幼馴染の双子が俺のことを押し付け合っている件
朝、俺――千堂勇悟は目を覚ました。何か柔らかい感触の、人肌のものが近くに感じられて目を覚ましてしまったのだ。
少し開いたカーテンの隙間から射し込む光で、俺は目を細める。
そして、隣にちらりと見えた人影に視線を送った。
――そこにいたのは、まごうことなき美少女であった。
黒く少し長めの髪に、透き通るような白い肌。何故か穏やかな寝顔を俺に向けながら、「すぅ」と小さく寝息を立てている。
俺は冷静に身体を起こして、自分の手の位置に視線を送る。
まるで抱き枕でも抱きしめるかのように、彼女は俺の手を胸元に抱えていた。
なるほど……通りで柔らかいわけだ。
「……おい、愛依」
「ん……」
すでに彼女――愛依は制服に着替えている。俺を起こしに来て、そのまま制服姿で寝てしまったのだろう。愛依はよく、そういうことをする女だ。
俺も慣れたものだが、さすがに手を胸元に持ってかれたままでは落ち着かない。
少しでも力を入れてしまえば、彼女の胸を揉んでしまうことになるからだ。
「おい、愛依。起きろって」
「ん、あ……?」
ようやく、愛依が俺の声に反応してちらりと目を開ける。
眠そうな表情のまま、視線をすぐ胸元に落とすと、
「ユーゴのエッチ」
「誤解だ。お前が俺の手を抱き枕にしてる」
「悪魔の証明」
「寝起きにいきなり難しいこと言ってくるな? それはつまりあれか。俺がお前の胸を揉んでいないということは証明できないってことか?」
「ん、わたしが寝ている間に手を滑り込ませて胸を揉んだ可能性」
「まず俺の寝ているところにもぐりこんだお前が犯罪なんだが?」
「生JKの添い寝はご褒美」
「言い方に気を付けてもらえませんかね!」
……愛依はこういうやつだ。こんな問答を繰り返すと、しばらくして俺の手を放してくれる。クールな割に、何かと人をからかうのが好きな子だった。
正直、無防備すぎて心配になることはある。
そしてクールな愛依とは正反対に、何かと感情が表に出やすいやつが、愛依の姉である結衣だった。いつもなら、愛依がこうやって俺にいたずらをすると階段を駆け上がってきて怒る――のだが、特にそんな気配はない。
ちらりと、俺は充電していたスマートフォンの時間を確認する。
「……おい、まだ六時じゃねえか」
「うん、だから寝てた」
「だから寝てた、じゃねーよ。お前の部屋で寝ろ」
「ここ?」
「ここは俺の部屋だろうが! お前の家は俺の向かいだろ! わざわざ着替えて俺の部屋で寝るってもう色々とおかしいだろがい! 朝から疲れさせんなよ!」
「ちゃんと予定があってきた」
「あん、予定……?」
「そう、ユーゴと一緒にしたい」
不意に愛依がそんなことを言い出す。
ごろんと転がるようにして、俺を誘うような姿を見せた彼女は、
「ユーゴと一緒に、姉さんを起こしたい」
「主語もやりたいことも色々と足りな過ぎたな! ――というか、俺と結衣を起こしたいってなんだよ! 寝起きドッキリでもしたいのか!?」
「うん、私と寝起きドッキリしにいこ。姉さん、ユーゴに起こされるのが夢みたいだし」
「俺に起こされるのが夢だとしたらもっと大きな夢を持ってもらいたいな?」
「本当のことだよ。前にも話したでしょ――姉さん、ユーゴのこと好きだよ」
……朝から、愛依がこんなことを言ってくる。冗談なのか分からないが、ここ最近はずっとそうだ。
愛依の方が、積極的に姉の結衣が俺のことを好きなのだと告白してくる。
妹から姉の好きな相手が俺だと告白されるような状況……まあ、双子の姉妹だからこそ、姉想いだと言えるのかもしれない。
だが、問題はもう一つある――その双子の姉もまた、妹の愛依が俺のことが好きなのだと、告白してくることだった。
***
――朝六時から叩き起こされた……わけではないが、添い寝起こされた俺は何故か、朝食も食べることもなく向かいの家にいる。
制服に着替えて、少女の眠る部屋の中にいた。
ほんの数秒前、妹の結衣と共にわざわざ姉の愛依を起こすという謎の寝起きドッキリを敢行するためにここにやってきたわけだが、気付くと部屋に押し込まれて出られないようにされていた。
「おい、どういうことだ」
小声でドアの外で押さえているであろう結衣に声をかける。
だが、返事はない。下手に力を込めてドアノブをひねれば、ガチャガチャと音が鳴って部屋の主を起こしてしまうことになるだろう。……寝相悪く、寝間着がとんでもなくはだけてしまっている姉の愛依を。
