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第5話 「冒険者」との邂逅


 あてがわれた使用人から頂いた、簡素な布服――ファンタジーな麻布の服かと思ったのだが、渡されたのは近代っぽさを感じるデザインをした、簡素なシャツとズボンだった――に袖を通した俺は、ディーンさんらの案内の元、ディーンさんの治める村を歩く。



 現在俺が滞在しているこの村は、「ヘルトミア」という名で呼ばれている、比較的人口が多く、そこそこの規模を持つ村だ。

 ディーンさん曰く、ここヘルトミアは、グリムウェイン王国領の西方にあるディーンさんの領地の中で、唯一の人里らしい。隣国との国境にある自治交易都市を中心とした主要な交易ルートからは外れているため、人で賑わうこともめったにないが、その分のどかで平穏なのが、この村最大の特徴なのだそうだ。



 お屋敷から外に出て、真っ先にわかったことがある。それは、「空気がとても美味しい」ということだ。

 よく「おいしい空気」に関する話題は聞いていたが、空気に美味いも不味いもないだろう……と、少し前の俺は考えていた。しかし、ディーンさんの屋敷の扉をくぐり、いざ外の空気を吸ってみると、喉を通る空気の、言いようのない爽やかな清涼感に、思わず驚いてしまった。

 排気煙や、化学物質による大気汚染とは無縁であろうことは、素人の俺でもわかる。清々しく澄んだ空気は、ここが日本ではないという認識を、さらに強めてくれるものとなった。



 で、肝心のヘルトミアの情景に関しては、その手のジャンルを嗜んでいた俺としては、ちょっぴり感動を覚えるほどの「らしさ」に満ち溢れていた。

 コンクリートや金属の類を一切使わず、木材や石を中心に組まれた家屋の数々。その側には、汲み上げ式の井戸や、火を起こすための薪が積み上げられた小さな薪置き場。

 歩く道は土がむき出しになった獣道で、ひとたび道を外れれば、そこには青々と茂る草木の海が広がっている。そこから遠景へと視線を移してみれば、景色を遮るような高層物の一切が取り払われた、どこまでも続く空と大地を臨むことができた。


 現代人として、おおよそ見ることは叶わないであろう光景の数々に、思わず感嘆の声が漏れる。

 オタクとして感動している、というのも多少はあるが、生まれてこのかた見たことのない情景に、俺の心は強く震わされていた。




「ずいぶん良い反応してくれるじゃないか。お前さんのいた世界には、こういう景色は無かったのか?」


 俺の感動ぶりがあまりにもオーバーだったせいか、ディーンさんが苦笑しながらそう聞いてくる。


「そう、ですね。俺の住んでたところはけっこう田舎に近かったんですけど、そこももっと、建物とか舗装された道ばっかりでしたね。自然っていうのは、ほとんど町の端っことか、道の脇に生えてるようなのだけでした」


 整理された区画のすみっこにある田んぼなんかはたまに見かけたが、身近にある自然と言えば、せいぜい街路樹や植木、それに滅多に人が近寄らない小さな山くらいだった。このヘルトミアほどの緑豊かで雄大な大自然となると、日本の国内はおろか、海外でもそうそうお目にはかかれないだろう。だからこそ俺は、写真でも見られないような景観に、感動していたのだ。


「あぁ、王都や交易都市みたいな感じか。お前さんの住んでた世界は、ずいぶんと文明が進んでたんだな」

「ええ、こっちと比べると、かなり進んでると思います。まあ、それも一長一短だとは思いますけどね」


 俺の言葉に、ディーンさんもまた「違いないな」と同意してくれた。




 そんな話をしていると、背後の方から、一つの人影が走り込んでくる。

 何事だろうか、とそちらを見やってみれば、その人影はどうやら女性らしい。ただ、その身に纏っている衣装は、俺が着せてもらっているような簡素な村人の服ではなく、しっかりと仕立てられた、いかにも頑丈そうな生地製と思しき衣装だった。


