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第10話 折れない心

「それでもっ!」


 ミナリーは両手を力いっぱいに握りしめて、歯を食いしばりながら、何かを必死に我慢しようとしながら、言葉を紡ぐ。


「まだ、終わってません……。わたしは、まだあの人に……お姉さんにお礼が言えてない。合格しなきゃ、いけないんです……。わたしの背中を押してくれた、クレアさんやレインさん、ナルカちゃんのためにも……っ!」


「ミナリー……」


 出来ることなら助けてあげたい。


 そう思いはしても、方法がなかった。


 ミナリーが飛ぶにはコアの取り替えが必要。


 だが、その取り替えるコアがない。


 近くの専門店まで買いに行くだけの時間もなければ、手持ちもない。


「ミナリー、もうどうしようも――」


「なるほど、そういうことか。はいこれ」


 どうしようもない。諦めなさい。


 そう言おうとしたアリスの前にスッと現れて、シユティがミナリーにホウキを手渡した。


「…………へ?」


 素っ頓狂な声を弱弱しく漏らすミナリーに、シユティは笑って答える。


「あたしのホウキ。そろそろ買い替えようと思ってたところだったんだよねー。せっかくだからあげるよ。量産品だし、使えないことはないと思うから」


「ちょっ、ちょっと! あなたっ……」


「パイセーン、ケチ臭いことは言いっこなしですよー?」


 振り返ったシユティはシーっと口元に人差し指を当ててニシシと笑う。


 見物人の入試参加者へのホウキの譲渡。


 ルールにも載っていなければ前例もない。


 試験の公平性を考えれば、限りなく黒に近いグレーな行為である。


「い、良いんですか……?」


「もちろん! 学園の女神と呼ばれているお姉さんの優しさを素直に受け取りなさいな」


 『虐殺の魔女』の間違いでしょうとアリスは思ったが口にはしなかった。


 ルール上、問題ではないのだ。緊急時の特例的な措置と考えられなくもなく、試験監督生として言えることはなにもない。


 それに、


「……まったく、仕方がありませんね」


 アリスも本心で言えばミナリーを何とかして飛ばせてやりたかった。


 まさか自分のホウキを使わせるという選択肢は考えも浮かばなかったが、そこはちょうどシユティがホウキを買い替えようとしていたことが幸運だったと言う他ない。


 アリスはミナリーからシユティのホウキを受け取り、壊れたシラカバのホウキの代わりのコアとしてフレームに埋め込んだ。


 シユティのホウキは量産品で、誰にでも使えるよう調整されている。


 さらに比較的新しい型のホウキだ。


 燃費と安定性はこれまでのホウキより格段に向上するはずである。


 ミナリーはサドルに跨り、ハンドルを握った。魔力が注ぎ込まれ、箒が浮かび上がる。


 魔力とコアの親和性に問題はない。バランサーも正常に作動していた。


「あ、あのっ! 本当にありがとうございました!」


「いえいえ、どういたまして。頑張ってね、ミナリーちゃん」


「急ぎなさい、ミナリー。トップとの差はもう五十分を超えていますよ」


「はいっ!」


 ミナリーは上体を前に倒し、ハンドルを思い切り握りしめる。


 直後、彼女の乗った箒は砂煙を巻き上げ恐ろしい速さで飛び出して行った。


「げほっ、ごほっ……」


 砂をまともに食らってアリスとシユティは咳き込む。


 肩に積もった砂を払いつつ、アリスは自分の箒に戻った。


 試験監督生の仕事はまだ終わりではない。


 今のことも試験の運営本部に報告しなければならなかった。


「送ってくれます?」


 コアが抜き取られ、動かなくなった箒を担いだシユティに尋ねられる。


 アリスはサドルの後ろに腰かけるよう促した。


 二人乗りということもあって、ゆっくりと離陸する。


 速度を落としつつ、スタート地点に向かった。


「珍しいですね、あなたが誰かに救いの手を差し伸べるなんて」


 シユティはお人好しではない。


 人懐っこい性格をしているがむしろどちらかと言えば冷酷なタイプで、特にレースでは一切の容赦をしないことで恐れられている程だ。


 そんなシユティを知っていたこともあり、アリスには彼女の行動が少し意外に思えた。


「だってほら、応援したくなるじゃないですか。ああいう感じの子って。あたしけっこう好みなんですよねー。背が低いところとか、童顔なところとか」


「ああ、そう……。そういえばあなた、そっち系でしたね」


 どうやら動機は至極単純だったようだ。


「もちろん、パイセンもすっごくタイプですよ?」


「私の胸に置いたその手を少しでも動かせば振り落としますよ?」


「やだなぁ、ちょっとしたスキンシップじゃないですかぁ」


 シユティはおとなしく、手の位置を少し下げた。


「にしてもあの子、さっきの離陸といい随分と速くないですか? もうあんなに小っちゃくなってますよ?」


 シユティの言うように、ミナリーの背中はもう指先ほどの小ささになっていた。


 先ほどの離陸の勢いも考えると、かなりのスピードを出して追い上げをしているようだ。


「これはもしかしてもしかするかもですねぇ」


「ミナリー・ロードランド……ですか」


 遠ざかっていく背中を、アリスはじっと見つめる。


 その目は先ほどまでとは打って変わって、冷たく鋭い眼差しを浮かべていた。


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