父の真意
「なにそれ……『許さなくていい』って、どういうこと?」
全く意味がわからなかった。少しでも理解したくて、私は歩み寄ろうとしたのに、それがダメだというの?
「俺は許されないことをしたんだ、おまえに」
父の顔から、にやけたような笑みが消えている。ぞっとするような、冷たい表情だった。
「許されないこと? 何をしたっていうの?」
「…………」
「何よ、説明してくれないわけ?」
得体のしれない苛つきが増していく。どうしてこの人は、こんなにも私の神経を逆なでするのだろう?
「話してよ。話せないなら、なんで私に会いにきたの?」
目を逸らした父は、酷く辛そうな顔をしている。まるで私が一方的に虐めてるみたいだ。それでも聞かずにはいられなかった。
「ねぇ、教えてよ。私に何をしたの?」
「俺はおまえを」
しぼり出すような声だった。その表情は苦しげに歪み、悲壮な覚悟で話しているのを感じた。目線をゆっくりと私に向ける。
「俺は……朱里を殺そうとした」
その言葉の意味が、すぐにはわからなかった。私の生活には一切馴染みのない言葉。ゆっくりと脳裏に響き、私の心を静かに凍り付かせる。
「え……こ、ころす……? なにそれ、意味わかんない……」
理解できない。理解したくもない言葉。少しずつ心臓が握り潰されていくような気がした。
「言葉の通りだ。俺はおまえを、朱里を殺そうとした。だから朱里を手放して、青葉に預けた。俺がおまえを殺さなくて済むように」
私をまっすぐに見据える父の目は、深い闇を抱えながら、わずかに光を帯びていた。
「俺は朱里に許されないことをした。だからおまえは俺を、一生許してはいけない」
息が苦しい。体が呼吸をする方法を忘れてしまったみだいだ。酸素を欲する魚のように、口をぱくぱくと動かしながら懸命に息を吸う。
「なんで、なんで、私を殺そうとしたの……?」
他に聞くべきことはあったのかもしれない。けれど頭の中には、これしか浮かんでこなかった。父はなぜ、私を殺そうとしたの? それはひょっとして……。
「それは桃子が、朱里の母親が、おまえを出産した時に死んでしまったからだ。俺は……その現実を受け止めきれなかった。おまえさえいなければ……と」
限界だった。それ以上一言も聞きたくなかった。
「なにそれ、意味わかんないよっ!」
それは絶叫だった。大好きなおじさんの弟だからと、これまで私なりに我慢してきたけれど、もう限界だった。
本当は意味なんてわかってる。父は私がいらなかったんだ。嘘でも冗談でもなく、本当に私を必要としてなかったんだ。これが私を捨てた理由。それは残酷なほどちっぽけで、くだらない真実。けれど、まぎれもない現実に思えた。