彼の告白
歩きながらスマホを取りだし、震える手で電話をする。
「海斗、お願いだから出て。お願い……」
海斗、海斗に会いたい。いつも話を聞いてくれる照れ屋の少年。今の私が助けを求められる唯一の人。ようやく電話に出た海斗は、呑気な声で返事をした。
『朱里か? なんだよ、どうしたんだよ』
乱暴な言葉に反して、海斗の声は少しだけ嬉しそうだった。
「海斗、会いたい……」
『え?』
「かいとぉ~」
海斗の声を聞いた途端、止めたはずの涙がまたあふれ出した。
『朱里? おまえ、泣いてるのか?』
「だって止まんないんだもん、涙。会いたいよ、海斗……」
『わかった、すぐに行く。今いる場所を教えてくれ。そこから動くなよっ!』
近くの公園の場所を教えると、そこで待っているように言われた。止まらない涙を拭いながらしばらく待つと、着の身着のままといった様子の海斗が自転車で現れた。
「朱里っ!」
息も絶え絶えな海斗の様子から、彼がどれだけ必死で自転車を走らせてきたのか伝わってきた。私に会うためだと思うと、とても嬉しくて、また涙がこぼれる。
「海斗……私、『いらない子』だった。もしかしたらそうかも、って頭のどこかにあったけど、本当だった。私が産まれた時にお母さんが死んだんだって。私が産まれてきたせいだよね? だからお父さんは私を殺そうとしたって。私は生まれてきてはダメだったの、存在してたらダメな子だった」
涙ながらの説明だったから、話がよくわからなかったかもしれない。それでも海斗は一言も聞き返すことなく、黙って話を聞いてくれた。海斗は一瞬頭を抱え、「オレのせいだ」と小さく呟いた。彼もまた少し泣きそうな顔だった。たまらないといった様子で両手を広げると、私をそっと抱き寄せた。それはおじさん以外の男性に、初めて抱きしめられた瞬間だった。
「海斗……」
「朱里、ごめんな。オレが背中を押すようなことをしなれば朱里は泣かずにすんだかもしれないのに」
「ちがう、海斗のせいじゃない。私が、私が悪いの。私がいらない子だったから」
「いらない子なんかじゃない!」
悲鳴のような声だった。抱きしめていた両腕をほどくと、私の肩に両手を置き、真っすぐに見つめてきた。切なくなるほど真剣な眼差しだった。
「朱里……オレはおまえが好きだ。最初は変なヤツって思ってたけど、気付いたらいつも朱里のことばかり考えてた。オレにはおまえが必要だ。だから、オレと付き合ってくれっ!」
それが愛の告白だということに気付くのに、しばらく時間が必要だった。だってあまりに突然のことだったから。でも少しも嫌ではなかった。
「なんで? なんで今言うのよぉ……」
「今言わなくて、いつ言うんだよっ。ってか、言うことそれだけかよ? オレは朱里に出会えて、すごく嬉しいのに。朱里は違うのか?」
必死な海斗の様子が少しおかしくて、告白をさればかりだというのに、なぜだが笑えてしまった。涙は止まらなかったから、まさに泣き笑いだった。
「海斗ってば、おかしいの。そんな必死になって私を好きっていって」
「笑うなよぉ。これでも精一杯ロマンチックにしてるつもりなんだぞ」
ロマンチックの欠片もないのに、彼なりに必死に考えたらしい。無器用な優しさが嬉しかった。
「ありがと、海斗。私もね、海斗が好きだよ。今やっとわかった」
「朱里、本当か?」
「うん。海斗が好き」
「やったぁ! 朱里もオレを好きだって。って今は喜んでる場合じゃないな。ああ、でも嬉しいや。いかんいかん、今は喜ぶときじゃないぞ。しっかりしろ、海斗」
心底嬉しそうに笑ったかと思うと、その表情を急に引き締めたり、へにゃっと崩れたり。海斗の百面相だった。その様子がおかしくて、私はまた笑った。ああ、どうして彼と一緒にいると、こんなにも嬉しくなってしまうんだろう?
「また笑ったな、朱里」
「ごめん。でも海斗の様子がおかしくて」
「おまえはそうやって笑っていたほうがいいよ。朱里に涙は似合わない」
「ふふふ、キザな台詞だね。漫画かなんかで見たの?」
「違うって。オレはこれでも真剣なんだぞ」
「ごめん、ごめん」
海斗がいてくれて良かった。彼がいなかったら、私にすぐに会いに来てくれなかったら、私はどうなっていたのかわからない。私も、海斗が好きだ。すごく好き。
「おかげで少し落ち着いた。海斗、ごめんね。また話を聞いてくれる? 今度は落ち着いて話すから」
「ああ、おまえの話ならいつでも聞いてやるよ」
頼もしい彼の言葉が、たまらなく嬉しかった。