15年分の写真
お父さんとおじさんの話を聞いて、そしてお母さんの手紙を読み、頭の中にあった疑問がやっと解明して納得できた気がする。
けれど気持ちが、頭についていかなかった。
だって、まだ赤ん坊だった私の首をお父さんが絞めたこと、私を置いて海外に行ってしまった事実は変わらないのだから。
「事情はわかったけど、それでも許せない──」
それが正直な気持ちだった。
けれど、父を素直に許せない自分も、また嫌だった。すごくちっぽけで、意地悪な女の子に思えるもの。
自分の中で相反する気持ちが、ひしめき合っている。どちらが正解なのかわからず、苦しかった。
海斗とのデートで、思いっきり叫んで笑って、話を聞いてもらって。すごく楽しかった。私の心も浄化された気がする。「朱里はそのまんまでいいよ」って言われてる気がした。
海斗の言う通り、私の心は決まっている。あとは勇気を出せるかどうかだ。
アイツが背中を押してくれたから、きっと大丈夫。
「お父さん、おじさん。話があります」
今度は私が父とおじさんに向き合い、話をする番だ。
「わかったよ、朱里」
おじさんは変わらず、優しい微笑みで私を見つめている。
「いろいろと悩ませて悪かったな。しばらくしたら、また海外に戻るから」
お父さんは少し申し訳なさそうな微笑みを浮かべている。
居間で話すことにした私たちは、静かに腰を下ろした。父とおじさんが並んで私の反対側に座った。おじさんは正座して、お父さんはあぐらをかくように座っている。顔はよく似ているのに、こんなところにも性格の違いが表れている。
「おじさん、お父さん。昔のことを全部話してくれてありがとう。私の思ったことを話すね」
ふたりの視線を感じながら、軽く深呼吸をする。
「お父さんにも、いろんな事情があることはよくわかったよ。それでも、お父さんのことは許せないって気がする。だって私、お父さんのこと、何ひとつ知らなかったんだもの。お父さんだってそうでしょ? 私のこと、何も知らない。親子なのに15年も離れていたんだから当然だよね。15年の空白は簡単には埋められない。だから私、考えたの」
お父さんの顔をじっと見つめる。おじさんによく似た、けれど性格が違う、おじさんの双子の弟。
「お父さんは写真家でしょ? これから一緒に過ごしながら、私の写真を撮って。会えなかった15年分の私の写真を撮ってほしいの。会えなかった小さな
頃の写真はもう撮れないけど、これからの私なら写真を撮れるでしょう? そうして15年分の埋め合わせをしてくれたら、私はあなたのことを『お父さん』として認めたいって思う」
それは意地っ張りな私の、最大の譲歩だった。
海斗が聞いたら、「朱里らしいよ」って笑うかな?
おじさんもお父さんも、目を大きく見開かせている。驚いた表情は少し子供みたいで、つい笑ってしまうぐらい、よく似ていていた。きっと十代の頃はもっとそっくりだったんだろう。
「15年分の写真を撮ることが、償いってことか。やっぱり桃子の娘だ……」
お父さんは目頭を抑えるように、顔を手で覆った。
「よし、わかった! 一年が365日で毎日写真を撮ったとして、15年分で五千枚以上だな。うん、早速撮り始めるぞ」
今度は私が目を丸くする番だった。ご、五千枚?
「ちょ、ちょっと待って。15年分の写真って言ったけど、五千枚なんてさすがに無理でしょ?」
「そうだそ、水樹。五千枚以上の写真なんて、どれだけ時間が必要だと思ってるんだ?」
「おじさんの言う通りだよ。一般的な親子が撮るぐらいの写真でいいってば。さすがに15年間毎日写真を撮り続ける父親なんて、いないでしょ?」
頼んだのは私だけど、予想を超える枚数の写真を撮るつもりの父を、慌てて止めようとした。
「おまえら、プロの写真家なめてるだろ? 無茶ぶりしてくるクライアントなんて山ほどいるし、良い写真を撮るためなら、どんな苦労でもやり通すのがプロってもんだ。五千枚どころか、一万枚だって撮ってやるっ!」
私の言葉が父のプロ魂に火をつけてしまったことに気付いた時には、もう遅かった。
「朱里の写真なら、いくらでも撮ってやるさ。おまえの彼氏より、ずぅ~っといい写真を撮るぞ。のほほんとした顔のアイツが、『参りました』って言うぐらいのやつをな!」
海斗を異様にライバル意識しながら、写真を撮ることに闘志を燃やしている。本気で五千枚、ううん、あの勢いなら一万枚だって撮りそうだ。
ひぇぇ……ど、どうしよう?
助けを求めるようにおじさんに視線を送ったが、おじさんは苦笑いを浮かべるばかりで、自分の弟を止めようとはしなかった。むしろ楽しんでいるようにさえ思えた。
「朱里を世界一可愛く撮ってやるからなっ!!」
すくっと立ち上がったお父さんは、天高く拳をあげてその目を輝かせる。とても止められる雰囲気ではなかった。
こうして熱血親バカ専属カメラマンを、自らの手で誕生させてしまったのだった。




