イタい物を御持ちで……
「ふぅ。こんなところかな」
僕は今、この日本家屋の掃除をしていた。時間にして焼く7時間。ほぼ休むことなく行っていたのが原因か、時間の感覚がおかしくなっている。
時刻は正午を軽く通り過ぎ、少し暗くなってきていた。
やはり疲れと言える程の感覚がやっぱり無い。まぁ、耐えられているからそれは問題の内には入らないのかな?
あぁ、最近は高等学校の入試に向けて面接や各教科別で猛勉強していたせいでまともに運動できなかったから、それも相まって久々に走った時は涙を流しながら走ってたっけ。第三者から見たら真ん丸おデブが嫌々走っているように見えたんだろうな。
因みに、入試の勉強は勿論、一人でやったんだけどね。面接も一人で部屋の端で……これ以上は何か悲しくなってくるからやめておこう。
そうそう、この日本家屋は、僕が通う予定の高校から10分程度の所にある建物だ。うん、デブに優しいね。
ただし、緩急のある坂が幾つかあるけどね。うん、さっきの言葉返して。全力で撤回するから。
しかも高校までは徒歩で10分だから歩いてそこを乗り越える必要がある。
自転車はどうしたって? 持ってなかったんだ。仕方ないでしょ、中学までずっと歩いて登校していたし。
そもそも外出することはあっても大体ジョギングや近くのスーパーマーケットで買い物に行く事ぐらいしかなかったし。
簡潔に言うと、友達いなくって誘われないから住んでいる家の周辺しか行ったことが無かったということ。
これじゃあ自分はボッチですと言っているように感じるから言いたくないし、自覚もしたくない。
……おっと、話が反れてしまった。
この日本家屋、掃除の間に色々回ってみたんだけど、外装が凄く綺麗なのが分かった。うん、それはもう見事な程に。
これ、建てられた時の外装は一体どれだけの存在感を放っていたんだろう。と、思わず思ってしまうほどに綺麗だったんだ。
ここに関しては“開いた口が塞がらない”という言葉がいい具合でピタリと当て嵌まった印象だ。
全く、自分の語彙力の無さをここで悔いることになるとは。
さて、外装に関してこれくらいにしよう。
ここからが本題だ。内容は、この日本家屋の内装について。ここまで掃除をして幾つか分かったことがある。
そして、何でここがそんなに安かったのかというのも大体わかってきた。
「家電が全くないから、掃除という意味では楽でよかったけど」
そう、家電が無い。これはここで生活する上において一大事ともいえる事態だ。
現代の情報化社会に追いつくどころか、それ以前の問題だった。
テレビ・コンロ・電気、諸々が一切無い。
辛うじて家の裏手に井戸があってちゃんと水が出たことは本当に助かった。何で未だに井戸が使えたのかは分からないけど。
お風呂に関しては五右衛門風呂でした。
はぁ~なんてこったい。それに加えて、
「家具も無いなんて、こんなの」
あんまりだ。ここ、本当に酷過ぎる。ていうか、何でこんな物件が売られていたのかが分からない。
ここって、本当に人を生かす気あるのか? そもそも買わせていい物件なのか? 家具とか家電購入するのにいくらお金が掛かると思っているんだ。
僕は高校入学前にほぼ全財産。いやいや、下手しなくても借金することになるぞ。
アルバイト掛け持ち決定か~。早速心が折れそうだ。
いくつ掛け持ちすればいいんだろうな。時給いくら位なんだろうな。と言ってもそれ以前に入学前のこの約一週間生きていけるかな。
けどまぁ、寝袋とカロ○ーメイトとかあるから暫くはこれで凌ごう。
良かった、何かあったらと思って持ってきていたけど予想以上の酷さだったな。
僕は目の前にある無駄に彫刻が施された囲炉裏を見る。
「・・・こんな立派な囲炉裏があるのなら、ほかの所も頼むよ」
そうして居間で一人、僕は寝袋を敷き、ギチギチ音を立てながら無理矢理体を突っ込み寝ることにした。
かれこれこうして静かに寝られるのは何時振りだろう。そんな事を考えている内に、僕の意識は深く落ちていくように沈んでいった。
ここから先の未来に待っている死活問題の事は後で考えよう。と、頭の中で言い聞かせるようにして。
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<翌日>
僕はこの生きている間で最も奇妙な物に出会った。
その物というのは、今僕の手の中に収まっている物の事を指しているのだけど。少し分厚めの本。
この日本家屋は、どうやらどこぞの忍者屋敷だったのか知らないが、かなりベタな絡繰りによって扉が隠されていた。
掃除していただけ。そうだ、僕は掃除をしていただけなんだ。掛け軸の掛けてあった所のレバーを何かのスイッチだと思って下げた結果コレだよ。
どうした僕の人生。最近おかしな方向に転がっていないかい?
ということで、その扉の先にあった古びた書斎の様な部屋の中に新品の様に残っていた一冊の本を持ってきたと。
表紙に“魔導書 叡智の礎”なんて書いてある辺り、いよいよこの家屋の異常性を疑い始めなければ。
いや、こんなものを隠していた前住人の方の頭を疑った方がいいのだろうか。パッと見た時、表紙がこれに似通っていたやつをいくつか見つけてしまったから。うん。これは末期の方のやつだ。それとも真性の方なのかな。
まぁ、僕が気にする必要はないだろうな。
本の内容は、魔法陣といったものの隣に解説が挟まれているという。指南書のようなやつだった。
「第一位階属性魔法とは、全ての属性魔法を習得できない者でも使用可能な数少ない魔法の一つ。第一位階の属性魔法は、別名;生活魔法として生活の中にも役立つ程度の事は出来る。
また、第ニ位階魔法からは基本的には攻撃・防御・支援魔法といった形で分類される。魔法使い志望の者なら、自らの使用可能な属性魔法は必ずこれらを習得しなければならないだろう」
何だコレ。滅茶苦茶まともなやつじゃないか。
僕は本のページをめくりながらそんな事を思っていた。
「第ニ位階属性魔法とは、魔法使いが攻撃・支援する為に用いる魔法である。しかし、防御系の魔法は一部を除いて無く、基本は同じ属性で“相殺”する必要がある。しかし、それは高度の技術があってこその技である。後方支援と高を括っていると相手の流れ弾に必ず被弾するので、魔法使いといえど、高い身体能力は欠かせないだろう」
更に読み進める。
〝魔法による位階序列は、より深みに達した者を表している。故に位階は小さい数から順番に表記されている。より魔法を知り、より深みへ、静かに階段を降りる様に〟
この数ページ見て分かったこと。
これ、本物だわ。