8
かなり長いです。
光の晴れた先は鬱蒼とした木々の並ぶ森であった。
予め底の厚い靴を履いて来ていた為、内部に浸みる事無く少し湿った地面の感触が伝わるだけになった。
しかし、それだけでは終わらない。
足元に意識を向けていた為、気付くのに遅れた雅嗣だったが、僅かな木漏れ日しかない中、揺れる影をしっかりと捉えた。視線は雅嗣に向いている。
即座に≪鑑定≫を発動させる。
≪鑑定≫
様々なものを分析するスキル。
色々と便利。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゴブリン 種族:魔物
職業:ー
レベル:1
HP:100
MP:0
ST:50
状態:正常
筋力:50
技量:20
防御:50
敏捷:20
知力:10
魔力:0
魔耐:50
運 :10
魔法適正:ー
適正属性:ー
スキル:槌術
称号:ー
装備:棍棒
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
身構えながら敵の戦闘能力を確認する。
弱化した雅嗣よりも筋力が高い事から、近接戦闘では不利と判断した。
一方、木漏れ日に照らされて現れたゴブリンは、雅嗣の腰の高さしかない身長の深緑体色の醜い姿をしていた。しかし、その手にはゴブリン自身と同じ位の大きさの棍棒が握られている。
(とんでもない筋力だな。あの体であれを片手で持っている)
「すげぇ」
気付けばそんな言葉を零していた。
「んじゃ、やってみるか」
≪戦闘術基礎≫を発動し、拙いながらも戦闘態勢に入る。
「先ずは実戦」
敵を見据えて更に気を引き締める。
先手はゴブリンだった。
大きな得物を物ともしない速さをに少しの驚きを見せた雅嗣は初手を完全に敵に渡す形で始まった。
遠心力をこれでもかと乗せた横薙ぎは雅嗣の居た場所を的確に捉えていた。僅かに身体を後方にずらした雅嗣は更に後方に退きながら体制を整える。
一方、ゴブリンの速さは衰える事無く、より勢いのままに立て続けに前傾姿勢の攻撃をしていく。
(速いッ、)
ゴブリンが棍棒を振り下ろす。
雅嗣の額を掠めながら棍棒が地面に叩きつけられると、僅かに揺れが起こる。
それによって勢いは失われ、地面にめり込んだ棍棒を両手で乱暴に引き抜く事で完全に勢いが止まった隙に雅嗣は攻撃を仕掛ける。
「シッ」
≪戦闘術基礎≫が発動された状態による素手攻撃。
その拳はゴブリンの顔面を直撃する。
ゴッ、と決して良い響きではない音が聞こえる。
棍棒を引き抜く為に後ろのめりになっていたゴブリンは思わず仰け反る。しかし、それだけで対してダメージには至ってはいない様に見えた。
(今しかない)
仰け反る一瞬を逃すかと追撃の一手を繰り出す。
懐に踏み込み。より強く・より深く・捻じ込む。
先程の咄嗟の拳ではなく、狙い澄まし放たれた拳がゴブリンの顔面に捻じり込む。
(次、次、次)
少しずつペースと威力を上げていく。
≪拳術≫ 乱打
体力が尽きるまで攻撃速度と威力が上がり続ける。
約5秒に及ぶ連撃によって、ゴブリンに痣らしき痕が見え始める。
しかし、
「はぁ、はぁ」
(クソ、頑丈な…)
息を上げながら雅嗣が心で悪態を吐きながら片膝をつく。スタミナ切れである。
よく見てみると、雅嗣の両手は自身の血で滲んでいた。
使いこなせていない
全く。そう溜め息交じりにぼやく。
もっと効率よく動けば後5秒は動けた筈。
もっと打撃の角度を僅かに変えていればダメージを与えられた。
もっと全身を使って動けば
慣れろ 慣れろ 慣れろ
刷り込め 吸収しろ 刻み込め
相手を見ろ 敵を見ろ
疲労している間、雅嗣は脳内には夥しい考察が流れていた。
そもそも、スキルというのは、個人の持つ本来の能力を示す様なもの。
例えそれが潜在的な能力である事も例外ではない。
