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006 記憶力と天使


 ぼくとミコトとシルフィー。三人連れ立って白の廊下を歩く。基本的な計画は決まっているが、失敗作がどこに住んでいるのかを確認する手立ては無計画なので、少々の心配を胸に抱いている。ここは、先輩である二人に任せたい。引きうけてくれるかどうかは別だけど……。


「それにしても……アヤセさんは初めて見る顔ですわね。最近いらしたの?」


 ぼくよりも頭一つ分くらい背の高いモデル体型のシルフィーに、垂れた目で尋ねられた。うぅ、やっぱり、近くで顔を見ると柄にもなく緊張してしまう。ただ、その戸惑いや緊張が、シルフィーが美形であることの他に原因があることを知っていた。それはそれは、遠い昔のような___


「アヤセさん? 体調が優れないのかしら」


「……へっ!?あ、あぁ、ごめんシルフィー! ええと、ぼくは今日……いや、昨日? この棟に来たんだ」


 意識が遠くに飛ばされそうになっていたが、その魂を掴んだのはシルフィーだった。はっとして答えを返すと、彼女は少しばかり不審そうな顔を見せたがその後は優しい笑みに戻っていた。


「……そうなのですね。通りでわたくしがお顔を記憶していない訳ですわ」


 シルフィーは、白雪の手をほんのりと色づいた頬にそっと当てて、残念そうな納得したような様子で眉を下げた。


 というか、シルフィーはここの失敗作の顔を覚えているのか!? まだ五、六人程度しか話したことが無いぼくは、もうそれだけで脳みそが轟音を立てて爆発しそうだ。


「し、シルフィーって、本当になんでもできるよね……」


 先程から、ぼくとシルフィーが話している所為で黙りこくっていたミコトが、呆れの混じった声で言った。どうやら、シルフィーの記憶力が良いのは今に始まったことではないらしい。それに、ミコトが「なんでもできる」と言っているので、良いのは記憶力だけではないのだろう。天使マジ怖い。


「あ、あの……シルフィーって、なんで失敗作に登録されてるの?」


 恐る恐るといった口調で尋ねてみた。登録と表現するのかは知らないが、どうやら伝わったらしい。


「わたくしは【忘れられない】のです。どうやら、人間というのは古い記憶を捨ててゆくものらしいのですが、それが出来ないので失敗作に登録されているようですわ」


 「その証拠に」と前置きして、シルフィーは自らの乳白色の髪を掬いあげた。ちょうど、ぼくが黒い包帯を巻いている位置だ。そこには、ぼくと同じような包帯が巻かれている。勿論黒だ。乳白色に黒色なのだから目立つ筈なのだが、腰上まで伸ばされた髪の毛で隠されていたらしい。体育祭で鉢巻を巻くのが恥ずかしいからと、髪のなかに包帯を隠してしまう女子のようなものを感じる。


「ということは、みんなの部屋も覚えているんだよね?」


「もちろんですわ」


 こ、これは頼りがいのある……。

 正直と言わずとも助かった。これからはシルフィーの欠点をフルに活用していく他ない。


「アヤセさんの欠点はどういったものなのです?」


「ぼくは【嘘がつけない】ことです。たまに変なことを口走っちゃったりするんですけど……」


 口をついて出るのは、嘘などない純粋な真の言葉だ。それが裏目に出てしまう事もあるけれど、今のところはあまり不便ではない。そのうち、気を張って会話しなければならない失敗作と出会ったら大変なことになりそうだ。


「その方が信頼できますわ」


「そうそう、変に難しい言葉を使われて騙されるよりも、ド直球で伝えてくれた方が分かりやすいもん! 少なくとも、ミコトとシルフィーはそう思うよ」


 二人の温かい言葉に胸の氷が解けていくのを感じた。しかしその反面、そうではないと分かっていても、二人への疑心が募ってゆく。気持ちが悪い。人のことを信頼できない心に育てた【あいつ】が憎くて仕方が無かった。








「さて、ここが資料室……あ、もしかして失敗作の部屋から教えた方がよかったかな?」


 ぼんやりとした意識の中、ミコトについて行けば、資料室を案内された。


「いや、すっごくありがたい! 資料室さえあれば、失敗作たちに関することも書かれているかもだし。それに紙を貼る為ののりとか画鋲も置いてあるかもしれないしさ」


 第三棟に来てから、必ず見つけておきたいと思っていた資料室を発見できて万々歳だ。そりゃあ、失敗作たちの部屋も確認しておきたいが、目標の一つを達成できてとりあえずは満足。


「ええと、ここはシルフィーの部屋からどれくらい離れてるかな?」


「そうですわね……ナナとミア、ライリー……七人ほどの部屋を挟んでいますわ」


 ふむふむ、と頷きながら、数分前に書いたばかりの【No.77】,【No.31】,【No.616】……と書いた四角形の続きに大きな四角形を書き、その中に【資料室】と書きこんだ。


