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第28話 サンドイッチ

 王都アメリアの周囲では、夏が過ぎると秋が深まるにつれ昼と夕の寒暖差が徐々に大きくなっていく。身を切るほどとは言えずとも、今日は昨日より一段と冷え込んだ肌寒さだった。


 月明かりが照らすスぺリアル湖の上空。箒に跨って飛ぶアリシアの火照った頬にも、冷風は容赦なく吹き付けた。


 ハンドルを握る手に力を込める。意識を集中。自身の魔力量を感じ、飛行ペースを調整する。理想は最低限の魔力消費で最大限の速度維持。どれだけスピードを上げ、どれだけそれを保てるか。


 風を切る音に耳朶が震える。全身に感じる風圧と、それを突き抜ける感覚。


 悪くない手応えだと、アリシアは思う。入学試験ではペース配分に失敗して終盤に失速した。それのおかげでミナリーが合格できたとは言え、それとこれとは別の話。自分自身の弱点を克服し、そしてより一層のパワーアップをしなければならない。


 そうでないと、彼女には追い付けない。


「……っ」


 目の前に幻影がちらつき、アリシアは唇を噛んでスピードを上げた。するとその幻影もスピードを上げる。目の前を飛び続け、追いつくこともできず、追い抜くこともできない。


 今までもそうだった。アリシアはその幻影に、一度も勝ったことがない。


 遠くに赤いランプが見えた。王立魔術学園の時計塔の明かり。学園から北上しスぺリアル湖を反時計回りでほぼ一周して戻ってきたのだ。


 結局、今夜も幻影に勝つことができなかった。


 悔しさと自分自身への物足りなさを感じながら、地上に降りる。


 そうしてアリシアが向かった先は食堂だ。魔力を消費するとお腹も減る。すっかり腹ペコになったアリシアは、なんでもいいからお腹に入れたい気分だった。


 もう夜中と言っていい時間帯だ。このまま空腹を満たして練習は切り上げよう。そう思って食堂の前に立ったアリシアは、鍵が閉められすっかり明かりの消えた食堂を前に頭を抱えることになった。


「食堂、閉まってる…………」


 ぐぅ~……と、お腹が空腹を訴えてくるが、食べようにも食べられる場所がない。今から王都まで行っても、空いているのは酒場くらいで、アリシアのような少女が入れそうな場所ではなかった。


「そんなぁ……」


 朝まで何も食べずに過ごさなくてはいけない。絶望的な状況にアリシアが肩を落としてひざを折りそうになった、その時だった。


「そこのお嬢さん。何かお困りですかな?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、そこにはバケットを片手に持った一人の少女が居る。


「み、ミナリー?」


「おかえり、アリシア」


 ミナリーはバケットを掲げて、にっこりと微笑んだ。


 それから、アリシアはミナリーとともに近くのベンチへ腰を下ろした。


 ミナリーはバケットの蓋を開けて、アリシアに見せてくる。バケットの中にはぎっしりと、色とりどりの具材を挟んだサンドイッチが敷き詰められていた。


「これ、どうしたのよ?」


「片付けの手伝いをしたお礼にね、食堂のおばちゃんから余った食材を分けてもらったの」


「お礼に分けてもらったって……、それでミナリーが作ったの?」


「うん。サンドイッチだから、簡単な夜食みたいなものだけどね。本当はもう少し手の込んだもの作りたかったんだけど……」


「もしかして、あたしのために……?」


「アリシア、食堂が閉まって途方に暮れてるかと思って」


「うっ……」


 図星だった。渡りに船とはまさにこのことで、空腹を訴えていたアリシアのお腹はサンドイッチを目の前にしてぐぅ~と大きな音を鳴らす。


 とっさにお腹を押さえるが、それで音が小さくなったりはせず、ミナリーにくすっと笑われてアリシアは顔を赤くする羽目になった。


「一緒に食べよ、アリシア」


「し、仕方がないわね……。せっかくだから、食べてあげるわよ。…………その、ありがとう。ミナリー」


「どういたしまして。ちなみに、一つだけ具に激辛ソースを塗ってあるから気を付けてね」


「おいこら!」


 感謝したそばからなんてことを。ミナリーは「冗談だよ、冗談」と笑っているが、アリシアは無駄に神経をすり減らしながらサンドイッチを食べる羽目になった。


 アリシアが最初に手に取ったのは、卵とレタスとトマトのサンドイッチ。程よく塩コショウが利いていて、疲れた体によく染みる。今まで食べたサンドイッチの中で一番美味しいと思ったかもしれない。


「どう? アリシア。実はねぇ、隠し味にあるものを入れてみたんだよねー」


「あ、あんたねぇ。変なもの入れてたら承知しないわよ?」


「変なものじゃないよ。さて、ここでクイズです。わたしはいったい何を入れたでしょう?」


「なにって、うーん……。香辛料とか、それともバターかしら? チーズは入っていなかったと思うけど……」


「正解は、『愛情』でしたー!」


「…………あほくさ」


 真面目に考えて損した、とアリシアは残りのサンドイッチを頬張って、


(――あれ?)


 と、思い浮かぶ。


 愛情が込められているということは、つまりどういうことだろうか。


(ミナリーが、あたしに愛情を感じているということよね?)


 アリシアはわかってないなぁ、と肩をすくめているミナリーを見る。その視線はなぜか彼女の唇に吸い寄せられてしまって。明るい色をした、瑞々しい唇を見てしまって。


 月明りと、魔動式の外灯に照らされた姿は、普段よりも儚げに見える。自分よりも小さな背。あんなにいっぱい食べるのに、おそらく夕食を済ませたうえで今もサンドイッチを食べているのに小柄で華奢な体つき。そのくせ、胸元だけはそれなりに栄養を蓄えている。


 初めて出会った時から、妙に目を離せない。そんな不思議な魅力を持った少女が、自分のために『愛情』を込めてサンドイッチを作ってくれた。


 その事実が、アリシアの心臓の鼓動を少し早める。


「ん? どうしたの、アリシア? わたしの口に何かついてる?」


 ミナリーは不思議そうに口元に手を当てて首をかしげる。


「な、なんでもないわよっ!」


 アリシアは熱を感じる頬を隠すようにそっぽを向いた。それからバケットからサンドイッチを取り出して、大きく口を開けて頬張る。


 やっぱり美味しい。しかも、さっきよりも美味しく感じる。


(愛情……ねぇ)


 馬鹿にできないなぁ、とアリシアはしみじみ思った。

next→第29話 くだらない理由

2020/11/8:12時過ぎ頃更新予定

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