だが、そこには当然の様に弊害というのもが存在する。
それは、自身の肉体がスキルそのものに振り回される事もあるという事だ。
例えば、ステータスオール10の剣士がいるとしよう。
そんな剣士の持つスキルの中に、剣士等の上位系職業スキルが混じっていたとする。特に知識が無ければ、これは大変喜ばしいと肯定的に捉えがちである。
しかし、現実は違う。
上位系列の職業への転職の為には、最低でも20のレベルは欠かせない。その最たる理由は、肉体がスキルによって崩壊してしまい兼ねないという事だ。
スキルがあるのにも拘らず、そのスキルを使いこなせない。挙句自滅してしまう様では意味が無いであろう。
それ故にスキルを持つ者は、分相応のスキルを自身で見極め、定め、習得していく。地道でこそあるが、これが一般的な職業やスキルとの向き合い方である。
例外は幾つかあるが、職業・スキルというのを持つ者は、常に自身を見定める必要があるのだ。
「グェガィ」
雅嗣が力尽きたと判断したゴブリンは、ニタリと剥き出しの歯を更に露出し醜悪な笑みを浮かべた。止めを刺さんとゆっくり振り上げた棍棒が雅嗣の脳天を目掛けて振り下ろされる。
ベギャッ
「……ッ、イッ」
「ア"ギャァアッ!!」
雅嗣は叩き付けられた形で倒れた状態ではありながら、ギリギリ防御に間に合った事にほんの一瞬だけ安堵した。
しかし、防いだ両腕は折れ曲がり、骨は肉を突き破り露出していた。
代わりに、同時に放たれた雅嗣の右足のスキルを纏った蹴りはゴブリンの生殖器を砕いていた。
(我ながら、器用な事が、出来たな)
折れた腕の激痛に苛まれながらも足だけで起き上がる。
瞬間、雅嗣の腕は折れる前の状態に戻り始める。
「~~~ッ、はぁ悪ぃな。再生使えんだよ、俺」
≪超速再生≫
瞬く間に修復していく腕に苦悶の表情を浮かべながら、今しがた性器を蹴り潰されのた打ち回るゴブリンにそう言った。
尤も、この魔物にその言葉が届くかは定かではないのだが。
「折れるって痛いもんだな。俺の体質が体質でも、滅茶苦茶に痛かったぞ」
全状態異常 及び 全魔法属性耐性
「裏ステータスにしか表示されない生まれ持った特殊な能力。裏ステータス、多分それだけで「あぁ、アレね」とはならないだろう。が、確かに存在する数少ない個人の詳細情報だ。確認は必須なものだが、一部の連中しか認知はされていない」
雅嗣は未だ転がるゴブリンに近づく。身体を強引に足で踏み付け抑え、弓の弦を引く様に右手に力を溜め、静かに腰に添える。左手は、決して外さない様にゴブリンの頭に向けられていた。
雅嗣は、ゴブリンが正気を取り戻す前に止めを刺す。
≪拳術≫下段突き
今度こそ狙い澄ました拳は、ゴブリンの頭部を垂直に打ち抜いた。
ミシミシッ ビギッ ブチブチッ
同時に雅嗣の右腕に悲鳴が奔る。
恐らく指骨・中手骨を始めとした右腕の骨は、折れて、割れて、砕けているだろう。
青黒い血を散らし、ビクッと身体が跳ねて以降、ピクリとも動かないゴブリンの頭部は、頭蓋が拳の形に砕け陥没しているようだった。
ヌチャッと雅嗣が砕けた拳を抜くと、そこに血液がどんどん溜まっていく。
「……」
魔物の死体を前に、その頭蓋を脳漿諸共砕いた拳が≪超速再生≫によって再生されていく中、雅嗣は何とも言えない感覚を覚えていた。
(殺した。あぁ、殺したんだ。だが、何故だろう)
特に何も感じないんだ。
殺した事に対しての余韻が一切感じない。
本来、初見で異形の魔物の頭部が拉げた凄惨な光景を前にしたのなら、身の内の内容物を嘔吐する位はあるようなものだ。そしてゴブリンに至っては特に異臭が強い。これに関しても反応を示さない訳にはいかない筈なのだ。
それに対して、雅嗣は至極冷静であった。
無感情に無表情。無機質な深紅の瞳は、未だ目の前の光景を映していた。
