痛み、兄妹、2人乗り。
ーーー数時間後
部活を終えた雅は着替えを済ませ、由梨と2人で部室を出た。
部室を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「わぁ、まだグラウンドの方は部活やってるみたいだよー。そういえば今日はサッカー部のテスト試合があるんだったね。カケル君、頑張ってるかなぁ?ねぇ雅、カケル君頑張ってるかなぁ?」
『なんで揶揄い口調なの?颯は昔からサッカー馬鹿だったから、頑張ってるでしょ』
「またまたぁ〜、興味ないフリしてもダメですよー。なんだかんだで気になってるんでしょ?見に行ってみる?」
『行・か・な・い。私が気になってるのは賭けの事だけ。颯が合格したらアイス奢らなくちゃいけないから、それが気になってるだけ。だから別に見になんか行かなくても明日結果を聞ければそれでいいの。ほら由梨、さっさと帰るよ』
「えぇー、賭けって何ー?合格したらアイスで、不合格なら何するのー?ねぇねぇー?」
やいやい煩い由梨を無視してスタスタと校門へと歩き出す雅。
親友の恋話に興味津々だった由梨も、ノリの悪い親友の背中を追いかけてグラウンドを背に校門へと向かった。
ーーー
校門を出る時には2人はいつも通り横並びで歩いて
いたが、由梨は親友の雅と学年1の人気者である颯の恋の行方が気になって仕方がないらしく、ニコニコしながら雅に質問を重ねていた。
「ねぇねぇ雅〜、正直なところカケル君の事どう思ってるのー?わたし、二の腕と頬っぺたは軟らかいけど口は堅いよぉ〜」
『由梨はお腹も少し柔らかいけどね。それと、颯の事なら朝も言ったでしょ。友達だよ。颯とは気が合うし話しやすいけど、由梨が期待してるような感情はありません』
「そうなのー?お似合いだと思うんだけどなぁ。あ、でもカケル君ってなんとなく楓くんに似てるから、雅はカケル君の事も男子としてじゃなくて兄妹みたいに感じちゃうのかな?そういえばカケル君にも可愛い妹ちゃんが居たよねっ」
『・・・・・』
「でも本当、雅が羨ましいよぉ。あんなにカッコ良くて優しくて面白いお兄ちゃんが居るんだもん。わたしも楓くんみたいなお兄ちゃんが欲しかったなぁ。あっ、雅みたいな可愛い妹でも大歓迎だよぉ〜」
『・・・・・』
「でも、いつまでもお兄ちゃん離れできないと、運命の出会いを逃しちゃうかもしれないよっ!
もしかしたら、もうすでに会ってるのに気付いてないだけかもよ〜。同じクラスの隣の席のモテ男君とかねっ。えへへっ、あんまり言うとまた雅に怒られちゃいそうだからもう言わないように努力するけど、バスケも恋も視野を広く持たないとねっ」
『・・・・・』
「あっ、うちからカレーの匂いが漂ってきてるっ!やったぁ〜、今日はカレーだぁー!じゃあ雅、また明日ねー。モーニングコールお願いねー。ばいばぁ〜い」
ーーー
終始元気に話しかけていた由梨が帰宅し、雅は1人で俯きながら自宅へとゆっくり歩いていた。
『・・・・・』
部活を終えたばかりだが、項垂れる程疲れている訳ではない。
ズキンッーー
帰り道で由梨が言った言葉が胸を締め付け、痛みに近い感情を処理出来ないでいるのだ。
『私は…兄妹なんて……』
長年の悩み。
目を逸らし続けてきた想い。
いつかは消えると思っていたのに、消えるどころか増していく感情。
意識しないように必死に努力してきた事。
誰にも言えず、誰にも理解してもらえない、兄への恋心。
純粋で不純なこの恋心が、雅を俯かせ、悩ませ、苦しめていた。
この気持ちは不純だ。普通ではない。間違っている。好きになってはいけない。兄に恋心を抱くなどおかしいのだと、雅は自分を責めた。
