海斗とデート
海斗と待ち合わせをして、一緒に遊園地に行くことになった。
「いや、おまえ遊園地って。オレはいいけど、朱里の目的は話を聞いてもらうことだろ。ならもっと静かなところがいいんじゃないか? カフェとかファミレスとかカラオケボックスとか」
「話も聞いてほしいよ。でもその前に思いっきり遊びたいなって思って。絶叫マシンに乗って叫びまくったり、お化け屋敷で雄叫びあげたり」
「全部、叫ぶ系ってことね」
「うん。そんで、どさくさに紛れて海斗に抱きついたりしてね」
一瞬の間を置いて、海斗の顔がみるみる赤くなっていく。
「わぁ、リトマス試験紙みたい。何を想像してるんだか」
「おまえ、オレをからかって遊んでる!?」
「それもいいかも。海斗といちゃいちゃしたら、20歳で結婚したお母さんやお父さんの気持ちも、リアルに想像できるかなって思うし」
「いちゃいちゃって……。おまえ、マジで言葉の使い方気をつけろよ。本気で誤解するぞ」
「何を誤解するのよ?」
海斗は真っ赤になったまま頭を振り、「何でもない」と呟いた。
「最近悩んでばっかりだったし、ちょっと発散したいんだ。海斗となら何やっても受け止めてくれそうだし」
「頼ってくれるんならいいけどね。ところで朱里、絶叫マシンやお化け屋敷って平気なタイプか?」
「絶叫マシンは一度乗ると震えが止まらなくなるタイプ。お化け屋敷はね、夜は寝られなくなる」
「全然ダメじゃん。大丈夫かよ?」
「平気。海斗がいるもん」
すばやく海斗の手を掴み、ぎゅっと握った。
「今日一日、手を握っていてくれたら嬉しいな。闇の中に気持ちが向いてしまわないように」
海斗は一瞬顔を赤くしたけれど、すぐにしっかりと握り返してくれた。
「オレがいるから、心配すんな」
「うん!」
その日は海斗と絶叫マシンに乗っては思いっきり叫び、お化け屋敷に入っては、キャーキャーと声をあげて逃げ回った。海斗はその間、ずっと手を握っていてくれたし、私が震えが止まらない時は肩を支えてくれていた。
「あ~楽しかった!!」
「壊れたおもちゃみたいに叫びまくってたけど、大丈夫か?」
「おもちゃじゃないよ。感情あるもん」
「そうだな、人間だもんな」
「人間だから、いろんなことを悩んだり考えたりするんです」
「その人間の朱里サンは、そろそろ話す気になってくれたか?」
海斗は待っていてくれたんだ。私が話す気になるまで。その優しさが、泣きたくなるぐらい嬉しかった。
「ありがとう、海斗。ここでいいから、私の話を聞いてくれる?」
「おう。最初からそのつもりだ。その前になんか飲もうぜ。声枯れただろ?」
海斗はにかっと笑って、自販機とその横のベンチを指差した。
海斗がいてくれて良かった。お母さんもこんな気持ちだったんだろうか。
自販機で購入したジュースを飲みながら、海斗にゆっくり話して聞かせた。おじさんの話、お父さんの話、そして桃子お母さんからの手紙のこと。幼い子どもを連れた家族が楽しそうに行き来しているのを見ながら、静かに話した。
遊園地に来たかったのも、一般的な家族が見たかったからなのかもしれない。私はごく普通の家庭というものを知らないから。
かいつまんで話す形ではあったけれど、全て話し終える頃には、自販機のジュースは二杯目に突入していた。
海斗は頷きながら、けれど途中で口をはさむことなく、最後まで話を聞いてくれた。
「話を聞く前はね、私を捨てたお父さんなんて絶対許せない! って思ってた。今はそんな気になれないっていうか。毒気が抜けたみたいな感じ」
「なんとなくだけど、わかるよ」
「あたりまえだけど、お父さんにもおじさんにもお母さんにも、青春時代があったんだよね。いろんなことで悩んだり考えたり間違えたり」
「そうだな。そうやって大人になっていくんだろうね」
海斗は私の言葉をなにひとつ否定しなかった。
「私、どうしたらいいんだろうね……」
最後に呟くように言った。情けないけど、昨日から考えがまとまらない。海斗はジュースを飲み干すと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「朱里、本当はもう気持ちは決まってるんじゃないか? ただ素直になれないだけってだけで」
「何でそう思うの?」
「おまえの目だよ。迷ってねぇもん。素直になれないから、オレに背中を押してほしいんだろ?」
「海斗……」
頭を撫でるなんて、幼い子どもを諭すみたいな仕草なのに、不思議と心地良かった。たぶん相手が海斗だからだ。
「海斗って私のこと、何でもお見通しだね。ちょっと怖いぐらい。そんなに私のことが好きなの?」
最後は少し、おどけて言ってみた。海斗がまた顔を赤くすると思ったから。
「そうかも。オレ、気付くと朱里のことばっかり考えてるんだよなぁ……」
頬杖をつきながら、海斗が私を見つめている。熱がこもった視線に、胸の鼓動が早くなる。あれ、海斗ってこんなに格好良かったっけ……?
しどろもどろになる私に、海斗が突然笑い出した。
「朱里、顔が真っ赤になってるぞ」
いたずらっぽく笑いながら指摘され、その表情にドキドキしながら言い返した。
「私のこと、からかったでしょ?」
「お互いさまだよ。朱里だってさっき俺のこと、からかうつもりだったろ?」
「う……そうかも」
「そんなんお見通しだっての。朱里のことなら大概わかる」
本気なのか冗談なのかわからない言葉に、顔がさらに熱くなるのを感じ、ごまかすように二杯目のジュースを一気飲みした。
「今日はいっぱい遊んで、話を聞いてくれてありがとう。すごく嬉しかった」
「どういたしまして、朱里お嬢様」
うやうやしく頭を下げる海斗の姿に、笑いがこみあげる。
「何それ、イケメン執事のつもり?」
「あれ、ダメだった?」
「ダメじゃないけど、服装がね」
「そこは妄想で補ってくれよ~」
空が茜色に染まる遊園地で、私は海斗と無邪気に笑った。一緒に笑える人がいるっていいな。できることなら、海斗とずっと一緒にいたい。
お母さんもきっと、同じような気持ちだったんだろう。
亡き母の願いや思いを感じながら、私は海斗とのデートを最後まで楽しんだのだった。