(まぁ、いいだろう。別にそれがどうという訳ではないからな。掴みの方は、まぁまぁと言ったところか。これは、慣れるのに時間がかかりそうだ)
次第に気にする必要は無いと判断した雅嗣は、ゴブリンの持っていた棍棒を手に取っていた。
(まだ目利きが儘ならない今、これくらいの物の方が扱い易くて楽かもしれない。有難く貰っていこう)
ついでに、ゴブリンの死体をストレージにしまう事も忘れない。
(残りの血を嗅いだ魔物が寄って来る前にさっさと退くとしよう。今の俺では、ゴブリンも満足に殺す事が出来ない。暫くは奇襲の練習に専念した方が良さそうだな)
雅嗣は即座に行動に移した。
すぐ近くの樹木に登り、≪気配操作≫で気配を周りに溶け込ませる様にした後、≪気配探知≫で辺りを入念に探る。
≪気配操作≫のレベル1では気配を完全に消す事は出来ない。それどころか、他者からの視界に入られただけでその意味が殆どの確率で為さなくなる。
(だが、それは使い方にもよるだろ)
木の上にほぼ静止して、姿を見られない様にある程度の高度を保ちつつ、こちら側から目視出来る絶妙な位置に居る。この状況ならば気取られる可能性を限りなく最小限に抑える事が出来るだろう。
(……来た。前方、1時の方向)
そうこうしている内に≪気配探知≫に一体の気配が引っ掛かった。
雅嗣の≪気配探知≫は、雅嗣を中心に半径500メートルの球状の領域に及ぶ。
感知された気配には微弱ながら殺気が混ざっていた。
初めて感知した気配の為、どれ程の力を持つ存在なのかが測れない雅嗣は、僅かに身を固める様に体制を整える。
姿を現したのはゴブリンだった。
それを見てやや安堵する雅嗣は、次にやってきた感知した気配に軽く身を震わせた。
その数30以上。
内8割はゴブリンと全く変わらない気配。
他2割はそのどれよりも大きく、強くこちらに伝わってくる。
(不味い、気取られるな)
最初に現れたゴブリンから、やや時間が経った頃にそれはやってきた。
前衛と側面に大柄な狼、ゴブリンを率いて現れた2体の巨体。
推定3メートルはある丈、額に生えた2本の角。その姿はまさに鬼であった。その内の一体の右手には、身長の半分程度の刃渡りを持った片刃のバスターソードが握られている。叩き斬る事を想定しているのか、それとも単に切れ味が悪くなっているだけなのか、刃に鋭利さは感じられなかった。
もう1体の手には、何も装備している様子は見受けられたが、全体的に隆起した筋肉を見てすぐに素手が武器なのを理解した。逆三角形になりつつある程の筋肉を搭載した巨体は、それだけでも十二分な存在感を発揮していた。
(全く、魔物という奴等は軒並み外れた馬鹿力な連中しかいないのな)
ハッとした雅嗣は早急に≪鑑定≫を発動する。
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オーガ 種族:魔物
職業:重戦士
レベル:20
HP:2400
MP:500
ST:3500
状態:正常
筋力:250
技量:100
防御:500
敏捷:200
知力:50
魔力:50
魔耐:200
運 :10
魔法適正:C
適正属性:無
スキル:剣術 大剣術 重戦術
称号:ー
装備:血塗れの大剣
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オーガ 種族:魔物
職業:拳闘士
レベル:25
HP:2000
MP:500
ST:5000
状態:正常
筋力:400
技量:150
防御:600
敏捷:350
知力:50
魔力:50
魔耐:250
運 :10
魔法適正:C
適正属性:無
スキル:拳術
称号:ー
装備:ー
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(あぁ、……こんの化け物共め)
