運命の少女
「手紙で呼び出されたんだよ。水樹は?」
「俺もだ。下駄箱の中に手紙が入っていたんだよ」
僕と同じ白い封筒ということは、同じ人が僕たちを呼び出したんだろうか? 水樹も同じ思いのようで、いぶかしげな様子で封筒を見ている。
水樹に声をかけようとした時だった。数人の女の子たちの声が音楽室に向かってくるのが聞こえた。
「青葉、こっちだ」
水樹は僕の手を掴むと、ピアノの裏側に僕を連れ込み、共にしゃがみ込んだ。
「なんで隠れるんだよ?」
「なんとなく」
やがて数人の女の子たちが話しながら、音楽室に入ってくるのが聞こえた。
「じゃあ、美紀は青葉くんと水樹くん、両方の下駄箱に手紙を入れちゃったってこと?」
「だから間違えちゃったんだってばぁ。青葉くんと水樹くん、隣のクラスだしぃ。朝早く学校来て、青葉くんの下駄箱に手紙を入れたと思ったのに、心配になって、その後のぞいたら手紙がなくて。慌ててもう一通書いて入れたけど、最初の手紙は水樹くんの下駄箱に入れてました、なんてことになってて……」
「だからって青葉くんと水樹くん、両方呼び出したらさすがにマズイよ」
「わかってる……。だからみんなに頼みたくて。でもさ、実は言うと青葉くんと水樹くん、両方いいな~って思ってたんだよね。真面目な優等生の青葉くんとちょっぴり不良っぽい水樹くん。どっちもあたしのこと好きになってくれないかな~?って。ほら、よく少女漫画にあるじゃない、美少年の双子に愛される主人公ってやつ。どちらからも愛されまくって、選べなくて悩んじゃうの」
「ああ、あるね~。気持ちはわかるよ。『両手に花』って感じだもんね」
「そうそう、美形の双子を両側に置いて、真ん中はわたし! みたいな。アニメみたいで憧れちゃうよね」
「芹沢兄弟のどちらかと付き合えたら、ちょっと自慢できるよね。2人ともカッコイイから。青葉くんがダメだったら、水樹くんに告白しちゃおうかな~」
「わかるけどさ、兄弟両方同時に告白するわけにはいかないでしょ」
「だからぁ。わたしが青葉くんに告白してる間、水樹くんをうまいこと言って別のところに連れ出してよぉ。今度パフェおごるから!」
「わかった、わかった。そろそろ二人とも来るんじゃない?」
「あ~緊張してきたぁ! ねぇ、今日のわたし、ちゃんとカワイイ?」
「うん、かわいい、かわいい」
きゃっきゃと楽しげに会話をする女の子たち。けれどその中身は、少女特有の残酷さを含んでいた。
彼女たちにとって、僕たち兄弟は何なのだろう? 僕に告白とか言ってるけど、実際はどっちでも良くて、本音は僕と水樹、両方と仲良くなりたいんだろうか。
「俺たちはマスコットかよ……俺は青葉の代替品じゃねぇっての……」
ぼそりと、隣の水樹がつぶやいた。その表情は屈辱と悲しみに満ちていた。その瞬間、体がカッと熱くなった。許せないと思った。僕はともかく、水樹を傷つけるだなんて。
猛然と立ち上がると、ピアノの裏側から少女たちのほうへ向かう。
「え、青葉くん。いたの? ……も、もしかして話聞いてた?」
「やばっ……。青葉くん、怒ってない? マズイよ」
「あ、あのね、あたし、バカだから、ちょっとまちがえちゃって。本当に好きなのは青葉くんなの!」
「この子ちょっとヌケてるけど、根はいい子なのよ。だから好きって気持ちはわかってやって?」
「そうそう、いつも『芹沢兄弟』ってステキだよね~って話してて」
少女たちはお互いをかばうように集まり、弁明の言葉を必死に重ねる。
「手紙は返す! 僕は誰とも付き合わない!」
投げ捨てるように、少女たちへ手紙を返した。手紙はひらひらと宙を舞い、少女たちの足元へ落ちた。
「ひどい……」
手紙をよこしたと思われる女の子が、手で顔を覆い、わざとらしい鳴き声をあげながら泣き始めた。
「ねぇ、これってちょっとひどくない? まちがえたとはいえ、美紀は決死の思いで手紙を書いたのに」
「青葉くんって、もっと優しい人かと思ってた」
「せめて手紙は受け取ってあげてよ。美紀がかわいそうでしょ?」
自分たちがしたことも忘れ、悪者は僕と言わんばかりにまくしたてる。これだから女の子は嫌なんだ。
「酷いのはどっちだよ!? 僕と水樹、どっちでもいいみたいに話してたくせに!」
少女たちの顔が、一斉にひきつった。おしゃべりも全部聞かれてたとは思わなかったんだろうか?
