再会とカレー
花村桃子と次に再会したのは、スーパーだった。
かごを持ち、慣れない手つきで商品を手にしては、頭を傾け何事か悩んでいる。おそらく何を選んだらいいのか、わからないのだろう。
声をかけるべきかどうか悩んだが、結論を出す前に、僕に気付いた花村が先に声をかけてきた。
「あっ、芹沢青葉くんだ! ね、聞いてもいい?」
昔からの友人のように、気さくに声をかけてくる。不思議と嫌な気はしなかった。
それにしても僕が誰なのかあっさり気付いたということは、当てずっぽうではなく、僕と水樹を本当に見分けられるということなのだろうか。
「この間もそうだけど、よく僕が青葉だって気付いたね。大概まちがわれるのに」
僕の問いに一瞬きょとんとした顔をする花村だったが、すぐに人懐っこい笑顔に戻った。
「この間のは勘だよ。今回は状況から判断した」
「状況?」
「クラスの子から聞いたんだ。芹沢兄弟のお兄ちゃんは、家の事情で家事を担ってるって。となると、スーパーで買い物をするのは、高い確率で芹沢青葉くんってことになる」
「なるほど」
どうやら勘が鋭く、頭の回転もいいほうらしい。見た目は軽いタイプに見えるのに、意外と細かなところまで考える人間らしい。
「それよりさ、教えてよ。今晩はカレーを作りたいんだけど、ルーはどれを買ったらいいの? この間買ったルーは、水っぽくなっちゃって美味しくなかったの」
「ちゃんと分量は守った?」
「分量? そんなもん適当。お鍋いっぱいに水を入れたよ」
前言撤回。細かいところまで気付くタイプではなく、おおざっぱな人間のようだ。
「料理に慣れてないなら、始めはきちんと軽量したほうがいいよ。適当は失敗を招きやすい」
花村は目を丸くして、僕の言葉を聞いている。どうやら人の意見はちゃんと聞くようだ。
「そうなんだ。すごいねぇ、青葉くん。噂には聞いてたけど、本当にしっかり者なんだ」
子供のような笑顔だった。お世辞ではないことが伝わってくる。
「ひとつお願いしてもいいかな? カレーの材料、一緒に選んでもらってもいい?」
「いいよ」
「ありがと、助かる!」
満面の笑みで喜んでるところを見ると、本当に困っていたようだ。音楽室で助けてもらったこともあるし、得意な料理で手助けできるなら、できることはしてやりたいと思った。
おそらく僕と同じように、何かしら家庭の事情があるように感じられた。あえて何か聞くつもりはないが、なんとかして料理をしなければならない理由があるのだろう。
「カレーは何人分作るの?」
「えっとね、二人分かな。明日も食べれるといいけど、さすがに二日続けてカレーだと、大人は嫌かな?」
「じゃあ、翌日はカレーうどんか、カレードリアにしたら? どっちも意外と簡単だよ」
「本当? 教えて、教えて!」
「冷凍のうどんを買って常備しておくと、いろいろと使えて便利だよ」
「そういう情報助かる! なら冷凍のうどんも買って、明日はカレーうどんにする!」
まるで主婦の会話のようだったが、まさか同級生とスーパーで料理の話をすることになるとは思わなかった。くるくると表情を変えながら、楽しそうに話す花村と会話するのは僕も楽しかった。
「青葉くんって気さくだし親切だよね。なんか女子たちは誤解してるみたいだけど」
「『女嫌いの芹沢青葉』だろ?」
「あれ、知ってるの?」
「噂はなんとなく聞こえてる。おまけに『男のほうがいいらしい』という噂もくっついてるみたいで、おかげで男子からもどことなく距離をおかれてるよ」
「アハハ! なにそれ、みんな噂を信じすぎでしょ」
「学生はそんなもんだろ。あれこれ説明するのも面倒だから、あえて傍観してるけど」
「ふぅん。青葉くんは大人なんだ」
「そんなことないけど、今はそれどころじゃないって感じかな」
「ああ、それわかる。私もいろいろ噂されてるみたいだけど、正直かまってる余裕ないんだよね。引っ越してきたばかりで私もお父さんも必死だから」
「そうか、大変だな」
「お互いにね」
花村も僕の家庭の事情はなんとなく知っているのだろう。お互いにあえて詮索することもなく、それぞれの検討を祈りたい気持ちになる。
「いろいろと教えてくれて助かったよ。ありがとう、青葉くん」
「この前音楽室で助けてもらったからね。このぐらいならいつでも教えるよ」
「ありがとう!」
スーパーの出入り口で別れを告げ、カレーの材料を重そうに運ぶ花村桃子を見送った。
久しぶりに同級生と話をした気がする。案外楽しかったな。友だちというよりは、同士って感じだけど。
「さてと。僕も急いで帰らないと」
花村に今度会ったら、カレー以外の簡単な料理を教えてあげようかな、と思いつつ帰路についた。




