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第65話 古龍種〈クレエブレ〉

「さすが、『虐殺の魔女』の〈雷神の鉄槌〉ですわね!」


「…………」


「どうしたんですの?」


 シユティは唇に手を当て、ジッと湖面を見つめている。その表情に喜びの感情はなく、彼女は緊張の糸を一つも緩めていなかった。


「仕留めましたか?」


 ドラゴンの追跡を逃れたアンナが飛んできてシユティに尋ねる。


 シユティはわからない、と素直に口にした。


「今まで何匹か小型龍は仕留めてきたんだけど、なぁーんか違ったんだよねー、さっきの。やけに頑丈だったというか、普通の小型龍なら今ので翼を消し飛ばせたはずなんだけどなぁー」


「よくそんな魔術を人にぶっ放していましたわね……。ですが、」


 確かに頑丈だったと、ロザリィは思い返す。ロザリィは三度、ドラゴンに全力の魔術をぶつけた。けれど、一度たりともドラゴンの鱗に傷一つつけることができなかった。


 それは決して、ロザリィの実力の問題でも、魔力が切れかかっていたからというわけでもない。


 やはりドラゴンの鱗が、異様に硬かったのだ。


「……もしかすると、屠龍王に討伐されたドラゴンが蘇ったのかもしれませんわね」


「どういう意味ですか?」


「屠龍王伝説の第一章ですわ」


 アメリアを訪れた屠龍王ドラングニルは、アメリアに迫るドラゴンから人々を守るため、箒に乗って空に飛び立った。王国で最も売れた図書、屠龍王伝説に記された第一章のあらすじだ。


「このレースも、屠龍王伝説の第一章に沿った形のコースとなっていますのよ。順序は逆ですけれど、屠龍王は当時王都アメリアがあったアメリア峡谷からアパッチ連峰を越え、このスぺリアル湖上空でドラゴンと戦ったのですわ」


「それって、御伽噺ではないのですか?」


「屠龍王伝説は各地の伝承をもとに作られた傑作ですわよ! ただの御伽噺ではありませんわ!」


 もちろんある程度の脚色はされているが、王国の歴史書にも同様の記述があることをロザリィは知っていた。


「それに、重要なのは屠龍王が戦ったドラゴンが、炎のブレスを吐くドラゴンだったということですわ」


「……さっきのドラゴンまんまってことかな?」


「特徴は合致していますわ」


 通常の小型龍〈ワイバーン〉との相違点、そして屠龍王伝説の中で屠龍王が戦ったドラゴンとの共通点。先ほどのドラゴンが、千年以上も前に屠龍王によって討伐されたドラゴンである可能性は否定しきれないだろう。


「古龍種〈クレエブレ〉。まさか、千年の時を経て復活するだなんて、誰も予想していなかったでしょうね。終末の年というのも、あながち間違いではないかもしれませんわ」


 神妙な表情で頷くロザリィ。その隣、水面を見つめながらシユティはロザリィに尋ねる。


「……あのドラゴン、どうやって復活したんだろうね」


「どうやって、ですの?」


「いやさ、もし君の仮説が正しいとしたらだけど、あのドラゴンは大昔に屠龍王に討伐されちゃってたわけでしょ? それで千年もの間、この湖の底に沈んでた。普通は骨になるか、化石になるんじゃないかなぁ?」


「そ、それは例えば冬眠していただとか、長い年月をかけて徐々に傷を癒していっただとか、考えようはいくらでもありますわよ」


「……じゃあ、さっきの傷はどれくらいで治るんだろうね」


「――ッ‼」


 ロザリィが視線を向けた先、水面の下に巨大な影が蠢いていた。


「まさか、もう復活したんですの⁉」


「来ますっ……!」


 アンナが二人の前に出た直後、水面が白く沸き立ち爆ぜた。灼熱の劫火が天へ向かって放たれ、ロザリィたちに襲いかかる。


「な、なんですの⁉ さっきとは比べ物になりませんわよ……⁉」


「もしかしたら、さっきは寝起きで本調子じゃなかったのかもね」


「冗談じゃありませんわ‼」


 あれで本調子じゃなかったなんて、考えるだけで全身から嫌な汗が噴き出してくる。


「くっ……もう、限界……!」


 シールドを展開していたアンナが苦悶の表情を浮かべ、劫火を隔てていた透明な壁に亀裂が走った。


「アンナさん!」


「一か八か、〈稲光れ〉‼」


 シールドが破られたと同時、シユティが魔術を放った。ドラゴンのブレスと雷撃の魔術は一瞬のせめぎあいの後、爆発を起こす。その衝撃波にあおられ吹っ飛ばされたロザリィは、全身に火傷を負いながらも何とかブレスの直撃を避けることができた。


「し、死ぬかと思いましたわ……っ‼ お二人は⁉」


 周囲に視線を巡らせると、ロザリィと同様に黒焦げになりながらもアンナとシユティは何とか飛行を維持している。


 だが、爆発によって発生した黒煙が晴れた向こう。


 空には大きな翼を広げた巨体が、我が物顔で鎮座していた。


「シユティさん、一応聞きますが〈雷神の鉄槌〉はあと何発撃てますの?」


「ごめーん、今ので魔力すっからかん。もう飛んでるのがやっとだよ」


「……アンナさんは」


「短い生涯でした」


「万事休すですわ……」


 この場に居る誰もが限界を超えていた。これがもしレースの最中の出来事でなければ、もう少し戦えていたかもしれない。だが、ドラゴンの圧倒的なまでの火力と回復力を前にやがては同じ状態に陥っていたことだろう。


(これが、かつて地上を支配したドラゴンの力……)


 屠龍王の時代以前の人類が地上を放棄して地下に隠れ住んだのにも納得できる。こんな化け物がうようよ空を飛んでいたら、安心して暮らせるはずがない。


 こんな化け物に、屠龍王とその仲間たち……自分たち王国七大貴族の先祖たちは立ち向かっていったのだ。一から箒を作り出し、対龍討滅術式をもってして、地上を再び人類の手に取り戻すために。


(このままじゃご先祖様に天国で顔向けできませんわよ)


 ドラゴンが滅び、平和な時代を謳歌した祖先である自分たちがどれだけ腑抜けていたか。


 ロザリィは恥ずかしいやら悔しいやらで唇を噛む。


 ドラゴンはもはや抵抗することすらできない三人にむけて、ゆっくりとその咢を開く。


 体内で生成された魔力が炎となって吐き出される。放たれた劫火は、無抵抗なロザリィたちを焼き殺さんと迫った。


「――させないっ‼」


 一人の少女がドラゴンの前に躍り出たのは、まさにその時だった。


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