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戦いによって焦土と化した花園だったはずの荒地に男がポツリと零したのは、多くの感情を含んだ後悔の言葉だった。
「……すまなかった」
男が俯きながらその両腕に抱きかかえる存在をこれ以上自らの手で壊れない様に一つ一つの行動に神経を張り巡らせ、ゆっくりと大地に横たわらせようとする。
その一つ一つの洗練された動きは、余りに美しく、優雅であった。
トクン……トクン……
「———ッ!?」
腕の中にあるそれの鼓動を聴き、男は動きを止めた。屈んだ状態であるが顔をそれに向けて反応を伺う。
「ア…アル……」
「……ッ!? ここに、いる」
か細く、今にも消えてしまいそうな儚い女声が、自らの名を呼んだ。咄嗟に出してしまった声には僅かに震えがあった。
「……本当、に……アル、なの……?」
「あぁ、俺だ。俺だよ、アメリア」
男の声にも段々と感情が溢れてくるのがわかる。この女の声の全てを受け止めるために。
「そう……よかった」
「あぁ」
「みんなは?」
「もう逝ったよ。後は俺達だけだ」
「……そう」
「終わったんだ。終わったんだよ」
男は女に安堵を与えたかった。
それ故に吐いてしまった。たった一つの小さな嘘。
これ以上は頑張ってほしくない。その一心だった。
「終わったんだ」
「あぁ、終わった。全てな」
「貴方は?」
男は一瞬の逡巡があった為か、投げかけられた問いに答えそびれてしまった。
「……やっぱり。嘘、吐いてた」
「すまない」
そんな思いの嘘は、直ぐに破られた。
「いい、の。ありがと」
「しかし、俺はやはりお前には」
「うん。わかってる。わかってるわ」
「……」
「アル。……ごめんね」
「何で君がそれを言うんだ」
「だって、貴方の、顔。泣いて、いるから」
女はそっと男の頬に触れる。
男はそっと頬に触れる僅かに残っている温もりに瞼を閉じる。
この時、初めて頬に何かが伝っていたのがわかった。
これが、きっと涙というやつなのだろうと、他人事の様に捉えていた。
なのに一向に止む気配がない。何でであろうか。
「アメリア」
「……」
「俺が終わらせるから」
「うん」
「お前はもう休んでいいんだ」
「うん」
「全て、終わらせて見せるから」
「うん」
「もう怯えることは無いんだ」
言い聞かせると同時に自らに刷り込ませる。それは暗示でもかけるかのように、執拗にまとわりつく呪いの様に。己に使命を課し、いつかそれが終わるまで、永遠に戦い続けることの決意である。
「無理は、駄目、だよ」
「無理なんかじゃないさ」
「私が居ないと、そうやって、貴方は、いつだって、無理を……」
急激に生気を失っていった女は、男に自らの肉体の質量の全てを委ねると、ニッコリと微笑む。
焼けた大地には相応しくない。それでもそっと傍で咲き続けてくれる愛しの華。
「いつか、また貴方と一緒になれたなら。その時は初めての口付けを、なんてね」
「もしも、また貴女と共に生きれるなら。その時は初めての口付けを、なんてな」
この約束は果たされるのはわからない。共に愛した二人の運命は茨より、針の山をも越える険しい道であった為に。
だからこそ強く望んでしまう。
傍にいること、笑い合うことで満たされる幸せを噛み締めてみたいが為に。
「アル。ありがとう」
———待ってるからね。
女はこうして荒れた大地にて最後を終えた。
ただ一つ他の者との違いは、命終える一瞬が幸福で満たされていた事だけだろうが。
このような死地で幸福と思えるのがどれだけ幸せなことなのかは、そこに居た、故人にしかわからないだろう。
「……待っている、か」
胸が温かくなる。
「あまり、待たせるのも悪いからな」
そう一人、呟いて男は地平線の果てに闇が見える荒野を歩く。
約束が果たされることを、柄にもなく祈りながら。