転移早々の出迎えが両腕粉砕。
そんな盛大な出迎えに感化されたかのように集まった化け物の集団。それも、鼻息荒く目の前の僅かな血液に群がりギャーギャーしている異形の集。
本当についてねえな。
そんな小言を呟きながら。雅嗣は弱化の指輪をスッと指から抜き、≪ストレージ≫に収納する。
(……自分から弱化して技術の向上だなんて抜かしておいて、早々に地力を出さないと勝てないとか、最ッ高にダサいな)
自身を罵倒しながらも、雅嗣の脳内は着実に戦闘態勢に入っていく。
≪完全開放≫ 発動準備
≪戦闘術基礎≫強化系全スキル発動
剣士専用強化スキル 発動確認
拳士専用強化スキル 発動確認
魔法士専用強化スキル 発動確認
・
・
・
全職業共通専用スキル 発動確認・・・完了
強化系魔法発動準備・・・
無属性強化系魔法 発動確認
五大属性耐性上昇魔法 発動確認・・・完了
所有強化・耐性スキル 全開放スキル
≪完全開放≫ 発動
所有強化・耐性魔法 全発動スキル
≪完全開放≫ 発動
≪戦闘術基礎≫内のスキルを確認した時、偶々見つけたスキルを発動させる。
(スキルや魔法の一つ一つの固有名が頭に入って来ない。……クソ、段々、頭が痛くなってきた。マジ、ヤバイ……だが)
オーバーヒート寸前の状態だが、雅嗣の肉体は≪戦闘術基礎≫と強化魔法の強化により、反則的な身体能力を生み出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
氷月 雅嗣 年齢:15歳 性別:男 種族:半竜人
職業:?
レベル:1
HP;100
MP:1000
ST:500
状態:正常
スキル強化 魔法強化
筋力:200 (+200) (+200)
技量:200 (+200) (+200)
防御:200 (+200) (+200)
敏捷:200 (+200) (+200)
知力:200 (+200) (+200)
魔力:500 (+200) (+250)
魔耐:500 (+200) (+250)
運 :100
魔法適正:極
適正属性:全
スキル:ストレージ 戦闘術基礎 竜変化 竜技 超速再生 仙術
ユニークスキル:不死身の烙印
称号:守護者 漆黒き竜神
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(これは、行けそうだな)
棍棒を両手に持ち、肩に担ぐ。
深紅の瞳には、2体のオーガを捉えている。
まだ奴等は視線に気が付いていない。
今にも全身から噴き出しそうな力を更に漲らせ、雅嗣は奇襲を仕掛けた。
速さをそのままに、担いだ棍棒を拳闘士オークの顔面目掛け振り切った。
恐らく、雅嗣の存在を気付く事は無かっただろう。オーガは何一つ抵抗をしないまま頭部を吹き飛ばされた。
(先ずは1体)
瞬間、見事な着地を見せた雅嗣が≪投擲≫を用いて棍棒を即座に投げる。狙いは頭部のやや上。突然の襲撃により動揺した重戦士オーガが僅かに体制が乱れ、姿勢が屈み気味なのを雅嗣は逃さなかったのだ。
オーガは、これが奇襲によるものと判断し戦闘態勢に入ろうとその身を起こした瞬間、その頭部はいとも簡単に砕かれた。
雅嗣が跳び出してから1秒と僅か。
2体のオーガは、周りにいるゴブリン等を巻き込みながら倒れる。
(上手く行ったな。後は全滅させればいいだけだ)
雅嗣の両腕に漆黒の鱗が現れた。
≪竜変化≫第一段階・部分竜化
人と付く種族の中では最強と呼ばれている竜人族。
その種族しか伝えられる事が無い秘術。
人が竜になる術。
その爪は万物を切り裂き
その牙は万物を喰い砕く
竜の咆哮は世界の端まで轟き
竜の息吹は山々を消し飛ばす
その力を宿す術を力を身に付けた一族のスキルである。
雅嗣は漆黒の竜鱗で覆われた両腕を、変化して縦に割れた瞳孔、竜の瞳を通して見る。
