助けて
私は本当にいらない子だった。だから父は私を捨てて海外に行ってしまったんだ。知っていたはずなのに、理由を聞かされたことで全てが真実になってしまった。こんなの、あんまりだ。聞きたくなかった。
「朱里? どうした、何かあったのか?!」
私の叫び声を聞いてしまったらしい。おじさんが菜箸を持ったまま、居間へと走り込んできた。心配そうに私を見ている。ずっと私の側にいてくれて、私を守り続けてくれた人。その顔を見た途端、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「おじさぁんっ!」
幼子が親に助けを求めるように、おじさんの胸に飛び込んでいった。おじさんは菜箸を投げ捨て、両手で私をしっかりと受け止めてくれた。大きな手と逞しい胸元は切なくなるほど暖かい。
「水樹、おまえ朱里に何をした?」
私の頭を撫でながら、おじさんが父に問うた。
「話したんだ、朱里に」
「……何を? 何をだ、水樹」
おじさんが珍しく苛立っているのを感じる。私を守るように、その腕に力がこもる。
「朱里が産まれたときに桃子が死んで、だから俺はおまえを殺そうとしたって」
「水樹っ!! おまえ、なんて馬鹿なことを。朱里にはまだ早すぎる。もっと大人になってから、いや、違う。一生秘密にしておくべきことだったのに」
おじさんの叫び声が、私の頭の中でこだまする。待って。ひょっとして、おじさんも……?
「おじさんも、知ってたの?」
おじさんの腕の中から、そっと顔を起こし、おじさんの顔を見つめる。
「朱里?」
おじさんが戸惑ったような表情を見せる。考えてみれば、あたりまえのことだ。父が私を殺そうとしたから、やむなく私を引き取ったんだ。父を人殺しにさせないように、姪である私が死なないように。全てを知っているからこそ、これまで私を優しく守ってきてくれたんだ。
「おじさん、全部知ってたのね? 知っていたのに、この人を家に招き入れたの? 私を殺そうとした人なのにっ!」
私を包み込むおじさんの両腕を振り払うと、涙をこぼしながらおじさんを睨みつけた。これまでただの一度も、おじさんを怒りの眼差しで見つめたことはない。
「朱里、それは違う、違うんだ」
荒れ狂う私を抱きしめて落ち着かせようと、おじさんが両腕を広げて近づいてくる。けれどもう私は、おじさんさえ信じられなかった。いつもみたいに、おじさんの腕にすがりつくことができない。
「朱里、お願いだから少し落ち着いて」
諭すように話すおじさんが、全く知らない人に思える。私にとって、この世で一番信頼できる人だったのに。おじさんの横に立ち尽くし、悲しい眼差しで見つめることしかできない父のように、見知らぬ他人に思えた。
「近づかないで!」
ゆっくり私に近づこうとしていたおじさんの体が、ぴたりと止まった。
「朱里……」
酷く辛そうな顔をしている。おじさんにこんな顔をさせたくなかったのに。大好きなおじさんを少しでも喜ばせたくて、父と思ったこともない男と仲良くしようと思ったのに。どうして、こんなことになってしまったのだろう?
「ひとりにさせて、おじさん。私、出かけてくる」
「朱里、そんな状態で外出して、もしも何かあったら」
「お願いだから、ひとりにさせてよっ!」
たまらず怒鳴ってしまった。おじさんに声を荒げたことなんてなかったのに。
「出かけてくる……」
とめどなくこぼれ落ちる涙をぬぐい取ると、スマホが入ったリュックをひっつかみ、外へ飛び出していった。外の風は冷たく、上着を忘れた私の体を容赦なく冷やしていく。
(だれか、助けて。お願い、誰か私の側にいて)
心の中に浮かんだのは、ひとりの少年の姿だった。