第39話 仁義なきミナリーとのお風呂争奪戦
閉店準備をしていると、配達に出かけていたレインさんが帰ってきた。配達の方もかなり忙しかったみたいで、今日はお昼から町中を駆け回っていたそうだ。さすがに疲れたと、戻ってくるなりベッドに倒れこんでしまった。
「夕飯まで寝かせておいてあげましょうか」
と、クレアさんは夕食の準備に取り掛かる。わたしも久しぶりに、クレアさんのお手伝いで一緒に台所に立つことにした。わたしの料理スキルはクレアさんから教わったものだ。学園に入学するまでは、いつもこうして二人で食事の準備をしていた。
「さすが手馴れていますね」
「あたしも料理覚えようかしら……」
と、わたしたちを見ながらアリシアとアンナちゃんの二人が話している。二人とも夕飯の準備を手伝ってくれようとしたのだけど、アリシアは包丁をなぜか逆手に持ち始めるし、アンナちゃんは砂糖と塩の違いすらわかっていなかったので、わたしとクレアさんはその申し出を丁重に断った。
二人にはリビングで、ナルカちゃんの面倒をみてもらっている。
「ありしゃー、ご本よんでほしー」
「ありしゃーじゃないわ。あたしの名前はアリシアよ」
「ありしゃー!」
「……もういいわ。何を読んでほしいの?」
「おひめさまと、おりゅーおうドラングルグルのご本!」
「おりゅーおうドラングルグルじゃなくて、屠龍王ドラングニルよ。こっちいらっしゃい、読んであげるわ」
「あい!」
アリシアはナルカちゃんを膝の上に座らせると、目の前に絵本を開いて読み聞かせを始める。
へぇー、意外と面倒見いいんだなぁ。しかも読み聞かせが上手い。ページをめくるたびナルカちゃんに「このあとどうなるかしら?」とか、「ナルカだったらどうする?」なんて質問をして、ナルカちゃんを飽きさせず、同時に自分で考える力を養ってあげていた。
良いお母さんになりそうだ。前世でいう幼稚園や保育園の先生にも向いてそう。
あまりに読み聞かせが上手すぎて、なぜかアンナちゃんもアリシアにべったり寄り添って絵本をのぞき込んでいる。
「いや、ちょっと暑いんだけど」
「お気になさらず。読み聞かせを続けてください」
「ありしゃー、はやくはやく!」
「……ったくもぉ」
あっちはアリシアに任せて大丈夫そうだ。
クレアさんと手際よく六人分の食事を作り終え食卓に並べる。休んでいたレインさんも起こしてきて、みんなで夕食を楽しんだ。
レインさんはアリシアとアンナちゃんを歓迎してくれて、お店を手伝うことを条件に秋休暇中のお泊りを快諾してくれた。
楽しい夕食の時間も終わり、お風呂の時間。レインさんは明日も早いから寝起きでシャワーを浴びると言って早々に寝室へ行ってしまい、残った五人でどの順番で入るかを相談する。
「あたし、ミナリーと一緒がいいわ」
と真っ先に口にしたのはアリシアだった。ここ最近、わたしにべったりのアリシアだからそう言うとは思っていた。
「わたしもミナリーさんと一緒がいいです」
と続いたのはアンナちゃん。
「ナルカもミナねぇといっしょにおふろはいりたい!」
と、ナルカちゃん。
「私も久しぶりにミナリーと一緒に入りたいわ」
とは、クレアさん。
……なぜかみんなわたしと一緒にお風呂入りたがっていた。
いやぁ、モテモテで困っちゃうなぁ。
「それじゃあ間を取ってわたしは一人で先に入って――ヴッ⁉」
ガシッと首根っこをクレアさんに掴まれた。
「ここは正々堂々とジャンケンで決着をつけましょう。勝者はたった一人。恨みっこなしの一発勝負でどうかしら?」
「構わないわ」
「異議なしです」
「ナルカもジャンケンするー!」
こうしてわたしとのお風呂を賭けたジャンケン大会が始まった。
