この国が広すぎる海の外に目を向けて、多くを取り込み、大きくなろうとしていた時代。私の先祖にあたる方はどうもその流れるようでありながら整った字で、重たすぎる内容の日記をつけていたようだ。
しかし、この日記を読んで彼らが幸せであったということはよく分かった。
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もしも彼女に出会うことがなかったら、と私は何度か思案したことがある。
しかしどれもしっくりとこない。一つの事象が多くの奇跡的な条件が重なって形を成すように、彼女がいない世界の私は私ではないからであろう。私という存在の証明に彼女は欠かすことができないのだと、同じように彼女も感じていてくれたのだろうか。私が彼女にまた会いに行った時にでも聞いてみようと思う。
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この文が記された日付を最後に日記は途絶えていた。
「彼女」とはおそらく文明の開花とともに溢れ出した自己の表現に対する熱を、インクや墨で紙にぶつけ、後に「文豪」と称された彼らと並び立つ、しかし最近まで性別も所在もその生涯も謎に包まれていた作家のことであろう。
当時の原稿、編集者とのやり取りを残した手紙などは残っていたものの、その作家の所在は不明。作品数は多く、文体は理知的でありながらも情緒に敏感で、綴られる文字は女性的。
そのミステリアスさは、多くの人々を惹きつけ、明かさんとする研究者は多くいたが謎は深まるばかりであった。
先月のことである。
私が生まれ育ったこの家の蔵を家族総出で整理していた際、
私の妹がどこからか文箱を持ってきた。
すっかり表面はくすんでしまっているものの、品の良い蒔絵の文箱から出てきた手紙達が世を震わせた。