ズキンッ、ズキンッーーー
『治まってよ…。おかしいよ…。こんなの、普通じゃないよ…』
兄が好き。
その《好き》が家族愛としての好きなら、どれほどよかったか。
雅は何度もこの気持ちは家族愛なのだと自分に言い聞かせてきた。
しかし、心がそれを受け入れてくれなかった。
願っても消えてくれない想いと、願っても決して報われる事のない兄妹としての宿命が、雅の心をズキズキと痛め付け続けていた。
チリンチリンッーーー
見て見ぬ振りをして隠し続けてきた想いに胸を痛めながらゆっくりと歩いていると、ふいに聞き慣れた自転車のベルの音が雅の背後から響いた。
「よっ、雅!なんか後ろ姿が寂しそうだったけど、なにかあったのか?悩みならお兄ちゃんがドンと聞いてやるぞ?」
ベルの音を鳴らしながら声を掛けてきたのは、雅の悩みの原因である楓であった。
『な、なんにもないよ。お兄ちゃん今日は帰りが早いんだね』
「まーな。松達はファミレスで飯食ってくらしいけど、俺は今月金欠だから断ってきた」
『そうなんだ・・・』
「ーーー??」
雅は胸の痛みが増すのを感じながらもなんとか平静を装いつつ会話をしたが、いつも通りとはいかなかった。
いつもならば、感情をうまく隠して普通に話すようにしていたが、今はそれがうまく出来ない。
抑え続けてきた想いが、悩み続けてきた苦しみが、激しさを増していく鼓動が、雅に冷静な判断と行動をさせてくれない。
『ーーーっっ』
一瞬だけ楓の顔を見た後は視線を楓に向けようとはせず、自分の顔を楓に見られないように顔を逸らしてしまった。
今、自分がどんな顔をしてしまっているのか、わからない。
恥ずかしさに頬を染めているのかもしれない、苦しさに顔を歪めているのかもしれない、抗う術を知らない宿命に泣きそうな顔をしているかもしれない。
自分の感情や表情がどうなっているのか、雅はわからなくなってしまっていた。
「雅、後ろ乗れよ」
『・・・えっ、なんで?家はもうすぐそこだよ?それに、自転車の2人乗りはダメだよ』
表情を見せたがらない雅の横顔を見ていた楓が、雅に自転車の後ろに乗れと言うと、雅は一瞬ドキッとした後、多少の冷静さを取り戻し、楓の要求を拒んだ。
基本的に真面目な雅は元々2人乗りは反対派であるのも断った理由の1つだが、それよりも大きな理由は2つ。
照れが1番大きな理由の1つだが、もう1つの理由は自宅がすでに目と鼻の先にあるからであった。
断るのが当然の状況で当たり前のように断った雅に対し、楓はニヤッと笑いながら、
「あぁ今、俺、なんかすげぇ大声が出したくなってきたなぁ。雅が後ろに乗ってくれないとご近所さんがびっくりするくらいデカい声で〝うちの可愛い雅ちゃんはピーマンを食べる時に目をギュッと閉じて鼻を摘んで食べるんですぅー!しかも食べた後には涙目になりながらピーマンはおいしい、ピーマンはおいしいって自分に言い聞かせちゃう可愛い子なんですぅー!〟って叫んじゃいそうだなぁ」
『ーーーっっ!?か、勝手にすれば!?恥ずかしい思いするのはお兄ちゃんなんだからねっ』
「そっかそっか、じゃあ仕方ないなぁ。
すぅ〜〜・・・ご近所の皆様ぁぁぁっっ」
『ちょっ、ちょっとお兄ちゃん!?わ、わかった!乗るっ、乗るからっ!』
脅しと揶揄いだと思った楓の言葉に対して冷たく突き放した雅であったが、楓は本当に大声で叫び出してしまったので雅は慌てて楓の口を塞いで降参した。
「よしっ、じゃあ後ろ乗れ!コンビニ行くぞ!」
『はぁ〜もぅ。はいはい。転けたりしないでよ』
楓の口車に乗せられた雅は自転車の後ろに乗り、溜め息を吐きながらも、少しだけ嬉しそうに口元を綻ばせていた。