その結果……。
※
「少し髪が伸びたんじゃないかしら、ミナリー?」
わたしの髪に優しく石鹸を馴染ませながら、クレアさんがそう訊ねてくる。
「そりゃ一か月だもん。髪くらい伸びるよ」
「また私が切ってあげましょうか」
「うーん、まだいいかな。今はもうちょっと伸ばしてみたい気分だし」
髪が長いとお手入れは大変だけど、何となく肩甲骨のあたりまで伸ばしてみたい気持ちがある。前世のわたしはたぶんそれくらいの髪の長さだったと思うから、気持ち的にもその方が落ち着くのかもしれない。
それにしてもクレアさん、わたしの首根っこまで掴んでやけにノリノリだったけど、そんなに一緒にお風呂入りたかったのかな……。
ナルカちゃんが生まれる前はもちろん、生まれてからもこうして一緒に入ることはよくあった。けれど最近はわたしも大きくなったし、わたしがナルカちゃんと二人で入ることも増えたから、クレアさんと二人きりで入浴する機会はほとんどなかった。
それこそ、王立魔術学園を受験するか悩んでいた時に、わたしの迷いに気づいたクレアさんが一緒に入ろうと言ってくれた時以来だ。
こういう機会でもないと、わたしはクレアさんに気持ちを打ち明けられない。クレアさんもそれを理解してくれているから、こういう機会を作ろうとしてくれる。
もしかしたら、今も……。
「……クレアさん、悩みごとの相談してもいい?」
「ええ、もちろん。何かあったの、ミナリー?」
「実はね……」
わたしは今抱えている悩み……アリシアのことをクレアさんに相談した。
新入生歓迎レースでお姉さんに負けて、心に傷を負ったアリシア。そんな彼女と、わたしはどう向き合えばいいのだろう。
学校を休むアリシアを自分の部屋に匿って、食事や私生活のお世話をしてあげている。そんな現状が続いていいとは思わない。けど、だからと言ってアリシアになんて声をかけてあげればいいのかがわからなかった。
「そうね……。なんて声をかけたらいいのか、私もすぐに思いつかないわ」
クレアさんは桶に張ったお湯をわたしの髪にざばっとかけて泡を流し落とした。
「それで、ミナリーはアリシアちゃんにどうなってほしいのかしら」
「どうなって……?」
「元気になってほしいのか、お姉さんとの勝負にまた挑んでほしいのか。ミナリーは、アリシアちゃんにどうしてほしいの?」
「わたしは……」
アリシアに立ち直ってほしいの? また、アリス先輩に挑戦してほしいの?
……違う。アリシアがまたそうするというなら全力で応援するけど、わたしがアリシアにしてほしいことはそれじゃない。
わたしがアリシアに望むのは……。
「……わたしは、アリシアに楽しく飛んでほしい。飛ぶことを、楽しいって思ってほしい」
「なら、それを教えてあげるのがミナリーの役割ね」
「でも、これってわたしの好きを押し付けるってことだよね? アリシア、迷惑じゃないかな……」
「本当に嫌なことは長続きしないものよ。アリシアちゃんは小さい頃から箒に乗り続けてきたんでしょう? だったら、ミナリー。あなたの思いはきっと伝わるはずよ」
「……うん。ありがと、クレアさん。わたし、頑張ってみる」
わたしが迷ったとき、悩んだとき、立ち止まったとき。いつも背中を押してくれるクレアさん。お母さんと呼んだら困った顔をされちゃうけれど、わたしにとってはやっぱりお母さんみたいな人で、あらためてクレアさんのことが大好きだと、わたしはそう思わずに居られなかった。
next→第40話 敗者たちの入浴(アリシア視点)
2020/11/13:5時過ぎ頃更新予定
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