第30話 だぁーれだっ♪
あれから、わたしは毎日のように食堂で材料を分けてもらって、アリシアに夕食を作った。練習帰りのアリシアとベンチで待ち合わせをして、二人でその日の出来事を話しながら夕食をとる。
そんな感じで、二週間はあっという間に過ぎていった。
そうして迎えた月末、新入生歓迎レース当日。
『さあ今年もこの季節がやって参りました! 毎年恒例の新入生歓迎レースっ‼ 実況はもちろんわたくし、王立魔術学園二年生、ユフィ・クロイツがお届けします! え、ユフィはレースに出ないのかって? こまけぇことは良いんだよっ‼』
どうやら新入生歓迎レースでもこの実況は行われるらしい。
レースに出場する生徒全員が校庭に集められ、今は刻一刻と迫るスタートの時間を待つばかりだった。
「ついにこの日が来ましたわね、ミナリー・ロードランド! 今日こそ決着をつけて差し上げますわ!」
「うわでた……」
目の前に現れたロザリィは、左手で箒を担ぎ、右手でビシッとわたしに指さしてくる。
二週間前に魔力シールドの授業で戦って以降、少し大人しいなと思っていたらこれだ。
「決着って、この前の魔力シールドの時にわたし勝ったよね?」
「あの時は体調が悪かったんですの。だからノーカンですわ」
「えぇー……」
「というわけで勝負ですわよ、ミナリー! このレースで先にゴールした方が勝ちですわ!」
「勝負するだけならいいけど……」
またアリシアとの関係にケチをつけられるなら、話は別だ。
「わかっていますわよ。アリシアさんとあなたの関係については、もうとやかく言いませんわ」
「え?」
「この二週間、食堂の片付けを手伝って食材を分けてもらい、アリシアさんのために夕食を作るあなたを見てきましたもの。平民だの貴族だの、言っていて馬鹿らしくなりましたわよ」
「ロザリィ……。あれ? じゃあもう勝負する必要ないよね?」
「それとこれとは話が別ですの。これはわたくしとあなたの勝負ですわよ、ミナリー。あなたを打ち負かすまで、わたくしの気が収まりませんの!」
「まあ、そういうことなら受けて立つけど」
「決まりですわね! ところで、アリシアさんは居ませんの?」
ロザリィはわたしの近くに来て、周囲をキョロキョロと見まわす。けれど、アリシアの姿はどこにもない。わたしの隣には、アンナちゃんが居るだけだ。
「アリシアさんなら、先頭の方に陣取っています」
「先頭? ……ああ、なるほど。さすがアリシアさんですわ。このレース、取る気なのですわね」
校庭では既に二つのグループが出来上がっていた。一つはスタート位置間近に陣取って入念に箒の最終調整を行っている先頭グループ。そうして残りは、先頭グループから少し後ろに居る後方グループだ。
このレースは、来年の代表戦に出場する生徒を選ぶ選考レースを兼ねている。
代表戦とは、アルミラ大陸にある各国の魔術師養成機関の代表が出場するウィザード・レースで、毎年春先に行われているそうだ。
我らが王立魔術学園は最も多くの優勝回数を誇っているらしいのだけど、ここ数年は低迷しているとか。次の代表戦は最高学年になったアリス先輩を中心に、王座奪還に向けて学園の総力を挙げての戦いになるらしい。
だから、代表の座を狙う先輩たちの気合は尋常じゃない。ピリピリとした近寄りがたい雰囲気が先頭グループに漂う中、アリシアは一年でおそらく一人だけ先頭グループに陣取っている。
代表として選ばれたいわけじゃない。お姉さんに……アリス先輩に勝つためだ。
『姉さまの実力は、この学園でも頭一つ抜けているわ。だから、姉さまに勝とうと思ったら明日のレースで優勝するしかない』
昨日、アリシアはそう話していた。
その時は「そうなんだー」としか思わなかったけど、レース直前になってそれがどれだけ大変なことなのか実感する。
大丈夫かな、アリシア……。
少し心配になって、わたしは先頭グループに居るアリシアの姿を探した。
目を凝らして見つめてみる……と、視界が急に暗転した!
「な、なにっ……⁉」
「だぁーれだっ♪」
耳元で囁かれる、耳馴染みのない女の人の声。けれど、どこかで聞いたことがあるような……? 目を覆うのは細長く繊細な少しヒンヤリとした手で、シトラスの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
そして背中には、圧倒的な存在感の柔らかな弾力があった。
「おーおー、みんな気合入ってるねぇ。でもみんなレースの何たるかをわかっちゃいないね! レースは楽しむものだよ。そうじゃないと面白くないんだから!」
その人は緊張感を打ち破るような明るい声をしていた。
「だ、誰ですかっ⁉」
上ずった声で尋ねる。
するとその人は「ふふーん」と笑って、
「さぁ誰でしょう?」
と、愉快そうに尋ね返してくるのだった。
知らない人……ではないと思う。というのも、やっぱりこの声には聞き覚えがある。鈴の音のように綺麗で、それでいて可愛らしいと思える声。
聞き覚えがあるということは、わたしと話したことのある人だ。
そうなると、おのずと選択肢は絞られてくる。
「もしかして、『学園の女神』さん……?」
そうだったら嬉しいな、という期待半分で答えてみる。
すると、パッと視界に光が広がった。
「ピンポーン! だいせいかぁ~い♪」
振り返ると、そこには桃色の髪のおっぱいが大きい先輩がいた。
やっぱり!
わたしの後ろに立っていたのは、シユティ・シュテイン先輩だった。
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2020/11/8:16時過ぎ頃更新予定