妹の結衣と同じく……という言い方はおかしいかもしれないが、彼女もまた少し長めの黒髪だ。普段気だるげな妹に見える妹とは正反対に、明るく社交的――というのが彼女の友人達の評価らしい。
まあ、明るく社交的という点については俺も否定はしない。ただし、俺から言わせればそれ以上に彼女の性格を表現する言葉は『凶暴』というところにある。
昔からの知り合いであるからか、俺には割と容赦がない。
一応女の子であるために、殴られたり蹴られたりするくらいでは『痛い』ということにはならないが……いや、なるか。とにかくこの状況は彼女が起きれば殴られるか蹴られるかしてもおかしくはなかった。
そんな『魔物』の眠る部屋に、結衣は俺を閉じ込めたのだ。
「結衣、聞こえてるだろ」
「聞こえない」
扉越しに同じく囁くような声で、ようやく結衣の返事が聞こえる。
「思いっきり聞こえてるじゃねえか。扉を開けろ」
「どうして?」
「逆になぜ俺をこんなところに閉じ込める? 俺を殺す気か」
「姉さんはそんなに凶暴じゃないよ?」
「お前にはな。こいつは妹のお前を割と溺愛している。だが、俺にはどうだ? お前も結構見てきたはずだぞ。不可抗力で下着を見てしまった俺にこいつは何をした?」
「もっと見せた?」
「それはお前だ。よく考えるとお前もおかしいな! こいつは回し蹴りで俺の記憶を消そうとしたぞ!」
「もっと見せたでしょ」
「それは見せたわけじゃねえ!」
「ん……」
「!」
俺と結衣の扉越しのやり取りを聞いてか、魔物が寝息を立てて寝返りを打つ。余計に寝間着がはだけて、カーテンから射し込む光がいい具合に胸元を照らし出した。
――よりにもよって下着までずれている。どういう寝方をすればこんなにはだけることができるのだろう。小一時間くらい問い詰めてやりたいところだが、今はそれどころではない。
……少なくとも、結衣がここを開けてくれる気配はない。もしも、このまま愛依が目覚めれば、俺に待つのは運が良くても腹部への正拳突きだろう。
俺の腹筋はそれくらいなら耐えるかもしれないが、その後罵詈雑言まで食らったら朝方からメンタルが死んでしまうかもしれない。
そうなる前に手を打たねばならない――ならば、俺にできることは一つだ。
スッと俺は足音を殺して、魔物……もとい眠り姫である愛依の前に立つ。
ファーストミッションでありファイナルミッション……すなわち、彼女の寝間着を良い具合に元に戻すことだ。
小さく呼吸と整えて、俺は両手をそっと彼女の寝間着に近づける。
幸いにもはだけてはいるが、両方をつまんでボタンを留めれば完璧とは言わないまでも元には戻せる。下着については仕方ない。せめて寝間着だけでも元に戻すことだ。
「んん……」
動くなよ、絶対に動くなよ。俺はそんな『お笑いよろしく』なことを願いながら、決してフラグではないことを祈りつつ彼女の寝間着を掴む。
すると――愛依が俺の両手を掴んだ。
「――」
心臓が止まった。いや、割とマジで止まったかと思った。
掴んではいるが、愛依はまだ寝ている。なるほど……これも彼女の寝相の悪さの一つということか。
そのまま、愛依が俺の両手を自身の胸元までもっていくと、
「んっ、勇、悟」
「!」
俺の名前を言いながら、俺の両手を掴んで胸を触らせようとする。おいおい、いくら何でも寝相でこんなことをするだろうか。
これはひょっとして起きているのではないか。実のところ、寝起きドッキリに見せかけて、結衣と愛依で協力して俺をハニートラップに仕掛けようとしているのではないだろうか。そっちの方がある意味助かるのだが――
「……」
パチリ、と愛依が目を開ける。
彼女の胸元には俺の手。愛依は下を見てから、俺の顔を見る。
もう一度下を見て、また俺の顔を見る。
俺は一度頷いて、小さく嘆息をした。
「おはよう、愛依。朝だぞ」
「……死ねっっっ!」
ハニートラップでもなんでもなかった。
見事に顔面への一撃を受けた俺は、そのまま倒れ伏す。
そう、ここで俺が死んだとしても誰も悪くはない。あえて言うのであれば、寝相が悪かっただけなのだ。……そう思うことにしよう。
そして、こんな明らかに――俺に敵意を向けている愛衣が、俺に好意を向けているはずもない。
そんな事実を理解させられる。
だが、この姉の方からは……妹の結衣が俺に好意を向けていると聞かされている。――俺は、こんな双子に押し付け合われて生活しているのだった。
結構前にちらっと別所で書いたものを短編化してみました。
ラブコメ……書いてみたいですね。