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あおとみずいろと、あかいろと  作者: 蒼真まこ
あおの章~青葉

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冬の夜の決断

 寒さが(こた)える、冬休みの夜のこと。一本の電話がかかってきた。電話に出たのは水樹だった。


「青葉、俺ちょっと桃子のところへ行ってくる」

「今から? もう遅いし明日でもいいだろ?」

「そうなんだけど、桃子、泣いてるみたいで。外にいるらしいから心配でさ」

「何かあったのか? もしも行くところがなかったら、うちに連れてきてもいいぞ」

「ありがとう。そう伝えるよ」


 桃子が父親との関係で悩んでいるのは、水樹から聞いて知っていた。離婚した父を助けようと、これまで桃子は家事を頑張ってきたのだ。父との二人暮らしだから、難しい面もあったのかもしれない。桃子が落ち着くまで家にいてもいい。そう思って水樹に声をかけたのだ。

 桃子が久しぶりに来るかもしれないと思い、軽く家の片づけをしたりしながら待っていた。


 しかし、桃子はうちに来なかった。それどころか、水樹もその晩は帰って来なかった。


「うわ、もう朝だ。水樹のやつ、とうとう帰って来なかったな……」


 こたつに入ったまま水樹からの連絡を待っていたら、そのまま朝まで寝てしまったらしい。

 朝食の支度をしようと立ち上がった時だった。ためらうようにゆっくりと、玄関の扉が開けられる音がした。水樹が帰ってきたんだ。玄関まで行くと、水樹がちょうど靴を脱いだところだった。


「水樹、いままでどこにいたんだ。心配したんだぞ?」

「ごめん」


 水樹はどこにいたとも答えず、一言だけ謝罪した。


「青葉、悪いけど俺、眠いから寝るよ。家のことは起きたら手伝う」

「おい、水樹、おまえちゃんと……」


 桃子はどうなったのか、聞くつもりだった。けれど言葉はそこで途切れてしまった。

 僕とすれ違った水樹の体から、ふわっとシャンプーの匂いがしたのだ。フローラル系の優しい香り。うちにそんな香りのシャンプーはない。

 朝帰りの水樹の身体から、うちにはないシャンプーの香りがする。

 それが何を意味するのか、高校生である僕にも想像はできた。

 おそらく水樹は、桃子と一緒だったのだ。そして一晩を共に過ごした……。


「あ、いつ……」


 それ以上、言葉が出てこなかった。様々な妄想が頭の中で吹き荒れ、意味もなく体が熱くなる。脳裏(のうり)に浮かぶ光景を、想像してしまう自分がたまらなく嫌だった。


「くそ……!」


 風呂場に直行すると、叩きつけるように服を洗濯機に放り入れた。まだ温水になっていないシャワーを勢いよく流すと、体にめいっぱい浴びせかける。冬場には冷たすぎる温度が心地良く、火照った体と心を適度に冷やしてくれた。

 水樹と桃子が付き合い始めて2年になる。仲はとても良くて、ふたりは常に幸せそうだった。そんな水樹と桃子がどんな関係になろうと、それはごく自然なことなんだ。僕がとやかく言うことじゃない……。

 頭では理解できたものの、相手が自分もよく知る桃子だと思うと、なんともえいない気持ちになる。

 自分の中で、説明しがたい感情が荒れ狂っているのを感じる。水樹と桃子が幸せで、嬉しかったはずなのに──。


「つめて……何やってんだ、僕は……」


 風呂場の鏡に映る自分が、なぜか(みじ)めだった。

 水樹は桃子を愛し、桃子もまた水樹を愛した。ただそれだけなのに。

 桃子のことを好きだったわけではない。桃子は家族。けれどなぜか、桃子が家族ですら、なくなってしまったように思えた。


「ダメだ、わかんねぇ……」


 自らを(りっ)することができる人間だと思っていた。しかし今の自分はどうだろう? 自分で自分がわからないなんて、あまりに情けなかった。

 途方(とほう)に暮れるように風呂場から出ると、新しい服を着て、またこたつに入った。自分の部屋の布団には入りたくなかった。


「さむ……」


 考えることに疲れた僕は、寒さで震える体をさすりながら、そのまま眠ってしまった。

 どのくらい寝てしまったのだろう。水樹の声で、ようやく目を覚ました。


「青葉、青葉。青い顔してるけど大丈夫か?」

「水樹……?」

「寒いのか? 甘酒作ったから飲めよ。すりおろした生姜(しょうが)も入れといたから、温まるぞ」


 差し出された甘酒をゆっくりと口に含む。とろりとした甘酒は、甘さもほどよくて、ゆっくりと体を温めてくれた。


「ありがとな、水樹。ちょっと寝不足でさ」

「心配して待ったんだろ? ごめんな、連絡もしないで。ちゃんと話すよ」


 水樹は向かい側のこたつに足を入れると、まっすぐ僕を見た。


「桃子の父親だけど、再婚するそうだ。妻になる女性とその子供とで暮らしたいから、桃子には家を出ていってほしい、って言われたって。しかも桃子に相談もなく、一人暮らし用のアパートまで先に契約していたらしい」

「……身勝手な話だな」


 離婚した父親を必死に支えてきた娘の桃子を、再婚相手ができた途端、捨てるように家から追い出す。人の家庭に口を出すつもりはないが、桃子の父親の非情さに呆れた。


「桃子はさ、ずっと温かい家庭に憧れてたんだ。だから父親を支えてきたのに、あんまりだよ。落ち込む桃子をほっとけなくて、朝まで一緒にいたんだ。桃子がもう大丈夫って言うから帰ってきた」


 まっすぐに僕の目を見据えている。話していることは嘘ではないと思うが、それ以上のことは聞きたくなかった。


「そうか、わかった。桃子はおまえがいれば大丈夫だな」

「青葉、もうひとつ話がある」

「なんだよ、もうわかったって言ったろ?」


 水樹の顔は、いつになく真剣な様子だった。


「俺、高校を卒業したら、桃子と結婚しようと思う。桃子に温かい家庭を作ってやりたいんだ。父さんと母さんには俺から話すけど、まず青葉に話しておきたかった」

「け、結婚……?」


 水樹の話は、僕が想像する以上の内容だった。



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