(綺麗だな)
漆黒の竜鱗は薄っすらと差し込む光を鈍く受け止めている。
黒よりも美しく、暗闇よりも深く、純白さえもその存在感を前に霞む様な竜鱗。それは、漆黒き竜神の二つ名の象徴となり、その圧倒的力を彷彿させるに至った一柱の神。その全ての様に見える。
その力を人の身に継ぎながら、それを既に成している雅嗣の潜在能力は言わずもがなである。
その身を隠すスキルが解けた雅嗣を前にしたゴブリン共を見ればすぐに分かるであろう。
ゴブリン共は恐怖していた。
何時からそこに
今の今まで何処に
何が起こっているのか
そのような疑問は、化け物を前にして一瞬で消し飛ばされた。
恐い 恐い 怖い 怖い こわい こわい コワイ コワイ コワイ………
いつしか見なくなった貧弱で脆弱な玩具の形をしたモノ。
嬲り甚振り、殺してきたそこら辺の雑草の様な存在の姿をした何か。
そして、ゴブリン等は両腕に現れた漆黒の竜鱗に眼を向け、戦慄した。
竜
それはゴブリン等が万軍、億すらも越えるであろう数を以てしても近付く事すら許されない力を持つ怪物。例えそれがオーガであろうが、易々と大地ごと焦土の餌食にされるだろう。
現にこうして自分等の頭目はたった一撃に手も足も出ずに瞬殺されたのだ。
それに対する動揺と雅嗣に対しての恐怖によってゴブリン等はたじろぎ、雅嗣に攻撃の一瞬を与えてしまった。
≪竜技≫竜爪
竜化時に鋭利になった爪によって対象を斬り裂き、貫く超近接戦闘技。
前方の3匹の首元を抉り飛ばし、更に先に居る7匹を右から、2匹の頭蓋を右で打ち抜く。1匹は左手で腸を掻き乱しながら、残りの4匹は右手を薙ぎ払い胴と首を分断する。
加速しながらも滑らかな蛇行に蛇腹の如き折り返し、その度に次々に命を散らすゴブリン等。その多くが気付けば殺されているといった状況。
反撃に打って出たゴブリンは漏れなく微塵に斬り裂かれ、大狼は開いた口を両の手によって上顎と下顎を境に引き裂かれた。
死体さえ武器として使い、吹き飛ばし、斬り殺し、刺し殺す。
腸を引き抜き、性器を捻り潰し、脊髄を蹴り砕き、棍棒を殴り壊した。
眼球を刳り抜き、手足を切り飛ばし、脳漿を抉り出す。
鼻孔に魔物の血の匂いがヘドロの様に張り付く。
中には勿論、体内の内容物もある訳で、腐臭も辺り一帯に立ち込めていた。
(後、10と2。1狼)
≪気配探知≫と視界に捉えた魔物の残りを数え終えた雅嗣は、トップスピードをそのままに、湾曲しながら接近をする。
右手から回り込んだ雅嗣は、目の前に居た大狼の頭蓋・脊椎をそれぞれ1回ずつ殴り殺す。
(1つ)
その先、目前に迫ったゴブリン2体を左右真横に腕を振り切り首を飛ばす。
(3つ目)
次はやや離れた所に横並びになった5体のゴブリン。内1体は弓を携えている。
雅嗣は、その場にあった拳大の石を手に弓持ちのゴブリン目掛けて投擲した。
速度上々、角度良好、風向き無し、誤差少々。
構えた弓ごと頭部が爆ぜたのを確認した後、小石を投擲する。
野球の投手顔負けのフォームから繰り出される弾丸の様に回転の掛かった小石は、4体のゴブリンの眉間を次々と貫き、仕留めていく。
(8つ)
続いて、投擲の残身を隙と誤断した3体が背後に迫る瞬間、高速で左向きに振り返った雅嗣の右手の一薙ぎによって頭部を斬り刻まれる。
血飛沫を上げて3体は吹き飛ばされる。
(10と1)
雅嗣はザっと辺りを見回すが、2体の姿は見えない
残りの2体は、どうやら逃亡を図る様であった。
≪気配探知≫にそれらしき2つの反応が引っ掛かったのだ。
即座にその跡を全速力で追跡する。
数秒後、
雅嗣の視界は2体の深緑色の影を捉えた。
「死ね、異形の小鬼共」
背後に迫る殺気に振り返った2体のゴブリンは、その頭部を6等分に裂かれて地に伏した。
「10と3」
息を吐き出しながら、敵の全滅を確認した。
