表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおとみずいろと、あかいろと  作者: 蒼真まこ
みずいろの章~水樹
51/65

祝い事

連載再開しました。

お待たせして申し訳ありません。


 結婚記念の写真は、リビングダイニングと桃子が言いはる小さな居間に飾られた。粗末な三段ボックスの上ではあったが、俺と桃子の晴れ姿は我が家の家宝(かほう)のように鎮座(ちんざ)している。その写真を見る度、なんともいえない気恥ずかしさと、未来への希望を感じるのだから不思議だ。


「へこたれそうになったら、ふたりでこの写真を見ようね。きっと元気がでるもの」

「そうだな。うん、俺もそう思う」

「おや、水樹くんにしてはやけに素直ですな?」

「茶化すなよ、先生が撮ってくれた写真だぞ。大事にするに決まってるだろ」

「あーはい、はい。そういう意味ですか」

「ついでに言うと、桃子も可愛いけどな」

「ついでなわけ?」

「嘘だよ。桃子は世界一可愛い」


 照れくさそうに笑う桃子を抱きしめながら、そっとキスをした。


「桃子と結婚できて、死ぬほど嬉しい」

「私も……」


 身震いするほどの幸福感に酔いしれながら、共に生きていくことを改めて誓い合う夜を過ごした。



 修行と仕事、アルバイトに励む日々が続いた。へとへとになって帰ってきても、桃子の花嫁姿の写真を見るだけで元気が出てくるのだ。

「おかえり!」と明るく迎えてくれる、桃子の笑顔も大きな支えだった。


 ほどなくして、桃子から「話したいことがある」と言われた。仕事とアルバイトを終えて、疲れきった体のまま夕食を食べていた時のことだ。


「あのね、あのね……」


 頬を赤く染めながら、桃子がもごもごと口を動かしている。物事をはっきり言う彼女にしては珍しい。


「なに? 何かあったの?」


 晩御飯のオムライスを頬張(ほおば)りながら、桃子の次の言葉を待つ。しかし、どれだけ待っても彼女の話が聞こえてこない。


「あれ? オムライスの中に何か入ってる……?」


 俺のために作ってくれた大きめのオムライスの中央にあったのは、白くてころんとした固まり。ケチャップ味の衣をまといながらも、初々しい清らかさを感じる。


「これって、うずら卵……?」


 桃子の顔がますます赤くなるが、その理由がわからない。

 うずら卵のフライは好物だけど、オムライスの中に、さらに小さな卵を仕込むって聞いたことがないぞ?


「それ見て、わかんない? 私が何を伝えたいか……」


 真っ赤になった桃子の謎かけが始まった。

 桃子は俺に謎かけをすることで、何かを気づかせたいようだ。それはわかるが、オムライスにどんな秘密があるのか、疲れた俺の頭には解明できそうにない。


「えっと、卵の中に、さらにたまご。ということは……」

「ということは?」


 桃子が嬉しそうに、体を寄せてくる。


「ダメだ、さっぱりわかんねぇ」 

「なんで、わかんないのぉ!?」


 口をとがらせた桃子は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。わかりやすく怒る桃子が可愛かった。


「桃子様、桃子様、愚かな夫に答えを教えてくださいませ〜」

 

 丁重にお願いしてみたら、桃子の視線がちらりとこちらを見る。軽く咳払(せきばら)いをした後、答えてくれた。


「しょうがないなぁ。いい? よく聞いてよ。卵をたっぷり使ったオムライスは、私が作りました。言わば私の分身みたいなもの。その中に小さなうずら卵を抱えているということは……?」

「ふむ。桃子の中に、小さなたまご。ってことは……?」


 ようやく謎かけの意味が、わかった気がした。


「桃子、ひょっとしてお腹の中に、たまご、じゃねぇ、赤ん坊が……?」


 桃子の顔が再び、みるみる赤くになっていく。


「今日病院に行ってきた。『おめでとうございます』って言われちゃった。水樹に気付いてほしくてなぞなぞにしたのに、全く気付いてくれないんだもん」


 桃子は恥ずかしそうに呟いた。そこまで聞ければ、もう十分だった。


「やったぁぁぁぁ〜!!! 桃子、すげぇぇ!」

「み、水樹。声のボリューム下げて。近所迷惑だよ?」

「だって、うれしくて!!」


 声を抑える代わりに桃子をそっと抱きしめた。お腹の子を驚かせてしまわないように、静かに優しく。


「俺たちに、子どもができたんだな。俺と桃子が、父ちゃんと母ちゃんになるんだ」

「そうよ、水樹。本当の家族になるの」


 むずがゆくなるような恥ずかしさを感じつつも、たまらなく嬉しかった。


「経済的には厳しいけど、授かった命だもの。私、産んでいい?」

「もちろん!! 俺、がんばる。これからもっと、もっと頑張る!」

「頼みますよ、水樹パパ」

「パパ……うわぁぁ、俺がパパ!」

「水樹ってば、少し落ち着いて」


 くすくすと笑う桃子を優しく抱きしめながら、より一層頑張ることを、妻とお腹の子に誓ったのだった。


桃子が妊娠したことを、青葉や高階先生にも報告した。どちらもとても喜んでくれたことが救いだ。

 青葉は一瞬驚いたものの、すぐに笑顔を見せてくれた。


「おめでとう。桃子が望んだ本当の家族になれるわけだ。頑張れ、水樹」

「ありがとう、青葉」


 青葉の祝福の言葉が、何より嬉しかった。桃子を必ず幸せにすると、心の中で誓った。


 生まれてくる子供のため、俺はカメラの修行やアルバイトにさらに励んだ。安定しているとはいえない状態のため、稼げるだけ稼いでおきたかったからだ。桃子も思いは同じで、お腹の子を守りながら働いた。


「俺が頑張って働くから、桃子は無理するな。お腹の子に何かあったら、どうするんだよ?」

「大丈夫、大丈夫。私も赤ちゃんもそんなに弱くないから」


 桃子は笑って答えていた。

 悪阻(つわり)はあるものの、普段と変わらない様子の桃子に、俺は安心していたのだと思う。

 毎日家事と仕事をこなし、アルバイトで遅い俺の帰りを寝ずに待ってくれていた。


「桃子、俺を待たずに先に寝ていいぞ? 自分のことは自分でできるから」

「だって水樹を待っていたいんだもの。ひとりで寝るのも寂しいしね」

「桃子……」


 妊娠がわかってからの桃子は、なぜか寂しがり屋になってしまった。何かを確かめるように触れてきたり、意味もなく体をぴったりと寄せてきたりするのだ。それはまるで幼い少女のようで、妊娠による情緒不安定というものなのだろうか。とにかく、できるだけ桃子の気持ちに寄り添えるよう、配慮していくしかなかった。


「お腹に子どもがいて、大好きな旦那様がいて、すごく幸せなのに、ときどき不安になるの。なんでかな……」

「大丈夫だ。ずっと側にいて、一生守るから。心配するな」

「ん……」


 精一杯笑顔を浮かべる桃子が、切なく愛しかった。そっと抱きしめると、安心したように眠ってしまうこともあった。

 仕事を休んで、家で休息するように勧めたが、桃子は同意しなかった。


「子供のためにも稼がなきゃ。それに、家でひとりでいるのも、かえって不安になるもの」


 心配しつつも、桃子の気持ちを尊重することしかできなかった。


 桃子の仕事先から連絡を受けたのは、それからしばらく後のことだった。桃子が仕事先で倒れ、救急車で病院に運ばれたというのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