1 :私
「私」という存在は他人様によると「可愛そうな子」と表現されるようだ。
その表現に何を感じるか。と問われれば、私の感想は「まあ妥当」といったところであろう。
私の父はとある大学の教授であるが、父に隠し子がいることが分かった。
温和であった母はひどく取り乱し、私は人はたった一月でここまで変わるのか。と驚くほど憔悴しきってしまっていた。
例の隠し子の母親はどこかのホステスで、子は男児であった。この男尊女卑の世において性別はメリットにもデメリットにもなり得るが、この場合、私達母娘には悪辣極まり無い結果といえよう。
私の母方の祖父はその事実を知り、 烈火の如く怒り狂ったらしい。
祖父は世がもて囃す日本男児の様に決して男らしいわけではなく、いつもにこにこと柔らかな笑みを湛える人であったが界隈ではそれなりに影響力のある人であったらしく、そんな彼が怒り狂うほどのことをやらかした父の頭はよく分かりそうにないが、学問を修めても人として未熟だったのだろう。
母と父はお見合いによって結ばれ、結婚したらしく、
その負い目もあってか祖父と祖母は家を飛び出した私達母娘を快く迎えてくれた。
しかし、この時母はすでに心を病んでおり、三月後には自ら命を絶ってしまった。
そして私は正式に祖父母に引き取られ、彼らの屋敷で暮らすことになった。
少し可愛げのないことは私も自覚済みである。
しかし私の容姿は母によく似ていたらしく、祖父母や家のお手伝いさんもとても可愛がってくれた。
父の隠し子騒動から半年後、お世辞にも子供らしい子供とは言えない私でも年齢に応じた感受性を発揮してしまい、自分よりも年上の若い女性に対して言いようのない嫌悪感を抱くようになってしまっていた事が分かった。
私は小等女学校への入学を控えていたが、この隠し子騒動の弊害のせいで入学は諦め、屋敷で家庭教師から教育を受けることになった。