第54話 シユティ VS アンナ
よくよく見れば、アンナは両脇のミナリーとアリシアに支えられながら飛んでいる。
(なるほど。魔力シールドを常時全方位に展開してたのはそういうことか)
魔力シールドによって飛んでくる魔術を防ぐためには、前提として魔術が飛んできていることを認識できなければならない。
ただ、飛行しながら周囲に気を配り、あまつさえ飛んでくる魔術に対してタイミングを合わせてシールドを張るなど至難の業だ。特にレースとなれば、上下左右四方八方から魔術が放たれる。やろうとして誰でも簡単にできるようなものではない。
その点を、アンナは常時全方位に魔力を放ち続けることで解決していたのだろう。飛んでくる魔術に合わせて魔力を開放しシールドを展開するのでなく、常に魔力を開放しておけば、飛んできた魔術に対してシールドを展開するだけで済む。周囲に気を配って飛ぶ必要もなく、飛行にだけ集中していればいい。
今はその逆。飛行をミナリーとアンナに任せてしまえば、魔力シールドの展開だけに集中できる。常時魔力を放ち続ける必要も、全方位に展開する必要もない。
「なら、これはどうかなっ⁉」
「甘いです……っ!」
立て続けに放った魔術も、全てシールドに防がれる。
防御に徹したアンナはまさに鉄壁だった。
ただ防御に集中しているだけじゃない。アンナのシールドは、新入生歓迎レースの時に比べても明らかに硬くなっている。シユティに負けたあのレースから、アンナは明らかに成長していた。
「そう来なくっちゃ……」
心臓の鼓動が大きくなる。自然と口元には笑みが浮かんで、吐息は知らず知らずのうちに熱を帯びた。高揚しているのがわかる。喜びが、全身に広がっていく。
全力をぶつけてもなお、それを乗り越えてくる相手の登場。それは何よりも、シユティが望んでいたことだ。欲していた存在だ。
「良いねぇ。良い感じだよ、アンナちゃん‼」
「しつこい人ですね……っ‼ ミナリーさん、アリシアさん、このまま一気に突き放してください……っ!」
「そうはさせないよっ‼」
加速する三人に、シユティは魔術を放ちながら追いすがる。
「な、なんなのよこの人っ! 魔術を撃ちながらこんなに速く……っ⁉」
「ふっふーん! 伊達に学内ランキング二位は張ってないってね‼ 『稲光れ』‼」
「効きませんっ……!」
魔術はシールドに弾かれる。魔法陣の展開から発動までの速度を重視した魔術では、アンナのシールドを破るには至らない。微妙に威力を調整してミスの誘発を狙いもしたが、アンナは的確に魔力シールドの魔力量を調節してみせた。
魔力シールドとは向かって来る魔術に対して、その魔術が持つ魔力量と同等の魔力量をぶつけて互いに消滅させる技術だ。その魔力量の差に多少でもずれが生じれば、そこに隙が生まれるはずだった。
(飛行に意識を割かれない分、シールドに全神経を集中させてるって感じかな……)
シユティは少し考える。
アンナの魔力シールドが届かないギリギリのところ……例えばミナリーかアリシアを掠めるようなところへ魔術を放てばどうなるか。おそらく撃墜まではいかずとも、飛行バランスを崩すくらいはできるはずだ。
彼女らはアンナのシールドの範囲に入るためくっつくような形で密集して飛んでいる。
アンナを間に挟んで飛ぶミナリーとアリシアがスピードを合わせて飛んでいるからバランスは保たれているが、そのバランスが崩れたとしたら、三人は互いの箒がぶつかり合ってバラバラになるだろう。
その後は簡単だ。陣形を立て直される前に、ミナリーとアリシアを各個撃ち落とし、後でじっくりとアンナを落としてしまえば良い。
……だが、
(それじゃ、面白くないよねっ‼)
弱者が強者に挑むべく策を巡らせるならともかく、強者が弱者に勝つべく策を巡らせるのは、全力のぶつけ合いでも何でもない。戯れか、気まぐれの類だ。
学内ランキング二位として、王立魔術学園飛空科の二年生として。
シユティ・シュテインは、真正面から後輩を打ち砕く。
「『疾く疾く走れ、迸れ。光れ、光れ、稲光れ』」
詠う。
彼女が紡ぐのは、全てを飲み込む雷撃の唄。
「『駆けろ、駆けろ、空翔ろ。天翔け、宙翔け、突き抜けろ。切り裂け、貫け、轟かせ』」
シユティはアンナたちの真後ろに位置取り、狙いを定める。
組み立てられた魔法陣は電気を纏い、バチバチと音を立てた。注ぎ込む魔力量はもちろん全力。シユティは微塵も、手加減をするつもりはなかった。
「『一切合切全部まとめて消し飛ばせ――雷神の鉄槌』ッ‼」
魔法陣から、眩い光が放たれた。
轟音が空気を揺るがし、雷光がアンナたちに迫る。
「……それを、待っていました」
直後、シユティは気づいた。
いつの間にか、アンナが箒に後ろ向きに座っている。
(まさか、待ち構えて……⁉ でもっ‼)
シユティは本来なら広範囲に拡散する雷光をアンナのシールド一点に絞って放った。その破壊力は収束し、拡散した場合と比べ五倍以上にもなる。紛れもなく、彼女の全力の一撃だ。相手が誰であろうと、その威力はシールドで弾けるようなものではない。
……はずだった。
「もう二度と、あなたに不覚は取りません。魔力シールド――『二重展開』ッ‼」
「な……っ⁉」
二重に展開されたシールドと雷光が激突する。
凄まじい光と衝撃が周囲にまき散る中、シユティは確かに見た。
自身の放った魔術によって砕け散る一枚目のシールド。そして、二枚目のシールドでも魔術を防ぎきることができずに、飲み込まれたアンナたち三人の姿。
「くふっ、あははっ、あはははははははっ‼ んもぅ、シールドを二重に展開するなんてビックリしちゃうなぁ。でも、あたしの魔術の前には無駄だったみたい……」
言いかけて、シユティはあることに気が付いた。
(あ、れ……?)
雷光に飲み込まれた三人の姿が、どこにも見えない。
あれだけの威力だ。飲み込まれた彼女らは意識を刈り取られて間違いなく落下するはず。なのに、落ちて行く彼女らの姿はどこにも見当たらない。
いったい、どこへ行ってしまったのか。
(まさか……っ⁉)




