思い出を勇気にかえて
その晩、夢を見た。幼い頃、おじさんの膝の上で戯れた記憶。
おじさんの膝に座り、細くて長い指に自分の手を絡ませたり、両手をぺちぺちと叩かせたり。
顔をあげると、おじさんの優しい微笑みが私を見守っている。幼い頃、暇さえあればおじさんの膝の上に座っていた。おじさんもそんな私に苦笑しつつ、拒絶したことは一度もなかった。
温かくて、幸せな記憶。ずっとそのままでいたかった。
私はもう、おじさんの膝に座ることはない。幼い少女ではないからだ。
どうして子どもは大人にならなくてはいけないのだろう。大きくならなければ、おじさんの優しさと愛情に包まれ、永遠に幸せに浸っていられたのに。
時は止まってくれない。いつまでも幼い私ではいられない。大人になっていかなくてはいけないのだ。
夢のまどろみからゆっくり目を開けると、自分の手を見た。幼い頃はおじさんとよく手を繋いで歩いたっけ。さすがに今は恥ずかしくて手を繋ぐことはないけれど、おじさんを慕う気持ちは今でも変わらない。
自分の手を見つめながら、昨夜の話を思い出した。
「おじさんにも、あんな一面があったなんて、ね」
常に穏やかな微笑みを浮かべ、いつだって優しいおじさんは、聖人君子のような人だと勝手に思っていた。誰かを嫌ったり、憎んだりしない人なんだと思っていたのだ。
「おじさんもひとりの人間なんだ」
ということは、おじさんも何かに悩んだり、苦しんできたことがあったのかもしれない。もしかしたら、今だって。私はきっと、おじさんの苦しみも悩みも、何も知らないんだ。きっとおじさんが私に何も悟らせないようにしていたんだと思う。全ては私がいつも笑顔で、幸せでいられるように。
私は自分の体をそっと抱きしめた。今更だけど、私はいったいどれほどの愛情に包まれていたのだろう。ぬくぬくと暮らしてきたけれど、いつまでもおじさんの愛情にしがみついているわけにはいかない。これからは私がおじさんを、少しでも支えていかないと。
「お父さんとも、話し合わないとね」
決意をこめて呟いた。私はずっと、実の父に捨てられたと思っていた。でもそこには何か事情があったのかもしれない。私が知らないだけで。
できたらこのままおじさんと二人で仲良く暮らしていきたいけど、お父さんが戻ってきた以上、目を逸らし続けているわけにはいかない。おじさんもきっと、そのことで悩んでいると思うから。
「よしっ!」
気合を入れてベッドから起き上がると、手早く着替えと身支度を済ませ、キッチンへと向かった。キッチンはすでに温かな湯気に包まれていた。私が起きてきたことに気付いたおじさんが、優しい微笑みを浮かべる。
「おはよう。朱里」
「おはよう、おじさん」
いつもと変わらない朝の日常。あたりまえのように思ってきたけれど、おじさんが私をずっと慈しんでくれてきたからこそ、送れてきた日常なんだ。
「おじさん、私ね。お父さんと話し合ってみようと思う。一度連絡してもらえるかな?」
おじさんの顔から笑みが消え、目が大きく見開かれた。
「朱里……」
おじさんが心配そうに私を見つめている。大丈夫、私はきっと大丈夫。おじさんのためにも、強くならないと。
「大丈夫。たぶんね」
絶対っていえない自分が少し情けないけど、これが今の私の精一杯の勇気だった。