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第11話 レースは最後までわからない

『スぺリアル湖一周を飛び終えた参加者たちが続々とこのカルーア岬に帰って来ています! 現在の入試通過者は四十八名! トップでゴールしたアリシア・バルキュリエさんのタイム二時間三十六分十二秒から間もなく二十七分が過ぎようとしています! さぁ残り三分で何人がこのカルーア岬に帰って来ることができるのでしょうか⁉』


 どこからともなく聞こえてくる無駄にテンションの高い実況を聞き流しながら、アリシアは次々とゴールに辿り着く学友となる者たちを見つめていた。


 トップで通過してから三十分になろうとしている。


 合格者の数はたった今、銀色の髪をした少女がゴールし五十一人となった。


 ……残り、二分。


「お疲れ様です、アリシア」


 不意に背後から声をかけられた。


 振り返ると、そこに居たのはアリシアと同じ金色の髪の少女だ。


「……姉さま。どうしてここに?」


「試験監督生としてレースの警備にあたっていたのです。ひと段落ついたので、労いに来てあげたのですよ?」


「別に来てくれなんて頼んでないわよ」


 妹の素っ気ない態度に、アリスは頬をぴくぴくと痙攣させる。


 アリシアは構うつもりはないと示すように姉から視線を外してゴールの方へと戻した。


「まったく、いつからうちの妹はこうも冷たくなってしまったのだか」


「うるさい」


「序盤、飛ばし過ぎましたね。気合の入れすぎです。中盤から終盤にかけての失速が激しすぎます。ペース配分ができてない証拠ですよ。あなたの実力なら、あと二分はタイムを縮められたはずです」


「…………うるさい」


 言われなくてもわかっていることだった。


 ペース配分が下手くそだったのは言い訳のしようがない事実。


 もし仮にこの試験がさらに長距離のレースだったなら、ほぼ間違いなくアリシアはトップの座から落ちていた。


 トップになったのは序盤で稼いだリードのおかげ。


 終盤は後続の追い上げにあい、二位との差は三分もなかった。


 結果的に勝てたとはいえ、アリスの言うように五分に広げることができた差だ。


 反省する部分はとても多い。


「まあですが、一位はさすがですね。良くやりました、アリシア」


「姉さまだって、入学試験は一位通過じゃない。それも、あたしよりずっと速いタイムだし」


「一昨年は追い風だったのですよ」


「どうだか」


 アリシアは面白くなさそうに言った。


 二年前にアリスが記録したタイム二時間二十九分四十二秒は王立魔術学園飛空科始まって以来の最速記録。


 アリシアが序盤からハイペースだったのは、その記録を抜くためだった。


 結果的にペース配分をミスり二分のロス。


 だが、その二分を仮にロスしていなかったとしても、アリスの最速記録には届かなかった。


 アリス・バルキュリエとはそれほどの実力者なのだ。


『さあいよいよ泣いても笑ってもあと一分! ここまでの合格者は五十二名。そして今、五十三名目がゴールしました! これでもう決まってしまうのか⁉ 現在こちらから見た感じ他にゴールしそうなのは……ん? おーっと、ここで最後の一人が現れたか⁉』


 実況が耳に入り、アリシアは視線をゴール手前のコースに向ける。


 ゴールまで残り約一キロ地点を箒が飛んでいた。


「あれって……」


 日差しを浴びて光るのは緑色のフレーム。


 やや背が低めで細身の体躯に、アリシアは見覚えがあった。


 今朝、偶然出会った少女。


 スタート時に互いの健闘を誓い合った、ミナリー・ロードランドだ。


「あの子、本当にここまで追い上げてきたのですね」


 アリシアの隣で、アリスがどこか感慨深げに呟く。


 アリシアはその声に一切反応せず、ミナリーとゴールの距離、そして残り時間を見極めていた。


『残り時間は僅か三十秒っ! こ、これは間に合うのでしょうか……?』


 さっきまであれほどハイテンションだった実況も心配を声に浮かべる。


 アリシアはミナリーから目を背けるように俯くと、ゴールから背を向けた。


「見ないのですか、アリシア?」


 アリスに問われるも、アリシアは首を横に振る。


「……無理よ。あの距離じゃもう間に合わないわ」


 レース最終盤。


 体力も魔力も底を尽き、おそらくミナリーはもう限界だろう。


 最後の力を振り絞っているはずだ。


 ……けど、間に合わない。


 皮肉だとアリシアは思う。


 自分が記録したタイムのせいでミナリーが合格できないだなんて。


 出会い方こそ事故だったが、アリシアはミナリーにある種の縁を感じていた。


 小柄で、童顔で、どこか抜けたところのある同い年の少女。


 同じ学校に通えて、共に学べることができればと、思わないわけでもなかった。


 だがそれも、もはや叶うことのない願いだ。


 ミナリーは間に合わない。


 ゴールを目前にして、あと少しのところで、試験終了の合図を聞くことに――


「レースは最後までわからないものですよ、アリシア?」


「え……っ?」


『ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおるッッッ‼‼‼ ギリギリ間に合ったぁああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼』


 その実況の声に、アリシアは振り返る。


 視線の先に映ったのはゴールを抜けて砂浜に突っ込むミナリーと、この瞬間に0を刻んだ時計の秒針だった。


「う、そ……」


 思わず、アリシアは声を漏らした。


 間に合わない。


 そう判断したのは決して当てずっぽうではなかった。


 レース最終盤、誰もが死力を尽くす場面だ。


 限界に近づく中での全力飛行。


 加速する余裕なんて、普通はない。


 ミナリーもそのはずだった。間に合わないはずだった。


「加速したっていうの……、ゴール前の最終盤で……?」


「まさか本当に最下位から合格圏に滑り込むなんて、たいしたものですね」


「最下位……っ⁉ ちょっと、姉さま! それどういうことよ⁉」


 アリシアはアリスに詰め寄る。


 ゴール直前のミナリーの飛行を見た限り、彼女が最下位から這い上がってきたとは信じられない。


 むしろ、上位争いに食い込んで然るべき飛行だった。


「ええ、実はですね……」


 アリシアはアリスから、ミナリーの箒のコアが破損していたことを聞かされた。


 コアを交換し彼女が試験に復帰した時点で、自分とのタイム差は四十分以上。


 それをゴールまでの間に十分も縮められたことになる。


 アリシアは、考える。


 もしも、ミナリーの箒のコアが破損せず万全の状態で飛行していたら……?


 というか、そもそもコアが破損してしまったのは……。


「彼女、今朝ここに来る途中で事故に遭ったらしいですよ。それでおそらくコアが破損してしまったのでしょう。まったく、運が良いのか悪いのか…………って、どうしたのですか、アリシア? 顔が真っ青になっていますよ? 体調でも悪いのですか? アリシア? 本当に大丈夫なのですか⁉ だ、だれかっ! 妹がっ! 妹が返事をしてくれませんっ‼」


 立ち尽くすアリシアに、慌てふためくアリスの声は届いていなかった。

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