希望も願いも、君が与えてくれるんだ
桃子との約束以来、写真部の部員も驚くほど、写真を撮ることに熱中した。
それまで好き勝手に撮っていた写真を、どうすればより美しく、見るものに伝えたいものが伝わっているかを考えながら写真を撮った。コンテスト入賞に向けて闘志を燃やしているのだから、最初の挑戦が惨敗だったことがよほど悔しかったと周囲は思ったようだ。
それは嘘ではない。落選して悔しかったのは事実だから。でも本音は桃子との約束があったからだ。
「入賞するんだ、入賞。絶対にやり遂げてみせる。そんで、桃子と……」
動機が不純すぎる。それは認めよう。
けれどそれは、きっかけに過ぎなかった。努力が嫌いで、堪え性のない俺が、ひたすら練習と研究、努力を重ねるようになったのだ。俺が変わることを、桃子は全てお見通しだったのかもしれない。
頑張った甲斐があったのか、次のコンテストではなんとか佳作を受賞した。
「この程度じゃだめだ。もっと、もっと努力するんだ」
コンテストで結果を出したのだから、桃子との約束はすでに果たしていたかもしれない。今度は俺が、結果に納得できなかったのだ。
俺の中に眠っていた何かが、桃子との約束で目覚めた気がした。寝ても覚めても写真のことばかり考えるようになり、桃子とのキスの約束は、もはや頭の隅にあるだけとなっていた。
より良い写真を求め、高階さんに教えを乞いながら、自分でも必死に模索した。
ただ美しい写真を撮ればいいというものではない、自分しか撮れない写真を、人の心に残る写真は何かを考えながら写真を撮り続けた。
どうすれば自分が満足して、人の心にも響く写真を撮れるのか。答えを求めてまた写真を撮る。そんな日々だった。
三度目のフォトコンテストで、俺は見事グランプリを獲得した。
グランプリ受賞を一番喜んでくれたのは、桃子だった。
桃子に初めてキスしてもらった思い出の公園で、桃子は俺を祝ってくれた。
「水樹! グランプリおめでとう!!」
「ありがとう、桃子」
「あれ、思ったほど喜んでないね?」
「グランプリは嬉しいけどさ、正直言うと、準グランプリの作品のほうがすごかった気がするんだ。今回のはたぶん運が良かっただけだよ。俺はもっと努力しないといけない」
大きな目をさらに見開き、桃子は意外そうな顔で見つめている。
「水樹、変わったね。なんだか大人になった」
「そうかな?」
「大人になった水樹は、私からのご褒美なんていらないかな?」
頬を赤く染め、いたずらっぽく微笑む桃子は、女神のように輝いて見えた。彼女のおかげで写真と出会うことができたのだから、俺にとっては女神以上だ。
「やだ。ご褒美は、ほしい」
桃子はくすくすと笑いながら、体を寄せてきた。柑橘系のシャンプーの香りが鼻をくすぐり、あの日の思い出が蘇って体が熱くなる。
「じゃあ、目を瞑って?」
言われるがまま目を瞑ると、かすかな衣ずれの音がして、彼女のやわらかな唇が僕の口にふれる。最初はためらうようにそっと、次は思いを込めるように強く。わずかに震える彼女の唇の感触が、愛おしくてならなかった。
「桃子、ごめん。ガマンできない」
「え……」
彼女が次の言葉を口にするより先に、桃子の細い腰に手を回して一気に引き寄せた。反射的に俺の膝に座り込んでしまった桃子は、驚いたように俺を見上げている。
「今度は、俺からキスさせて?」
やわらかな頬に手を置くと、桃子は天使のように微笑み、静かに目を瞑った。彼女への思いで心臓がはち切れそうになるのを堪えながら、覆いかぶさるようにキスをした。はじめはそっと、次は強く。抱きしめた桃子の体はほんのり熱く、心地良さで体も心も溶けていきそうだ。
目を開けると、桃子は目を潤ませ、恥ずかしそうに微笑んでいる。
「私ね、水樹の写真が大好きよ。カメラを持つあなたはすごくカッコイイ」
「きっかけは桃子だよ。君は俺の全てを変えてくれるんだ」
「私は何もしてないよ? 全部あなたの力だもの」
桃子は笑って否定する。その笑顔は夕陽の中で煌めき、朱い希望のように輝いてた。
「俺さ、卒業後は高階さんに弟子入りさせてもらおうと思ってる。高階さんの了解はもらってるから。そしてプロの写真家を目指すよ。簡単になれるものではないことは理解してるけど、俺にはきっとこれしかない」
「うん。水樹の選択を応援する」
桃子はやっと言ってくれたね、と言わんばかりに微笑んでいる。きっと、全てをお見通しなのだろう。
写真を通し、さらに絆を深めた俺と桃子は、自然と将来を誓い合うようになった。未来は果てしなく続くものと当然のように思いながら。