「好き」という思い
「好き……? おまえが桃子を?」
水樹は頬を赤くしながら、こくりと頷いた。
「最初は一緒にいると楽しいだけだった。でも最近は、桃子のことが気になって仕方ないんだ。夜になると、『あいつ、今どうしてるんだろう? 寂しがってないかな?』って思う。桃子ともっと一緒にいたい。笑ってる桃子の隣にいたい。こういうのを『好き』って言うんだろう?」
すぐには答えられなかった。だって僕には、その『好き』がよくわからない。『好き』って何だろう? この場合、友達としてではなく、家族としてでもないことは想像できる。でもそこまでだ。
「ごめん、水樹。僕にはよくわからない。桃子は親友で、家族のようなものだと思ってたから」
「家族? 青葉は桃子のこと、家族と思ってたのか?」
「もしくは同士みたいなものだと思ってた。お互い家庭に事情があるから。水樹はちがうってことだよな?」
「ちがう。俺にとって桃子は女の子なんだ。彼女の側にいたいし、できれば桃子を守ってあげたいって思う。もっともアイツは黙って守られるタイプじゃないけどさ」
「守ってやりたい……」
家族として、仲間として、桃子を助けてあげたい気持ちはある。でもそれは、水樹の言う「守ってあげたい」とはちがう気がする。
「なぁ、青葉。一応聞いておきたいんだけど……。青葉は桃子のこと、どう思ってる? 好きだったりする? 友達や家族としてではなく、ひとりの女の子として」
僕が桃子を好き……? そんなこと、考えたこともなかった。さっきから水樹が話してることは、僕にはわからないことばかりだ。
戸惑いを隠せないでいると、水樹が僕の顔をじっと見つめながら言った。
「青葉が桃子のことを何とも思ってないなら、俺は桃子に自分の気持ちを伝えてみたいと思ってる。でももしも、青葉が桃子のことを好きなら、気持ちは伝えない。桃子のことで青葉とは争いたくないから」
「水樹……」
「桃子のことは好きだけど、俺にとっては青葉も大事な存在だから。おまえの気持ちを大事にしたい」
水樹は照れくさそうに笑った。それは共に育ち、助け合ってきた兄弟の笑顔だった。
「正直に話してみたけど、なんだか恥ずかしいな。桃子が言ってたろ? 『水樹はいつも言葉が足りない』って。だから思うこと全部言ってみた」
赤くなった水樹の顔からは湯気が出てきそうだ。おそらく、水樹なりに悩みに悩んで、こうして話しているのだろう。きっと嘘偽りのない、水樹の正直な気持ちだ。ならば僕も、水樹の思いに応えたい。
桃子のことを思い浮かべ、考えてみた。ある日僕たち兄弟の前に現れた少女。僕と水樹をまちがえたことが一度もなく、一時仲が悪かった僕と水樹の関係を良好にしてくれた。気さくで明るい彼女と一緒にいると楽しいし、気が楽だ。これからも桃子とは助け合っていきたい。けれどそれは、友人としてであり、ずっと側にいたいわけではない。ならば僕は……。
「僕は桃子のことは大事な友達だと思っている。そして水樹と同じように大切にしたい、家族のような存在だ。それ以上の思いは僕にはないよ」
張り詰めた表情で僕を見つめていた水樹の顔から、すぅっと緊張がほぐれていった。よほど心配だったのだろう。
「良かった。安心したよ。水樹と争うようなことはしたくなかったから。じゃあ、俺が桃子に告白してもいいんだね?」
「勿論だよ。むしろ応援する」
「ありがとう、青葉。桃子の言う通り、正直に自分の思いを話して良かったよ。桃子がどんな返事をくれるかわからないけど、これからも桃子とは仲良くしてほしい」
水樹は屈託のない笑顔で笑った。この笑顔を守りたい。心からそう思う。僕にとって水樹も桃子も同じぐらい大事な存在だ。だから二人にはうまくいってほしい。
「話してたらお腹減ったよ。早くごはんにしよう、青葉」
「そうだな」
宝物を並べるように、機嫌良く食器を出していく水樹を微笑ましく見守った。
これから僕たち3人はどんなふうに変わっていくのだろう? 永遠なんてないとわかっていても、少し寂しく感じてしまう。心に小さな穴が空いているのをごまかすように、勢い良く食事をかき込んだ。その晩は珍しく、沢山食べてしまった。




