俺と青葉
第三章となる、「みずいろの章~水樹」始まります。
俺の世界は、曇った空のように暗く、淀んでいた。
けれど彼女に出会って、目の前に広がる空は、青く澄みきっていると知ったんだ──。
「芹沢水樹」は、ちょっとおバカでお調子者。穏やかで真面目な双子の兄とは正反対。
周囲にはそう思われている。半分は本当だ。もう半分はちがう。なぜなら、俺がそのように演じているのだから。
「青葉くんと水樹くんは本当にそっくり。ふたりが並ぶとかわいいねぇ」
幼い頃は双子の兄である青葉と、そっくりだと言われるのが嬉しくて、少し誇らしかった。特別な人間だと言われてるような気がしたし、青葉との仲の良さを褒められてるようにも思えた。友だちなんていらない。青葉さえいてくれれば。ずっとそう思っていた。
「青葉くん、テストで一番だったって。すごいねぇ。水樹くんもでしょ?」
「青葉くん、クラス委員長に選ばれたってね。水樹くんも?」
双子だからなのか、顔がよく似ているからなのか、青葉と同じ能力があると思われることがよくあった。違うとわかると、「ごめんね、双子でもちがうよね」「双子でもいろいろだもんね」となぐさめているのか、自らを納得させたいだけなのか、よくわからない言葉を言われた。
比べられることは、さほど苦ではなかった。ずっとそうだったから。でも比較した後に、なぐさめのような言葉をかけられるのは、みじめで辛かった。
顔が似てるから比べられるのは仕方ない。でもなぜ、勝手に比べては申し訳なさそうな顔をするんだ? だったら最初から比較するなよ。
小さな不満はだんだんと膨らんでいき、やがてこう思うようになった。
「俺は青葉のコピーロボットじゃねぇ!」
青葉の一人称が「僕」だったから、自分は「俺」と意識して話すようになった。
青葉が真面目な優等生なら、俺は少々アホでお調子者。そうやって演じていれば、俺と青葉を比べることも少なくなると思ったから。
青葉とも少し距離を置くようになった。青葉のことが嫌いになったわけじゃない。あいつと一緒にいると、いろいろと面倒くさいことになるから、少し離れたかっただけだ。そうこうするうちに、青葉とどう接すればいいのか、だんだんわからなくなった。
青葉のことは好きだ。でも近くにいたくない。
青葉の優等生ヅラが苦手だ。でも青葉がみんなに称賛されているのは、なぜか誇らしかった。
矛盾した思いを抱えたまま、俺と青葉は成長していった。
母さんの具合が悪くなった頃、率先して家族のために動いたのは青葉だった。俺はどうしていいのかわからず、うろたえるばかりだったのに。
「水樹も少し手伝ってくれよ」
「言われるとやる気なくすんだよ」
「水樹、おまえなぁ……」
本当は俺も手伝いたかった。でも青葉みたいに、的確に判断して動けなかった自分が情けなくて恥ずかしくて、素直になれなかった。自分でもひねくれてるなって思う。でもどうしようもなかった。
中学生になった頃から、俺の下駄箱に青葉への手紙がまちがって入っていることがあった。またかよ、と思いつつ、こっそり青葉の下駄箱へ投げ入れてやっていた。
ある日のこと、俺の下駄箱に無記名の手紙が入っていた。表を見ても裏を見ても、青葉の名前はない。ということは、俺への手紙ということになる。慌てて中身を確認すると、「昼休みに音楽室に来て下さい。待ってます」と女の子特有の丸っこい文字で書かれていた。どう見ても果たし状ではない。
「ついに俺にもモテる時が来たか!」
俺だってお年頃なのだ。いつもいつも、青葉の影でいたくはなかった。
昼休み、意気揚々と音楽室に向かうと誰もいない。「もしや、いたずら?」不安な気持ちで待っていると、音楽室の扉がゆっくりと開いた。姿を現したのは青葉だった。
「なんでおまえがここに?」
それはこっちが聞きたい。あれ、なんか嫌な予感がするぞ?
不安は的中し、俺はまたも青葉とまちがえられたことが発覚する。しかも青葉に告白してみてダメなら俺、と代替品のごとき扱いを受けたのだ。これほどの屈辱はなかった。女の子の集団は、自分たちが傷ついていることだけを主張している。怒りに我を忘れそうだ。いっそ、殴ってやろうかと思った時だった。意外なことに、俺より先に女の子に怒りをぶつけたのは青葉だった。
「僕は僕、水樹は水樹だ。僕は水樹の代わりにはなれないし、水樹だって僕の身代わりにはなれないんだよ!」
青葉は俺を守ろうとしている。てっきり俺に呆れ、バカにしていると思ったのに。無記名の手紙を一通もらったぐらいで有頂天になったアホな俺なのに。
青葉は俺のことを今も、大事な兄弟だと思ってくれているのだ。青葉の気持ちが嬉しかった。
青葉の怒りがヒートアップしてきた時、背後からひとりの少女が姿を現した。どうやら楽器用倉庫にいたらしい。
「そのぐらいにしといたら?」
混乱した場を治めたのは、転入生の少女だった。
青葉とまちがえられることに、うんざりしていたあの頃。
いたずらっぽい微笑みを浮かべた少女は、俺と青葉を一目で見分けた。それでいて双子だからと特別な目で見たりもしない。
俺にとってそれは、とても大きなことだった。事件といってもいいほどに。少女の名は花村桃子。
その日から桃子は、俺の特別で、大切な人となったのだ。