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あおとみずいろと、あかいろと  作者: 蒼真まこ
あおの章~青葉
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桃子との関係

「青葉くん、お母さんの具合はどーお? お母さんに代わって家事をするだなんて大変ねぇ、偉いわぁ」


 スーパーで買い物をしていると、たまにしか会ったことがない、近所のおばさんに声をかけらえることがある。大概たいがいは母の具合を心配し、僕たちの苦労をねぎらう言葉をかけてくれるのだ。

 最初の頃は丁寧ていねいに答え、お礼を伝えていた。しかし何度も言われるようになると、それは心配だけでなく、よその家への好奇心もあるのだと最近になって気付いた。「大変ねぇ」と言いつつも、その目は異様に輝き、根掘り葉掘り聞いてくるからだ。全ての言葉が好奇心だとは思わないが、「大変ねぇ」と思うなら、余計な詮索せんさくはせず、そっと見守っていてほしい。そのほうがずっと助かるというものだ。


「大丈夫です。最近は僕と水樹もだいぶ慣れてきましたから。お気遣いありがとうございます。申し訳ありませんが、急いでるのでここで失礼しますね」


 できるだけ上品な微笑みを浮かべ、簡潔にお礼を伝え、その場を去る。それは自然と身に付けた社交辞令だった。最初はぎこちなかった微笑みも、今ではすっかり慣れてしまった。


「『お気遣いありがとうございます』だって。青葉ってば、おばさんをずいぶん上手くあしらえるね。今のおばさんは青葉の『天使の微笑』にやられたって感じだけど」


 カートを持ち、いつの間にか僕の横に来ていた花沢桃子が、楽しそうに声をかけてくる。

 桃子はあれから僕たちの家に、たまに来るようになっていた。名目は僕に料理を教えてもらうためだったが、実際は水樹や僕と話したり、料理をしたりするのが楽しいのだと思う。それは僕も同じだったから、「来たい」という要望を断ったことはない。その過程で僕のことも、「青葉」と呼び捨てるようになっていた。


「『天使の微笑』ってなんだよ、桃子。僕はただ笑っただけだぞ?」


 いつしか僕も花沢桃子のことを水樹と同じように、「桃子」と呼ぶようになっていた。知り合ったのは最近なのに、以前からの友達に思えるから不思議だ。


「わかってないなぁ。おばさんってのは美少年の微笑みに弱いんだよ? 今のおばさんだって、青葉が微笑んだ途端、ぽぅっとした顔をしてたの気付いてた?」

「知らない。興味もないしね」

「あらら。でも気持ちはわかるよ、あの手のおばさんに付き合ってると、平気で一時間ぐらい話し込むもんね」

「だろ? だから最近はできるだけ穏便に、さっさと退散するようにしてるんだ。愛想良くしてれば、お得なクーポンくれたり、セール情報教えてくれたりするしね」

「うわぁ……。青葉ってば、なかなかの策士だね」

「策士って。悪だくみをしてるみたいじゃないか」

「ふふっ、似合いそう、策士の青葉」

「あのなぁ……」

「ごめ~ん、ちょっと冗談じょうだん言い過ぎた」


 桃子の冗談に付き合いながら、買い物を手早く済ませていく。桃子も最近は買い物にも慣れ、おしゃべりしながらでも必要なものをかごに入れられるようになっていた。


「今日は何にするの?」

「うちは肉じゃが。桃子のところは?」

「うちは麻婆豆腐まーぼーとうふ。辛い食べ物、お父さん好きだから」

「いいね、今度うちもやろう。辛い料理って時々無性に食べたくなるよな」

「そうそう! 家だと辛さも調節できるし良いよね~」


 あいかわらず学生とは思えない会話だけど、案外これはこれで楽しいのだ。


「青葉や水樹と話してると楽しいな。家のこと、いろいろ聞かれないから楽だし」


 桃子も同じことを思っていたようだ。それぞれ家庭に事情があるのを知っているからこそ、お互いあまり家庭のことに詮索はしなかった。


「別に隠してるわけじゃないけど、あれこれ聞かれるのってやっぱり嫌だもんね」

「わかるよ。人に話すと『かわいそう』って顔されるから。なんか惨めな気持ちになるんだよな」

「やっぱり青葉や水樹とは話が合うね!」


 楽しそうに笑う桃子の顔を眺めながら、桃子とは不思議な繋がりだとしみじみ思った。友達であり、同士のようでもある。女の子だけど、あまり女子って気もしない。


「僕たちの母さん、もうじき入院するんだ。病院が少し遠いから、なかなか会えなくなる」


 桃子になら話してもいいと思った。母親を恋しがる年齢ではないけど、誰かに聞いてほしかった。


「そうなんだ……。うちもさ、両親が離婚して、お父さんと暮らすことにしたけど、お父さん帰ってくるの遅いんだよね。仕事だから仕方ないけど、ひとりぼっちのアパートは少し怖いかな……。青葉と水樹はふたりだから、少しだけうらやましくなる」

「そっか……。またうちに遊びに来なよ」

「うん、行く! ありがとう」


 それは似たような痛みを抱える者同士で体を寄せ合い、体を温めるような行為だったのかもしれない。けれど僕たちはそうすることで、互いの現実の辛さから少しだけ目を逸らすことができた気がするのだ。


「前から聞きたかったんだけどさ、桃子って僕と水樹をまちがえたことないよね。なんで見分けられるの?」

「だって青葉と水樹って顔はよく似てるけど、やっぱりちがうよ? 雰囲気とか微妙に」

「そうかな?」

「うん、ちがう。たまにわからない時もあって、その時はかんだけど」

「結局勘なんじゃん」

「あはは、バレた?」


 勘であったとしても、僕と水樹を一度もまちがえないのは、正直いって嬉しい。たぶん水樹も同じだろう。双子ではなかったとしても、兄弟で間違えられて喜ぶ人間はたぶんいない。

 桃子の前だと自然体でいられる。そんな気がした。


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