「そ、それは、ただ話してただけで。本気じゃないのよ」
「そうそう、よくある漫画やアニメの話をしてただけ」
「青葉くん、さっきの話はちょっとした冗談だから。本気にしないで?」
「それより、告白する前に断るってどうかと思う。まずは気持ちを聞いてあげるべきじゃない?」
自分たちは悪くないと言わんばかりの言葉に、僕の怒りはさらに増していく。女の子にこれほど怒りを感じたことはなかった。
「僕は僕、水樹は水樹だ。僕は水樹の代わりにはなれないし、水樹だって僕の身代わりにはなれないんだよ!」
これまで双子であることで嫌な思いをしたことは何度かあったけど、一番辛いのは、水樹が悲しそうな顔でうつむいてしまうことだった。まるで鏡のように、水樹の思いが僕にも伝わり、何倍も辛くなるのだ。
「僕たち兄弟は、君らを満足させるために存在してるわけじゃないんだよ!」
怒りがおさまらない。さらに言ってやろうとした時だった。
「そのぐらいにしといたら?」
後ろから声が聞こえた。驚いて振り向くと、見知らぬ女の子が立っていた。少しだけ茶色い髪の毛が、肩の上で揺れている。意志の強さを表すように、瞳が輝いている。
「花村桃子だ……この間、転校してきたんだ」
いつの間にか僕の横まで来ていた水樹が、教えてくれた。どうやら水樹のクラスに転入してきた転校生らしい。
「やだ、水樹くんもいたんだ……」
「転校生が、なんでここにいるの?」
少女の集団が囁き合っているのが聞こえる。
転校生の花村桃子は、少女たちに冷ややかな視線を向けた。
「あんたたちさ、手紙とやらを入れ間違えたんなら、告白はその時にあきらめるべきじゃない? 二人を傷つける行為だってわかんないの? 自分の気持ちより、まずは好きな人のことを思いやるべきでしょ」
正論を言われ、少女たちの声が一瞬怯んだ。
花村桃子は僕の近くまで歩み寄ると、僕の顔をのぞきこむように見つめた。大きな瞳が、宝石のように輝いている。
「あなたもさ、むかつくのはわかるけど、それぐらいにしといてやんなよ。あの子たちに悪気はなかったみたいだし。あんまり怒ると、騒動になるよ? それは困るんじゃない?」
その通りだった。学校から家に連絡があったら、体調の良くない母さんを心配させてしまう。
「わかった。もう止めとく」
花村桃子は踵を返すように、少女たちへ体を向ける。
「彼、許してくれるってさ。あんたたちもそのぐらいにして、もう行ったら? 騒動になったら困るでしょ?」
少女たちは顔を見合わせるように、こそこそと相談していたが、やがてあひるの群れのように音楽室を出ていった。
花村桃子はくるりと体の向きを変え、僕と水樹を順番に、じっと見つめた。くるくると動く瞳に、全てを見透かされそうな気がする。
「あなたたちが芹沢兄弟ね。噂で聞いたことあったけど、確かにそっくりだね」
この後の台詞は予想できた。どうせ「見分けがつかない。どっちがお兄ちゃんで、どっちが弟なの?」と聞いてくるのだろう。
けれど花村桃子は予想とは違っていた。彼女は僕を指差し、こう言ったのだ。
「あなたが芹沢青葉くんね」
そして次に、水樹を指差し、きっぱりと言った。
「あなたが芹沢水樹くん」
驚いたことに、彼女は僕たち兄弟をあっさり見分けたのだ。これまで初対面で、僕と水樹を見分けられた人間は誰もいない。
「どう? 合ってるでしょ?」
花村桃子は幼女のような無邪気な笑顔を浮かべ、僕たちを見つめている。
それが僕たち兄弟の運命を大きく変えることになる、少女との出会いだった。