつの間にか目の前で力の手が上下している。
そうだ、会議の方は?
「今日が未來だった、ってことは、次は桜詠でほぼ確定じゃないかな」
健治が小さく挙手をして言った。「そうね」「私もそう思う」と梅葉とてまりも同意。うちもそう思う。
「そういえば桜詠って、今家で立てこもってるんだよね?」
「立てこもってないわ紛らわしい言い方すんな」
蒼にチョップされて「あだっ」と間抜けな声が出た。しまった、言葉選び間違えた。ってかチョップって酷くない? 女の子に手を上げるなんて! なんかてまりとか遥陽とか瞬也とかその他もろもろ笑ってるし。雅季や彩に至っては腹を抱えて爆笑。…………しまいには円が「二人のやり取りコントみたいw コンビ組めるんじゃない?」なんてからかってくる。みんななんて薄情な!──いや蒼そんな否定しなくても。若干傷つくわ。あーでも確か蒼は円が好きなんだっけ。
────それはともかく、桜詠は『家から一歩も出ない』って言っていたので、次狙われるとしても心配は要らないのでは……? と思ったけれど、さっきクスッと笑っていた梅葉が再び深刻な表情に戻っているのを見るに、そんな簡単な話でもないっぽい。
「何が問題かって、昨日私達に『桜詠と同じように自分も外には絶対に出ない』と宣言したはずの未來が攫われたってことよ」
ああ、そっか。
またみんなの顔が沈んでいく。
でも確かにそうだ。
“家から出ない”と決めていたはずなのに、連れ去られてしまった、ということは、どうしても外に出なくちゃいけない事情でもできたのかな。それか、あとは────。
「考えにくいけど……奴が家の中にまで入ってきたとか?」
首を傾げながら遥陽がポツリと言った。
「いやぁ〜さすがにそれは……」
無いとも言いきれない。だけど、もしそうならどうやって?
梅葉の考えは「前者」らしい。でも理由までは分からないと言った。そんな梅葉を遥陽がじっと見つめていたのが気になったけれど、考えすぎかな。
「とにかく」と、手をパンパンと叩いて、てまりがみんなの視線を集めて言った。
「桜詠に連絡して話し合えばいいんじゃない?……って言っても既に電話かけてるけど──あ もしもし桜詠ー?」
さすがてまり、行動が早い。
てまりは少し話した後スピーカーをオンにした。桜詠の声が聞こえてくる。
『知明さんのことは伺いました。ですが私は母といるので心配は無用です。知明さんが何故外出してしまったのかは分かりませんが、もし私が外へ出てしまいそうになれば母に止めてもらうよう頼んであります。仮に犯人が不法侵入を試みたとしても、警報が鳴ります。そうなれば警備会社の方が直ぐに駆けつけて下さいます』
(ほう………………)
『ちなみに家政婦もいますが、彼女は合気道五段です』
………………………………………………。
…………なんていうか、桜詠って、前から思ってたけど………………何者……?? てか家政婦いたんだ…………。
「……ねえ、五段って凄いの? 帯何色?」
「黒だよ黒。五段っつったら結構凄いと思うけど」
「へえ」
てまりにこっそりと訊くと、地味に呆れ顔で答えが返ってきた。ついでに桜詠の正体(?)について尋ねてみる。えっ、知らなかったの!?という顔をされたが、一旦通話を切り質問に答えてくれた。
「桜詠のお父さんは医者で、お母さんは大手企業のご令嬢らしいよ」
「え」
「だからまあ、要するに桜詠はお嬢だね」
「ほえぇ……知らなかった……」
──それならどうして、ごくごく平凡なうちの高校に通っているのだろう、とちょっと思った。超能力があるから? でも確か、サイコメトリーという能力を持っていることは家族は知らない、って前に言ってた気がする。何か事情があったんだろうか。それか単純にここに行きたかったのかな。
「これだけ言ってんなら大丈夫じゃねー?」
蒼が頭の後ろで手を組んで言った。
合気道五段って結構凄いらしいので、ちょっと安心感はある。なんか頼もしい。蒼や桜詠本人の言う通り、うちもそこまで心配する必要は無いと思うな……。
「…………」
梅葉は何も言わない。
「……………………………………そう、ね…………」
大分間を空けて、梅葉は小さく頷いた。
第二回二年E組会議がお開きになって、うちは遥陽と雪南ちゃんと帰った。
「桜詠大丈夫かな」「きっと大丈夫だよ」「そうだといいけど」みたいなやり取りを二回ぐらいしただけで、珍しく会話が続かなかった。