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002 No.1108の食事情


「はぁ……」


 白の密室にぽつんと存在していた、こちらもまた真っ白なシーツが敷かれているベッドに横たわり、今日の出来事がどれだけ色濃いものだったのかを思い出す。ふわふわなベッドが悩みも悲しみも全部包みこんでくれそうだ。


 ぼくが死んでしまって、みんなは哀しんでくれているだろうか?親不孝者で、何も残すものがなかった人生だったけれど、誰かの感情を動かせられる程度には生きていたつもりだ。その努力がぼくの見えないところで実っていればいい。


「ぼくは……どうして生きているんだろう」


 素朴な疑問が口をついて出た。他の失敗作たちは生前の記憶のようなものがないと研究者は言っていたけれど、ぼくの場合はまだ残っている。生前の記憶がある身とすれば、なぜ人生をリスタートしているのかが分からない。生きている意味がないんじゃないか、とまで考えてしまう程にだ。


 記憶が残っているのが奇跡だと、あの男は言ったけれど本当にぼくだけなのだろうか。もしかしたら前例があるのかもしれない。調べて損はなさそうだし、第三棟の構図が分かれば資料室を探索してもよいかも知れない。


 目的をはっきりさせると、活力が出てくるらしい。溜息を吐いてしまった時よりもいくらかは気分が晴れがましいものになった。


 調べる項目も考えておくと楽だよね。そう思って、ぼくは簡素な白い部屋を見回した。それほど広くないといえども、人一人が生活するには充分すぎるこの密室には、ぼくが寝転がっているベッドと、部屋と同色の机が一つ、それからその机に置かれているA4の白紙が数枚と羽ペンとインクだけだった。妙に洒落ていて触れるのに戸惑ってしまったが、メモを取らないことには項目を書き出せないので意を決して羽を握った。


 カラスの羽根とも言えそうなその羽根は光沢を帯びていて、素人からしても値が張りそうだと感じさせるを得ない。


 A4の白紙にさらさらと『綾世』と書けば、どれほどこの羽根ペンが優れているかが分かる。書き心地、持った感じも最高級。こんな小物に金をかけるくらいなら、創りだす少女たちの失敗を減らすために金を使ってほしい。


「まずは……ぼくはどうやって死んだのか」


 ①、と番号を書いて、それに続いて疑問を連ねる。浮かんで浮かんで、いくつ書いても消えない疑問は十五個も続いた。こんなに調べられる時間があるとも思えないが、日を分ければ余裕だろう。


 よし、明日から構図の把握を頑張るぞ、と決心した矢先、密室の出口からゴンゴンという破壊音に近いノックが聞こえた。


「誰ですか?」


 扉の前に何が、誰が立っているのか把握していないぼくは、恐る恐る声をかける。


「アタシだ。ロミだ」


「ああ、ロミ。一体どうしたの?」


 時計を見ていないので正確さは失われているが、きっと先程別れてから45分くらい経っているだろう。こんな短時間に出来る用事というのは、一体どんなものなのだろう。


「そろそろ食堂に行かねぇと、飯食えなくなるぞ」


 どうやら、この時間帯になると食事を摂るのがここの常識らしい。早く行かないと食べれなくなるということは、時間内に食堂へ着かないとその失敗作には何も与えられないということなのだろうか。やけに規則正しくて、ルールが厳しい。まるで学校にいるみたいだ。


 食事が摂れないとさすがに厳しい。きっと日本と同じように三食はあるだろうから飢え死にすることはないだろうけど、元々成長期真っ只中だったぼくは食べないと気が済まない。お腹が空いてしょうがないのだ。


「分かった、今行くよ。ありがとね、教えてくれて」


 何の意識もなくまた勝手な言葉が出ると、扉越しに大きな舌打ちが聞こえた。もしかして、照れているのかな。


 扉を開けたら顔面グーパンチでも食らいそうだ、と少しだけ身構えながら扉を開けた。真っ白な廊下に立っていたのはロミで、待っていてくれたことがわかる。


 ……それにしても、どうやって扉を開けたんだろう?


