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003 自己満足のあーん


「今日のメニューは筑前煮と白米……」


 厨房の壁に貼り付けてある献立表を見、そして呟いた。献立表には日付、そしてその日の献立が載っている。中学の給食とは違って、アレルギー表示は書かれていない。ここで食事をする人が皆、人工的に作られたロボットのような存在だからだろうか。


 いやしかし、ロボットが食事を摂るという時点で違和感がある。ぼくは未だに、ぼくたちという存在がどのようなものなのかを把握出来ていない。人間ではないことは確かだが、AIという訳でもないだろう。


「なんだ、苦手なモンでもあったのか」


「いや、そういう訳じゃないけど……」


 すでに白衣の研究員から筑前煮や白米がよそわれているお椀が乗ったトレイを腕に抱えてぼくを待っていたロミが、早くしろと言わんばかりに話しかけてきた。人間だった頃には苦手なものはさほどなかったが、強いて言うのならばトマトが少し苦手だった。ぶちゅっと潰れるときの風味や味があまり慣れなかった。


「今日はたまたま和食だったみたいだな。昨日はシチューとロールパンだった」


「そうだったの? ……ほんとだ、昨日の献立はシチューとロールパン」


 小中学校と食べてきた給食にやたら似ている。献立のバリエーションが少ないのも、そう判断させるに足る要素だ。


「まァ、ンなことはいいんだ。早く飯食うぞ」


「あ、うん、ごめん」


 早く食べたいんだったら一人で食べたらいいのに、と思ってしまったが、それを発言する前に彼女がスタスタと歩いて行ってしまったので、嘘をつけない脳は嘘をつく前に思考を停止した。何とか命拾いをしたと、研究員からお皿を受け取り、ほっと息を吐いてロミの後をついていった。











「んんん……おいしい……」


 女になったことで少し柔らかみが増した手を、同じく柔らかみを増した頬に擦りつける。久しぶりに食べたような気がする筑前煮の味が体に沁み渡る。脳までどろどろに溶かしてしまいそうだ。でも、少しだけ簡素な味に思える。これならば母親が作った筑前煮の方が美味しい。


「なんでそんなに幸せそうな顔してるんだ」


 不可解な数式と睨めっこしているようにぼくの顔を見つめてくるロミの威圧が怖い。目つきの悪さに眉根に集まった皺がプラスされていて、とてもじゃないが落ち着いて食事が出来ない。


「美味しいものを食べたら、幸せになるでしょ?」


 ぼくが当たり前のことを当たり前に言うような声色で投げかけると、あまり納得がいっていないように彼女は小さく頷いた。


「それにしてもさ……このご飯作ってるのって男の子なんだね。すごい家庭力。いい主夫になれるよ、あの子は」


 見間違いでなければ、厨房に立っていた研究員はまだ少年といえる歳の子供だった。少なくとも、綾世よりは小さいと思う。料理音痴と言う訳ではないが、大して調理が出来なかった綾世と比べると、とてもよく出来た男子だ。食材の煮込み方、調味料の量の加減などなど、到底ぼくには真似できない。


「あいつか……。名前は確かあおいだ。漢字は知らん」


「へぇ……ぼくたち失敗作とは違って、番号はないのか……」


 失敗作が成長をして研究員として働いているのかとも思ったが、そういう訳ではなさそうだ。頬の番号を、大きくなったときに消していれば失敗作の可能性があるが、今のところは考えられない。


「あと……あおいは頭が悪いらしいな。上司から渡されたメニュー通りにしか作れないって聞いた」


 なるほど。どこか機械的で簡素な味の理由は、メニューに従っているからなのか。もちろん美味しいのだが、余計な手を加えていないという印象だ。上司がコスパ削減や、失敗作への嫌がらせとしてわざと手を抜かせるようにしているのだろうか。


「いつかあおい君に、もっと美味しい料理を作って欲しいなぁ」


「そうだな」


 ぼくがご飯をはさんだ箸を口に運ぶ。その時、ロミが一口もご飯を食べていないことに気が付いた。


 なんで? そう問う必要もなく、ぼくの脳は自己解決をした。ロミは手を動かすことができないから箸を持てないんだ。だから食べようにも食べることができない。


「……はい、ロミ。あーん」


 ロミのトレイに乗っていた箸で、ロミの筑前煮を掴み彼女の口へ運ぶ。あーんなんてしたこともされたこともないから、手がふるふると震えて箸を落としてしまいそうだ。緊張というのもあるが、箸を他の人に向ける行為が初めてなので不慣れということもあるのだろう。


「……は?」


「いや、だからほら、食べれないんでしょ?」


 ロミがあまりにもきょとんとした顔を向けるので、此方の方が困ってしまった。もしかしたらお望みだったのはあーんじゃないかもしれない。だが、ここで引き返すのもなんだか恥ずかしいのでしたくはない。このまま素直に食べてくれないだろうか。


「……ちっ」


 余計な舌打ちは頂いたが、ちゃんとはむっと食べてくれた。もごもごと口を動かして咀嚼する様は、小動物のようで普段の高慢な態度と相対して可愛く見えた。


「何見てんだよ!」


「ひぇっ! ごめんなさい!」


 普段見ない姿をじぃっと見ているとさすがに恥ずかしくなったのか、頬を真っ赤に染めて彼女は激昂した。鼓膜の奥がキーンという金属音に近いもので殴られたが、羞恥の末に怒鳴り散らしているロミは少しだけ面白いのでくすっと笑っておく。








 食事を終えて、ロミと連れ立って廊下をとたとたと歩く。ぼくもロミも裸足なので、肌と硬い床が接触する音が心地よい。どうやら裸足なのはぼくたちだけではないようで、食堂で会ったヒトハも、廊下ですれ違った失敗作たちも裸足だった。失敗作には靴が与えられないようだ。


 ……なんという差別社会! 研究者たちはみんな履いているのに!


 まぁ、そんなことを言っていたって、きっと改善はされないのだろう。今度直談判してみる価値はあるかもしれない。運動靴でなくとも、サンダルのような薄っぺらい物で良いから履きたい。床に何かが落ちていて、それを裸足で踏んでしまったら悲惨な状況に陥る。綾世のときのぼくも、床に落ちていた小さなブロックを踏んで小一時間悶えていた覚えがある。


「ねぇロミ、靴があったら素晴らしいと思わない?」


「どっちでもいー」


「……はい」


 ロミには「興味が無い」と一蹴されてしまったので、そのうち一人で靴を調達しよう。うぅ……。

出演(?)頻度からも分かるように、作者はロミが大好きなんですよ

別サイトに掲載した同作品での主人公は別の失敗作なのですが、どうにもロミがね…好きなんですよね。

意外とこの子は人の気持ちを分かっています…多分。

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