「……ガハッ!!」
それは束の間の瞬間だった。
「~~~ッ、クッ ア”ァ”」
吐血しその場に倒れ伏す。
同時にやってきたのは、全身の骨・筋肉・下手をしたら内臓にまで至っているであろう、内側から爆ぜる様な激痛に襲われた。
身体能力・肉体強度を超える寸前、人の肉体は強制的に力を急ブレーキの様に抑制・セーブする機能が存在する。それが極度の集中等によってそのラインを踏み越えてしまう時、肉体へのダメージは最高点に達し、より強制的なシャットダウンを行われる。
雅嗣の場合、限界の更に先、一段・二段階の境界さえも踏破している状態にある。つまり、死んでもおかしくない。というより寧ろ、死んだ方が普通なのである。
だから、現在進行形で体中の血管が破裂していようが、皮膚に亀裂が入って隙間から血が噴き出していようが、僅かな音や感触その全てが激痛に繋がっていようが、こうして生きているのは異常なのである。
さて、そうこうしている内に≪超速再生≫によって再生された雅嗣は、ホッと一息つく。そして静かに起き上がり、竜化を解いた。
漆黒の竜鱗が肌色の腕に、竜の瞳は円い瞳孔を取り戻し人の眼になった。
(この痛みに抗うというのは難しいな。
……だが、まだ力の制御が出来てない。
…………、ん?)
ふと雅嗣は、先程屠ったゴブリンのある一転に目が留まった。
(心臓部に何か張り付いて……いや、埋め込まれている?)
ジクジクとした内側の痛みが断続的に続く中、1体の死体の胸部にある深緑色の結晶を右手で抉り出した。
取り出した直後、結晶に付着していた血肉が一掃される。
掌に残った結晶は一円玉よりも小さいが、ほんのりと光っている。
取り敢えず≪鑑定≫をしてみる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
・・・鑑定結果
[小鬼の魔石]
一個体のゴブリンに必ず1つだけ存在するもの
魔石は魔物達の生命線。
戦闘時の力の根源でもある。
故にゴブリン達は、小汚い布切れでそれを覆い隠す。
ゴブリンの魔石は、基本的に生殖器付近や心臓。
偶に心臓部からはみ出して露出していたりする。
他の魔石よりも魔力を貯蓄する事が難しい為、
敢えて元々の魔力はそのままに使用した方が好ましい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雅嗣は無言で魔石に自身の魔力を流した。
ほんの一瞬、魔石は激しく光った。その直後、魔石は粉々に砕け散った。
(確かに、魔力はあまり入らない。貯蔵というよりも、これはただの変換装置の様な感じだ。一度の変換に上限はあるが、何かしらの道具の製作には使えそうだな)
「さて、どう使えるのか……」
もう1体の死体を眺めて、暫く。
「…………あぁ、そうだ」
雅嗣の脳裏には、引っ越したばかりの厨二ボロ家屋が浮かんでいた。
「 家に使えたらなぁ 」
この後、オーガの魔石が貯蔵型の魔石である事に目を付けた雅嗣は、本格的に新たな自宅を改造をしようとするのは今から数日後の事だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[大鬼の魔石]
オーガの持つ拳大の魔石
魔物の持つ魔石というのは、血肉によって圧縮、生成される。
オーガはゴブリンと違い、
何倍にも大きく魔力を宿し行使する事がある。
その為、大気中の魔素を魔力に変換後、
そのまま吸収して溜め込む貯蔵する機能が発達した。
しかし、生命維持が最優先なので、
貯蔵した魔力を用いて切り抜ける事も決して少なくない為、
いつも魔力量は低い水準で変動し続ける。
魔石は心臓付近にある。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