表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおとみずいろと、あかいろと  作者: 蒼真まこ
あおの章~青葉
31/65

過去との決別

第2章のクライマックスに向かいつつあります。

閲覧と誤字脱字報告ありがとうございます!

「おーい、水樹。ここの荷物は全部引っ越しトラックに乗せてもいいのか?」

「ああ、頼む!」


 高校卒業後の3月、桃子のアパートで一緒に暮らすことを決めていた水樹は、今日引っ越していく。

 長く共に暮らしてきた兄弟とも、これからは離れて暮らすことになる。

 引っ越し費用を節約するため、トラック一台だけ出してもらって、あとは僕と水樹、桃子の3人で引っ越し作業をすることになっていた。


「じゃあ、僕はあとで追いかけてくからな、水樹」

「悪いな、青葉。助かるよ」


 荷物を乗せた引っ越しトラックと水樹を見送った。予め作っておいた塩を効かせたおにぎりを包むと、家の戸締(とじ)りをして、二人が暮らす予定のアパートへ向かった。


「ごめんね、青葉。手伝ってもらって」


 出迎えてくれた桃子が、申し訳なさそうに微笑んだ。長く伸びた少し茶色い髪をまとめ、きれいに結い上げている。


「僕から言い出したことだからいいんだよ。少しでも節約したほうがいいからね」

「しっかり者の青葉らしいね。私と水樹よりも、うちの家計のこと心配してくれてる」


 はにかむように笑う桃子は見るからに幸せそうで、水樹との生活を楽しみにしていることが感じられた。そんな桃子に安堵(あんど)しながら、手にしていた袋から祝儀袋(しゅうぎぶくろ)風呂敷(ふろしき)包みを取り出した。


「これ、父さんから預かった引っ越し祝い金。少ないけど僕からも。あと塩むすび。塩をよく効かせておいたから、疲れた体にいいと思って」

「わぁ、助かる。お昼用意してる余裕(よゆう)なかったから」

「水樹は? 先に到着してるはずだよね?」

「写真家の先生にちょっと呼ばれてね。1時間程度で済む用事らしいから、それまで私が荷物を片付けることになってるの」

「僕も手伝うよ。すぐに始めよう」


 桃子と二人で手早く荷物を片付けていく。水樹が帰ってきた頃には、「俺、もうやることないんだけど」とぼやきそうになるほど、みるみる荷物が片付けられていった。


「青葉、ちょっと休憩(きゅうけい)しましょう。スポーツドリンクを冷やしておいたから、どうぞ」


 乾いた(のど)によく冷えたスポーツドリンクは心地良くて、一気に飲み干してしまった。

 桃子と僕はテーブルをはさんで向かい合って座っている。思えば、桃子とこうして向き合うのは久しぶりだ。


「水樹から聞いたけど、青葉は大学に進学するんでしょ?」

「そうだよ。卒業後は公務員になろうと思ってる」

「わぁ、青葉にぴったり」

「僕は水樹みたいに、特別な才能ないからね」

「しっかりしていて真面目で、周囲に気を配れるのだって立派な才能よ。誰にでもできることじゃないわ。水樹も言ってるもの。『俺は青葉にだけは(かな)わない』って」

「水樹のやつ、そんなこと言ってるのか。僕のほうこそ水樹の才能が羨ましいのに」

「ふふ、不思議な兄弟よね。お互いのことを、それぞれ(うらや)ましがってるんだもの。それでいて、お互いをすごく大事に思っていて、強い(きずな)で結ばれている」

 

 昔と変わらない笑顔で、桃子は楽しそうに笑っている。この笑顔に、どれだけ励まされただろう。


「私ね、水樹と青葉が並んで、楽しそうに笑ってる姿を見るのが大好きなの。青葉と水樹にはずっと仲良しでいてほしい」

「兄弟だからね、困ったときは助けるよ」


 桃子はひとしきり笑っていたが、やがて笑みは消え、代わりに切なげな微笑みを浮かべた。


「今だから言うけど。私ね、中学の頃、青葉のことね、ちょっとだけ好きだった。昔の話だけど」

「僕も少しだけ好きだったよ。昔の話だけどね」


 桃子は(なつ)かしそうに微笑み、僕も微笑んだ。僕たちは知っている。もうそれは過去の話だと。そしてこの告白は、過去と決別するためなのだ。


「でも今は水樹のことが誰より好き。あのひとのまっすぐな愛情が、すごく嬉しいの」

「桃子は幸せなんだ」

「うん、すごく!」

「のろけちゃって」

「のろけますよぅ。だって本当に幸せだもん。私は自分自身で望んで水樹を選んだの。青葉のことが本気で好きだったら、まっすぐあなたにぶつかってたから」

「僕もたぶんそうだったと思う」


 桃子はにっこりと笑い、腕をうーんと伸ばした。


「ああ、言えてすっきりした! 心の奥底でもやもやさせたままだと何か嫌で。ごめんね、今更になってこんなこと言って。でもおかげでまっすぐ前を向けるわ。安心してね、青葉。私が水樹を支えるから」

「言われなくてもわかってるよ。桃子のほうが水樹よりしっかりしてるから」

「水樹は時に不安定だったりもするけど、誰より繊細な感受性をもってるの。私は水樹が撮る写真が大好き。優しくて温かいもの。彼はきっと一人前の写真家になれるわ」


 頬を赤く染めながら、嬉しそうに水樹のことを語る桃子の表情は、(まぶ)しいほど(かがや)いていた。


「桃子、幸せになれ」


 数回まばたきをした桃子は、静かに微笑んだ。


「ありがとう、青葉。ひとつだけわがままを言うとね、私、早くお母さんになりたいの。そして水樹と一緒に温かい家庭を作るの」

「桃子なら、きっといいお母さんになるよ」

「うん! 私もそう思う」


 桃子が満面(まんめん)の笑顔を浮かべた瞬間、扉が音を立てて開き、水樹が帰ってきた。


「うわぉ、俺が何もしないうちに片付いてる。さすがは青葉」

「私もいるんですけど? 水樹」


 腰に手を当て、ぷぅっと頬を膨らませる桃子に、僕と水樹は顔を見合わせて笑った。


「もちろん桃子もいるよ。ありがとな」

「わかればよろしい。で、先生、なんだったの?」

「それがさ、雑用をちょっと手伝ったら、先生まで引っ越し祝いくれたんだ。お返しはいらないからって」

「本当?」

「先生も素直じゃないよな~」


 桃子と水樹は楽しそうに笑っている。 

 どうかこの二人が、いつまでも笑顔でありますように。

 水樹と桃子が幸せであることが、何よりの望みなのだから──。


 水樹と桃子は、お互いを支え合いながら働き、二十歳になると籍を入れた。結婚式はせず、入籍だけで済ませるという。

 ほどなくして桃子が妊娠したと水樹から告げられた。桃子は念願(ねんがん)だった母となるのだ。

次話から第2章のクライマックスに突入していきます。

今後もお付き合いしていただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、青葉は納得して二人を祝福出来たんだ。 何となく気持ちが位置つかなかったけど、これで良いんだと思えました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