第4話 早朝の旅立ち
明朝。玄関扉を開くと朝の澄んだ冷ややかな空気がわたしを出迎えた。東の空がまだ白っぽくなり始めた時間帯。見慣れた町は薄暗く、遠くで鶏の鳴き声がかすかに木霊する。
「ミナリー、忘れ物はないかしら?」
見送りに来てくれたクレアさんに問われて、バッグの中を確認する。
うん、大丈夫。昨日、一通り準備したものは入っている。
お姉さんからもらった招待状もばっちりだ。
「大丈夫だよ、クレアさん。見送りに来てくれてありがとう」
「ごめんなさいね、レインはどうしても仕込みの手が離せないみたい」
「平気だよ。レインさん、いつもより早起きしてわたしのためにパンを焼いてくれたし」
さっきレインさんから手渡されたバケットには、焼き立てのパンが入っていた。わたしの出発に間に合わせるために、たぶんほとんど眠れていないと思う。優しさは、十分に伝わっている。
「ナルカちゃんも、見送りありがとう」
「んー……。ミナねぇ、がんばって……」
眠たそうに眼をこすりながら、ナルカちゃんはクレアさんと手を繋いでいた。
ナルカちゃんは小さいから、事情はあんまり理解できていないと思う。それでも、わたしの挑戦を応援してくれている。それがとても嬉しかった。
「ミナリー、わたしもレインも、ナルカも。みんなあなたのことを応援しているわ」
「……うん。ありがとう、クレアさん」
王立魔術学園飛空科の入学試験を受けたい。そう、レインさんとクレアさんに言い出すには凄く勇気が必要だった。受け入れられなかったらどうしよう。二人を悲しませてしまったら……。
そう考えると、胸が凄く痛くなった。
レインさんとクレアさんには、ここまで育ててもらった恩がある。孤児院に居たわたしを住み込みで働かせてくれた二人は、わたしにとってまさに恩人だ。この恩を、わたしはまだ十分に返せていない。
それなのに、レインさんとクレアさんのもとを離れるようなことをしてしまって良いのだろうか。
なかなか言い出せなかったわたしに勇気をくれたのは、クレアさんだった。
『ミナリー。久しぶりに、二人でお風呂に入らない?』
そう言って、わたしに想いを吐露する機会をくれた。それから改めてレインさんを交えて三人で話し合う場を設けてくれて、二人はわたしの挑戦を嬉しそうに背中を押してくれたのだ。
「ミナリー。こっちにおいで」
「クレアさん……?」
「ぎゅーっ!」
クレアさんはわたしのことを強く、それでいて優しく抱きしめてくれた。
石鹸のような、優しくて落ち着く香りがする。それにすごく、温かい。
「頑張ってね、ミナリー」
「うん」
「ミナリーならきっと大丈夫。レインとわたしが保証するわ」
「……うん。わたし、頑張るね」
お姉さんとまた会うためだけじゃない。応援してくれているレインさんとクレアさんのためにも、頑張らないと……!
「ぅー……。おかあさんずるい。ナルカもミナねぇとぎゅってするぅ」
「あら。ごめんね、ナルカ」
「ナルカちゃん、ぎゅーっ!」
「ミナねぇぎゅーっ!」
ナルカちゃんを抱き上げてぎゅーっとして、ナルカちゃん成分も補給する。
うん、今なら試験でもなんでも楽勝な気がする!
「それじゃ、行ってきます!」
「気を付けてね、ミナリー」
「ミナねぇ、いってらっしゃい!」
二人に見送られながら、わたしは箒にまたがって大空に飛び上がった。
向かう先は王都アメリア。アルミラ大陸最大の湖、スぺリアル湖に浮かぶ王立魔術学園だ。
町から王都まで、山脈を一つ越えなくちゃいけない。徒歩ではおよそ一か月。馬車ではおよそ一週間。
そして箒なら、およそ二時間程度。
天気も良く、絶好の飛行日和。レインさんが持たせてくれたパンを食べながら、空の旅を存分に楽しむ。
「確か、写真……だっけ? この景色をクレアさんたちにも見せてあげたいな」
眼下に広がるのは、山脈の雄大な風景だ。緑の絨毯のように、山の斜面に沿って森が広がる。空からだと滝や川もどこにあるかすぐにわかって面白い。
やっぱり、空を飛ぶって楽しいなぁ。
それからしばらく飛び続けていると、進行方向に大きな湖が見えてきた。視界の端から端まで広がるその湖が、王立魔術学園が浮かぶスぺリアル湖だ。
レインさんから借りた懐中時計で時間を確認すると、予定より少し早いくらいかな。
試験に備えて魔力を温存するためにも、少し飛行ペースを遅くする。
招待状には試験内容に『ウィザード・レース』と書かれていた。
読んで字のごとく、魔術師の競争。ウィザード・レースは魔術師が箒に乗って、速さと魔術を競い合うものらしい。実際に見たこともしたこともないから、町の箒屋さんに教えてもらった。
起源は王国に伝わるドラゴン退治の伝承だとかなんとか。遥か昔のアルミラ大陸はドラゴンが支配していて、魔術師が箒に乗ってドラゴンと戦っていたらしい。今でも小型龍の駆除は魔術師の仕事らしいけど、最近はほとんど見つからずに絶滅寸前で保護対象になりつつあるとかないとか。
そういう話ばっかり聞かされて、結局ウィザード・レースがどんな感じなのかほとんどわからなかった。
とりあえず箒に乗れて、魔術が使えれば何とかなりそうな感じだ。箒には乗れるようになったし、魔術はもともと日常生活レベルには使える。
あとはもう、出たとこ勝負で何とかしよう、うん。
なんて考えながら、のんびりと飛んでいた時だった。
「ど、どいてぇえええええええええええええええっっっ‼‼‼」
【御礼】
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