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第69話 呼んだ?

 病室の窓から見える空は、すっかり暗くなっていた。


 月明かりが差し込む窓辺に飾られているのは、姉さまが好きなガーベラの花だ。ついさっきまで傍に寄り添ってくれていた姉さまは、駆け付けてくれたお父様やお母様と一緒に消灯時間に合わせて帰宅した。


「嫌です! 今日はアリシアと一緒に寝るんですーっ!」


 とダダをこねていた姉さまだけど、レース終わりからずっと付き添ってくれていたこともあって疲労も限界だったのかもしれない。居眠りをしてしまったところを、お父様とお母様に抱きかかえられて連れ帰られてしまった。


 あんな姉さま初めて見たわ……。


 それだけきっと、心配させちゃったんだと思う。


 レース中に突然現れたドラゴンにぶつかって湖に落ちたところまではハッキリとした記憶がある。でも、それ以降はちょっと曖昧だ。


 湖に沈んでいくさなか、ミナリーの声が聞こえたような気がして。


 幻聴だと思った。


 でも、たとえ幻聴だったとしてもミナリーと離れ離れになりたくない。そんな一心で、朦朧とする意識の中あたしは必死に手を伸ばした。


 そこからの記憶は酷く曖昧で、途切れ途切れにかろうじて覚えている程度だ。

 気が付けばあたしはこの病室のベッドに寝転がっていたし、隣で姉さまが泣きそうな顔であたしを見つめていた。


 治癒魔術の先生が言うには、生きているのが不思議なほどの怪我だったらしい。湖に落ちる直前にかろうじて発動させた風魔術と、ミナリーの適切な応急処置。どちらか一方でも欠けていたら間違いなく死んでいたと言われた。


 湖から引き上げてくれたことも含めて、あたしが今こうして生きていられるのはミナリーのおかげだ。命の恩人……なんて言葉じゃ言い足りない。感謝してもしきれない。


「ミナリー……」


 ぽつりと、あたしは無意識にその名を口にしていた。


 こんな夜更けになっても、ミナリーは病室に顔を出してくれていなかった。姉さまから無事だとは聞いているけど、姉さまはそれ以上のことを何も教えてくれなかった。


 結局あの後、ドラゴンは駆け付けた国家魔術師に討伐されたそうだ。居合わせたミナリーたちには国から招集命令があったそうで、事情聴取や実況見分に時間がかかっているのかもしれない。


 もう消灯時間も過ぎちゃったし、来てくれるとしても明日かしら……。


 一人きりの夜は、もう随分と久しぶりだ。


 ちょっぴり寂しい。


 全身を苛む鈍い痛みが、よりいっそう気持ちを沈ませる。さっきまでは姉さまがつきっきりで寄り添ってくれていたから感じなかった孤独感も、広い個室の病室でぽつんと一人きりになった今となっては重く圧し掛かってくる。


 こんな時、傍に居てほしいのは姉さまやお母様じゃなくて、いつも一緒に居た大好きな親友で。


「早く来なさいよ、ばかミナリー」

「呼んだ?」

「うひゃあああああああッッッ!!!???」


 ひょっこりとベッドの向こうから顔だしたミナリーに、あたしは心の底からビックリした。おかげで驚いた拍子に体を変に動かしてしまって、全身の激痛にのたうち回る羽目になる。


 ばかっ! ばかばかばかばかばかミナリーっ!


「あ、ごめんアリシア」


「くぅ~……っっっ。きゅ、急に出てこないでよバカぁ……っ!」


「ご、ごめんね……? 遅くなっちゃったからもう寝ちゃってるかと思って。起こさないようにそーっと近づいたんだけど起きてたみたいだったから」


「うぅ……。だからって急に出てくることないでしょっ! 幽霊かと思ったじゃない!」


「あははっ、ごめんごめん」


「笑い事じゃないわよぉ……」


 ミナリーは目尻に涙を浮かべるくらい笑いながらベッドに腰かけて――そのままあたしの胸元に顔を埋めてきた。


「み、ミナリー?」


「よかった。アリシアが元気そうで、本当によかった……っ!」


「…………あんたのおかげよ、ミナリー。本当に、ありがとう」


 小さく嗚咽を漏らすミナリーの頭を、優しく撫でる。

 姉さまもミナリーも、こういう時だけ甘えてくるんだから。


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