「中に入りますか?」


「んー……」


 気になることには気になるのだが、急な用事でもない。場所もメモしたから明日や明後日、はたまた近い未来に行けばいいのだ。とりあえず今は、失敗作の部屋の情報を持っているシルフィーを使いたい。


「今日はいいや。失敗作の部屋を確認しにいくよ」


「わかりましたわ」


 どうやら資料室は棟の一番奥にあるようで、どこまでも続いているかのように見えた廊下には終わりがあった。しかし、ぼくたちの目と鼻の先には、異常なまでに豪華な装飾が施されている巨大な扉がどんと構えている。まるで、この先に秘密があるから扉を開けろ、と言っているようなものであった。


「……行くの?」


 初めて見たわけではなさそうだが、怯えているミコトが震えた手で扉を指差した。恐ろしい程に威圧感を出して来る巨大扉に近付こうとは思えない。取って食われそうだからだ。


「止めよう。怖い」


 あ、ついつい怖いという本音が出てしまった。男なのに情けない……と思ったが、今のぼくは女だった。危ない。


「反対側に行こう」


 ぼくたちはくるりと踵を返して、終わりのない廊下を歩くことになった。








「はぁっ……やっとぼくの部屋まで戻ってこられた」


「資料室からだとやっぱり遠いなぁ……」


 ぼくとミコトは肩で息をしているが、シルフィーは平然とした様子で立っている。中腰になってぜぇぜぇ言っているぼくたちが、下からシルフィーを見ると、やはり身長の関係で威圧感を感じる。一匹狼という訳ではないが、どこか人を遠ざけるような雰囲気。それが少し怖くて、目をそらしてしまった。


「アヤセさんの隣のお部屋は…ロミとナズナですわね。会ったことは?」


「ロミはぼくの面倒を見てくれるから、結構話す……かも。ナズナさんについては知らないなぁ」


 ぼくの部屋から見て左がロミの部屋、右がナズナという失敗作の部屋だ。先程まで歩いていたのは、右側だ。確か、食堂があるのもロミの部屋がある方向だった。ある意味、新天地へ踏み込んでいた訳だ。


 紙上のぼくの部屋の隣に【No.727】と書きこんでおいた。いつか話せる時が来ればいいな、と願うばかりだ。


「じゃあ、そろそろ息も整ってきたし、向こうの……」


 「向こうの廊下に行こうか」と言い終わる前に、無機質な音が研究所に響き渡った。キーンコーンカーンコーンと、さながら学校の始業の鐘のような音だった。なんだなんだとぼくだけが騒いでいる中、焦っているぼくを嘲るような腹の立つ声の女性がスピーカー越しに話し始めた。


「……あ、あー。聞こえますかー、失敗作のみなさーん。こちら第三棟監視長、小夜でーす。ただいまより夕食の時間となりますのでー……えーっと……そうだ、食堂へ向かって下さいねー」


 その放送は、ぼくを驚かせるのに十分な情報を二つも孕んでいた。


 一つは、もう夕食を食べなければならない時間帯になったこと。体感時間はまだ一時間くらいだったので、こんなにも早いのかと驚かざるを得ない。


 もう一つは、第三棟監視長である女性の名前だ。ぼくの聞き間違いでなければ、彼女は今「小夜」と名乗らなかっただろうか? ヤイチが言うには、「しばらく姿を見ていない、失踪したような研究員」だったはずだ。こんなにすんなりと姿を現されてしまっては、拍子抜けもいいところである。


「なぁんだ、もう夜ごはんの時間なんだね」


「もっと探索出来ると思っていただけ、残念ですわ」


 二人は、放送の内容がさも当然かのように話と足を進める。この様子では、毎日この放送がかかるのだろう。心臓に悪い。


「そ、そうだ。夜ごはんを食べ終わったら、一体何をするの?」


 もう今日は情報を集めることが出来ないのか、とがっくりしている二人なら、夕食が終わってからも探索できそうである。それなのに、「今日はもう終わりだ」と言っているから、何も知らないぼくには謎が残るばかりだ。


「入浴や就寝の時間になりますわ。就寝の時間は決まっていて、研究員が放送をかけるのです。それまでは自由時間ですけれど、基本は部屋で休まないと捕まった時に厄介です」


「あぁ……だから二人とも、今日は終わりだーみたいな雰囲気だったんだね」


 探索していない側の廊下の確認は明日になりそうだ。残念だと落胆しつつも、この研究所で夜を迎えるのが楽しみでもあった。

 とりあえず、自由時間にはルームプレートを作成しよう。そうしたら、のりや画鋲を見つけたとき、すぐに作業に取り掛かれる筈だ、うん。


やっと探検パート終わりですよ…(笑)

研究所の日程は、出来るだけ規則がキッチリとしている学校のようなものを参考にしてますね。

ミコトちゃんは、基本、勘で人が話している内容が分かっちゃう性質なので会話が成立しています。

「なんで聞こえてないのに会話できてんの?」という疑問は、全て勘で解決できちゃいます。

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