「ん……アレはうちの専属か?」

「専属?」

「ああ。うちは村だから、冒険者ギルドの支部がなくてな。近場の支部から、うちの村を専属で護衛する〈冒険者〉を雇ってるんだよ」


 冒険者。その単語自体は、昨日のディーンさんとの会話にも出てきていた。

 些細な内容まではわからないが、冒険者という名前自体には、俺自身も馴染みがある。依頼を受け、危険な魔物の討伐や、前人未到の地の探索を請け負うその職業は、ファンタジー作品の鉄板といってもいいだろう。

 この世界にも、形は違えど似たような者たちがいる。その事実に胸が高鳴るが、走ってきた女性冒険者の様子を見るに、どうも今はそんな感動に浸っている暇はないらしかった。


「よう、どうしたんだ息急き切って」

「あぁ、領主様じゃないか。実は、村のはずれに〈魔獣〉が迷い込んだ、って村の連中から聞かされてね。今から確かめに行くところなのさ」


 会話の些細はわからないが、魔獣、という単語の響きは、俺の心に一抹の不安をよぎらせる。


「魔獣、って……危険なんじゃないですか?」

「うん? あぁ、まあ危険っちゃ危険だね。――でもだからこそ、そういうやつらに対処するために、アタシら〈冒険者〉が派遣されてるのさ。心配せずとも、ちゃちゃっとやっつけてくるさ」


 言葉尻から察するに、どうも女性冒険者は俺のことを村の子供だと思ってるらしい。サバサバとした言動とは裏腹に、俺へと投げかけられる言葉は、相手を安心させようという気遣いに満ちていた。


「――そうだ。エイジ、せっかくだから見物してみないか? 冒険者が戦うところを目で見られるのは、なかなか貴重な機会だと思うぞ」


 とそこで、妙案とばかりにディーンさんがそんなことを口走る。


「え……でも、迷惑じゃないですか? ほら、戦いの邪魔になるかもしれませんし」

「うん? いや、別に見るくらい構わないよ。領主様もいるし、変にしゃしゃり出て来さえしなければ危険はないさ」

「ってことだ。どうする、エイジ?」


 むろん、俺だって気にならないわけもない。人々を守るために魔物と戦う冒険者……なんて、それこそオタク憧れのシチュエーションだ。女性冒険者の口からも、危険はないと断言されているのだし、後学のためにも、見物して損はないだろう。


「そういうことなら、是非」

「あいよ。――目撃情報は、ここから少し行った村のはずれだ。行くよ!」


 女性冒険者の先導に従い、俺とディーンさんたちは、一路村はずれへと進路を変えた。





 道すがら、ディーンさんに頼んで、魔獣に関するあれこれを解説してもらう。


 曰く、魔獣とはこの世界における動物の一種。通常の生き物と良く似た外見的特徴をしているが、決定的な違いとして、「魔力によって生命活動を行なっている」という点があるらしい。

 心臓の代わりに備える、「核」と呼ばれる魔力器官から魔力を生み出し、それらを血肉として構成する。その性質上、魔獣の中には「魔法」を使えるような存在も珍しくはないし、魔力を活かした優れた身体能力を持つものも多いらしい。通常の獣ですら脅威となる一般人にとって、その危険度は計り知れないだろう。

 そんな、高い危険度を持つ魔獣に対する専門知識を有し、魔獣と渡り合える戦力を持つ「冒険者」は、この世界では重宝されているのだそうだ。

 



 村のはずれに存在する、たくさんの畑が作られた一角。

 根野菜を中心に育てていると思しきその畑には今、俺たちの他にもう一つ、影があった。

 丸みのある体躯に、ごわごわとした固そうな毛並み。しきりにならされる鼻の隣からは、乳白色の「牙」が一対、立派に伸びている。その容貌はまさしく――


「……イノシシ、ですよね。アレ」

「ああ。正確には、イノシシ型の魔物だね」


 俺のつぶやきを拾った女性冒険者が、腰に吊っていた剣の柄を握り、抜き放つ。

 シャリン、と音を鳴らして抜刀された剣は、鋼の刃に陽光を反射し、冷たくも美しくきらめいていた。


「見たとこ、妙な変異をしてる感じもないね。おおかたエサ目当てに迷い込んだんだろうさ」

「だろうな。……ともかく、うちの村の畑を荒らすなら、どのみち放ってはおけん。頼んだぞ」

「あいよ、任された」


 そう言って、女性冒険者がゆっくりと、イノシシ型の魔物へと距離を詰め始める。

 二者の距離がゆっくりと縮まっていく中――イノシシが、女性冒険者の接近に気づいた。


「ブルルッ!」


 明確な敵意を受けてか、イノシシがひときわ強く鼻を鳴らすと、女性冒険者に向けて回頭。突進攻撃をお見舞いするつもりなのか、踏みしめていた地面を、ザリッ! と掻き鳴らす。

