未来を信じて
「ちょ、ちょっと待て。水樹、いきなりなんで結婚って話になるんだ? 大学はどうする? いや、その前にどうやって食ってくんだ。二人で暮らすなら、それなりにお金だってかかるぞ」
「大学には行かない。お世話になってる写真家の先生のスタジオで働かせてもらって、足りないぶんはバイトする」
「そんな簡単な話じゃないぞ? とりあえず少し落ち着けよ」
と言いつつも、自分が一番慌てていることに気付く。対し、水樹は無鉄砲ではあるものの、思いだけは真剣なようで、その眼差しは少しも揺らいでいない。水樹が桃子をいかに大切に思っているか伝わってくる。
「桃子のこと、そこまで愛したってことか」
水樹は静かに頷き、幸せそうに微笑んだ。
「桃子は俺の全てだ。あいつがいるから俺は頑張れる。桃子と生涯共に生きていきたい。昨夜桃子と話して決意したんだ。家族を欲しがってる桃子の側にいてやりたい。自分の考えが甘すぎることは理解してるよ。でも決意は変わらない。父さんと母さんにもちゃんと話して相談する」
水樹は優柔不断なところはあるものの、一度こうと決めたら頑として譲らない。この状態になったら、僕があれこれ言っても聞き入れないだろう。
「桃子も同じ気持ちなのか?」
「ああ。あいつも俺と一緒に生きていきたい、家族になりたいって言った」
「そうか……。なら僕があれこれ言うことじゃない。あとは父さんに話してよく相談してくれ」
「わかってるよ。話聞いてくれてありがとうな、青葉」
にっこりと笑った水樹の顔は、大人びた力強さを感じた。
現実の辛さから常に逃げ腰だった水樹が、これほど変わるとは驚きだ。それだけ桃子を愛し、桃子もまた水樹を愛したということだ。
「青葉、昨夜は俺のせいであんまり寝てないんだろ? あとは俺がやるから、少し布団で寝てこいよ」
「じゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらうかな」
生姜入りの甘酒のおかげで、体はほんのり温かい。今ならよく寝れそうだ。何より今は僕もひとりになりたかった。
自分の部屋に行くと、そのまま布団の中に潜り込んだ。天井を仰ぎ見ながら、水樹と桃子、そして今日の自分自身の気持について考えた。
水樹と桃子がより親密になったと気付いて驚くだけならともかく、今日の僕は明らかに動揺していた。ショックだったといってもいい。もうこうなると、認めなくてはいけないだろう。
「僕は桃子に少しだけ惹かれていたのかもしれないな……」
水樹と桃子が深い仲になってようやく気付くなんて、我ながら情けない。これまで頑なに桃子は友達で家族と思っていたけれど、自分の本当の気持ちを見ようとしてなかっただけなのかもしれない。
「頑固なのは、僕も一緒だな。恋愛に関しては、僕は水樹より臆病なのかもしれない」
それでも水樹をはねのけてまで桃子を欲したわけではない。水樹のことも大事だったから、水樹と桃子に幸せになってほしかったのも事実だ。なにより、桃子を好きだという水樹の気持ちは、僕よりずっと上だ。
「僕は気持ちで水樹に負けてたのかも……な」
自分自身の愚かさに気付かされ、小さく笑った。これまで自分は、やればそれなりに出来る人間だと思っていた。けれど自分自身の感情には無頓着だったのかもしれない。
奥底に眠っていた感情に気付けたことで、ようやく気持ちがすっきりして落ち着いた。
己の器の小ささに失笑しながら、うとうとと微睡んだ。
自分の気持ちに改めて気付かされたものの、時はもう戻せないし、今更やり直したいとも思わない。
僕は水樹に負けていた。ただそれだけのことだ。水樹と桃子には、やっぱり幸せになってほしいと思う。
これからも二人を見守っていこうと心に決めながら、そのまま眠りについた。
後日、水樹は父さんとしっかりと話し合った。
その結果、結婚は水樹と桃子が成人してから、改めて考えようということになった。桃子の父親とも会って相談しなくてはいけないし、当人たちだけで決められることではないからだ。高校卒業後に同棲してみて、本当にふたりでやっていけるか試してから結婚すればいい、ということで水樹も納得したようだ。
写真家の先生のところで働かせてもらったとしても、下働きで見習いのようなものだから稼ぎは少ない。当面は高校卒業後就職予定の桃子が家計を支えることになるだろう。
楽な生活ではないかもしれないが、ふたりが決めたことだ。僕はもう、見守るだけだ。
僕と水樹、そして桃子。それぞれの道は大きく変わってしまったけれど、きっとこの先には明るい未来が待っている。そう信じて進んでいくしかないのだ。