 対する女性冒険者もまた、イノシシの目論見にはすでに気づいているらしい。だが、走り込んで距離を詰めるようなことはせず、剣を構え直し、迎撃の構えを取っていた。


 一瞬の空白を置いて、イノシシが突進を仕掛ける。

 ただの生き物ではない、魔獣としての身体能力がなせる技なのか、爆発的な初速による突進は、砲弾と見紛うほどに速い。一般人がまともにアレを食らえば、間違いなく命はないだろう。


「――シッ!!」


 しかし、女性冒険者は、携えた剣を振るう。

 鈍色の軌跡をたなびかせ、体をひねりながら、女性冒険者とイノシシが交差する。剣戟の音か、はたまた突進の衝撃が生み出したのか、空気を切り裂くような澄んだ快音が、周囲へとこだました。



 ――勝利を収めたのは、どうやら女性冒険者の方だったらしい。

 女性の傍を走り抜けたイノシシが、突然バランスを崩し、勢いよくその場に倒れ伏す。受けた傷の痛みか、なおもその場でもがこうとしたイノシシだったが、その直後、振り下ろされた剣が、イノシシの首へと吸い込まれる。ザシュ、と音を鳴らして突き立てられた刃がとどめとなったのか、イノシシはびくりと一度震えると、それきり体を弛緩させ、動かなくなった。


「……すごい」


 思わず、賞賛の言葉が口をついて出る。

 辛うじて動きを追えた程度だったため、垣間見ることができたのは、ほんの数瞬ほどだ。しかしその中だけでも、彼女のふるった最初の一太刀は、イノシシの首元を正確に狙いすまし、寸分たがわず切り裂いていたのだ。

 まして、彼女が相手していたのは、高速で突進してくる生き物。正確な剣戟だけでも感嘆に値するというのに、さらに難しい条件が重なった中で、難なく狙いすました一撃を叩き込めるその技量に、思わず俺は見とれてしまった。


「はは、ありがとさん。ま、これでもいっぱしの冒険者として、この村専属の護衛を任されてるんだ。このくらいはして見せないとね」


 ぱちんと剣を納めた女性冒険者が、どこか照れくさそうに苦笑する。


「いや、実際見事なもんさ。さすが、うちの専属に選ばれるだけのことはある」

「褒めても何も出ないよ。むしろ、働いた分の色を付けてくれても、(バチ)は当たらないと思うけどね。――まともかく、これがアタシたちの仕事さ」


 ひとしきり冗談の応酬を繰り広げた後、女性冒険者が、不意に俺へと向き直った。


「戦う力を持たない人たちのために、危険な魔獣を倒したり、未踏の地を調査する。たまに雑用を押し付けられることもあるけど、そういうのも含めて、人々の安全と民間の平和を守るのが、アタシたち〈冒険者〉の仕事なのさ。天職にするには、なかなか大変な仕事だけどね」


 女性の口から説かれるのは、冒険者という存在の在り様。それは、俺が好み、幾度となく憧れた、物語の中の「冒険者」と、よくよく似通っているように思えた。



(――自分も、なってみたい)


 憧れに、俺の胸が年甲斐もなくときめくのを感じる。


 先刻垣間見たような「圧倒的な武力」に対しても、憧れないことはない。だけど俺はそれ以上に、彼女が語ってくれた冒険者という存在の在り様――「誰かを守ることができる職業である」という言葉に、強く、強く惹かれていた。



「随分目ぇ輝かせてるじゃないか。――そうか、お前さんは冒険者になってみたいんだな」


 なんてことを考えていると、ディーンさんが得心したように頷く。弓なりに弧を描く彼の口元は、何処からどう見ても、憧れに目を輝かせる子供を微笑ましく思うそれだった。


「えっ……あ、いやっ、その」

「なんだ、違わないだろう? 昨日から見てる中でも、さっきのお前さんの目、とびっきり輝いてたぜ」


 うわぁ恥ずかしい。何が恥ずかしいって温かい眼差しを向けられるのが一番恥ずかしい。


「ま、俺としちゃ良い選択だと思うぜ。冒険者になれば、仕事で色々なところに赴けるし、色々な体験ができる。この世界に不慣れなお前さんからすれば、いろんな経験を積んで、見識を深めていけるってのは、中々魅力的なんじゃないか?」


 胸中で周知に悶えていた俺だったが、続くディーンさんの言葉に、思わず「なるほど」と心の中で手を叩く。

 確かに、今の俺はエルフラム(このせかい)について、ほとんど何も知らない。これからディーンさんの庇護下を離れ、自立するにあたっても、知らなければいけないことは山とある。

 しかしその点、冒険者として様々な場所に赴けば、経験と見識を同時に得ることができるのだ。むろん、冒険者になるにも準備や知らねばならないことはあるが、何もかもを一から詰め込むよりは、幾分かスムーズに事を運べるはずだ。


 ――それに、心を震わされた存在になることができる。それが、今の俺の心を、何よりもときめかせていた。


「……はい。なりたいです。俺、冒険者になってみたいです」

「決まりだな」


  待ってましたといわんばかりに、ディーンさんがぱちんと指を鳴らす。

 その顔には、したり顔とでも言うべき、どこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。まるで、俺がこう返事することを予測していたかのようだ。


「そうとなれば、色々と準備も必要になるな。――冒険者の基本は戦いだ。まずは、お前さんに戦い方を教えにゃならん。ここは一つ、俺が直々に教えてやろうじゃあないか」

「は、はいっ。……えぇと、良いんですか? お仕事の邪魔になりそうな気もするんですけど」

「心配は無用だぞ。領主なんて名乗っちゃいるが、やってることは書類仕事ばっかりで、空いてる時間は結構多いんだよ。……それに、基礎を知るなら、基礎がしっかりしている王国騎士流の戦闘術から学ぶのが一番だろうからな」


 もっともなディーンさんの言葉に、なるほどと納得する。たしかに、最初で下手なクセを付けて軌道修正できなくなるよりも、しっかり体系づけられた流派に基づいて学んだ方が、後々楽なはずだ。


「ということは、ディーンさんも騎士流の戦闘術を?」

「おう、一通り修めてるぜ。そういうわけで、明日からみっちり稽古をつけてやる。――俺が指導してやるからには、ただの冒険者くずれなんぞで終わらせるような奴に仕立てるつもりはない。覚悟しておけよォ……?」


 にやぁ……と、先ほどの生暖かい笑顔とは違う、野獣のような不敵な笑みが浮かぶ。その発言の真意を掴み損ねて、俺は思わず後ずさりしそうになってしまった。



「……なんか話に着いてけないんだけど、領主様、こいつは村の子供じゃないのかい?」

「ん、あぁ。実はコイツ、異世界人なんだ」


 さらっとした暴露で、女性冒険者が驚きの声を上げる。


「ホントかい?! はぁー、異世界人なんて初めて見たよ。…………なんか、普通のヒトと変わんないね」


 一瞬輝いた女性冒険者の目は、俺を頭からつま先まで見回す間に、すっかり輝きを失っていた。どうやらこの人も、異世界人という存在に一種の夢を見ていたらしい。


「あはは……ディーンさんにも同じこと言われました」

「おや、そりゃ悪かったね。……ま、世界が違っても人間ってのはそうそう変化するもんじゃないんだろうね」

「だと思います」


 女性冒険者の言葉に、俺も頷いて見せる。夢を壊してしまったのは申し訳なく思うが、彼女の言う通り、ヒトという存在は、たとえ時空をまたいだとしてもそうそう変わらないのだろう。



「おーいエイジ、そろそろ戻るぞ。視察の続きをせにゃならん」


 そんな折、ディーンさんが俺を呼ぶ。


「あ、はーい。――それじゃ冒険者さん、ありがとうございました」

「別に、この位なんでもないよ。――頑張りな、未来の冒険者!」


 女性冒険者の激励を受けながら、俺はひとまず、ディーンさんの元へと戻っていくのだった。

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