「ねぇロミ、どうやって扉を開けたの?」


 あ、しまった……。また勝手に口が動いて、考えていたことをそっくりそのままにロミへぶつけてしまった。短気なロミは怒るかな、と思ったけれど、眉ひとつ動かさず解答をくれた。


「ちょうど近くにおっさんがいてよ、扉を蹴ったら開けてくれたんだ」


 それが当然だ、と言わんばかりと口調だったことから、普段からそういう開け方をしていることが分かる。うーん……研究員も相当ロミには手を焼いているんだろうなぁ。


「おいお前、今失礼なこと考えたか?」


「えっ、な、なんで分かったの?……って、あ!」


 嘘をつけない脳が、わざわざ自滅の道に走って行った。焦ったぼくはなんとか誤魔化そうと腕をぶんぶんと振り回すが、ロミにはそれが滑稽に見えたらしい。鼻で笑われてしまった。


「……ま、いいけどよ。どうせ、横暴なヤツだ、とか、怒らせたら怖い、だとか思ってたんだろ?」


「う……は、はい……ごめん、ロミ」


 ロミの勘や眉間の皺が怖くて、咄嗟に謝ってしまった。でも、ロミはあんまり気にしていないみたいで、「みんなそう言う」と廊下の端の方を見てしまった。何だか申し訳なくなってしまった。素直になれないだけ、と分かっているのに傷つけてしまった。


「アタシは傷付かねーよ。それより、マジで早く行かないと飯抜きにされる」


 だん、だん、だんと大きな足音を廊下に響き渡らせながら、早足でロミは進んでしまった。女の子なのに相当早い。今はぼくの体も女の子になってしまっているが、生前のぼくでも追いつけないくらいだ。


「ちょ、ちょっと待ってよー!」


 必死に足を動かしてロミに追い付くけど、彼女は全く速度を緩めることはなかった。ごはん、そんなに食べたいんだね。









「ここが食堂だ」


 ロミがそう告げながら入室した部屋を覗くと、確かに食堂と言っても過言ではなさそうな広い景色が広がっていた。長机が八つほど陳列されていて、ぼくと同じような服を着た女の子たちが談笑していた。


 着用している服は、黒いズボンじゃなく黒いスカートだったりワンピースだったりと、形は色々用意されているようだ。まあ、黒一色だから映えはしないんだけれど。


 長机の大行列の奥には、部屋の横幅いっぱいのカウンターと、厨房らしき設備が見えた。人でも入ってしまうのではないかというくらい大きな鍋や、軽く三升のお米だって炊けそうなくらいの炊飯器がよく目立っている。厨房で忙しく動いているのは、ぼくを第三棟につれてきた研究員と同じような白衣を着た年端もいかぬ男の子だった。


 研究員の中でも、研究グループや食事グループなどに分かれているのだろうか。そう考えると何だかシュールで笑えてきてしまう。


「おい、もたもたすんな」


「あ、ごめん」


 ぼくの長考に待ちくたびれたロミが食堂へ入ることを催促したので、息をのんで一歩進んだ。その一歩で勇気がついてどんどん足が進むようになると、それに比例してお腹が空く匂いが強くなってきた。この匂いの料理は、もしかして筑前煮だろうか。


 昔っから和食ばかり食べさせられてきたぼくとしては、とても嬉しいラインナップである。適度に煮込まれた人参が特に美味しくて、人参ばかり食べておばあちゃんに怒られたこともあった。


 懐かしい匂いにうっとりと頬を緩ませていると、前を歩いていたロミが誰かに呼び止められた。


「あれ、ロミじゃーん。横の子は新しい失敗作?」


 ロミを呼びとめたのは、金髪の失敗作だった。艶めいた、というよりかは少しくすんだ金色で、どちらかというと黄土色に近い。顎下のボブカットだが、一部の髪の毛が外側にはねている。それも左右対称だ。生前の生活ではあまり見たことがないヘアースタイルなので驚いた。彼女の頬には1108という数字が彫られているので、やはり失敗作だった。


「そーだよ…あ? おいヒトハ、ヤイチはどこ行ったんだよ」


 ロミが彼女のことをヒトハと呼んでいるので、名はヒトハなのだろう。1108という語呂合わせ的にも正解だと思う。


 そして、ロミは誰かがいないことに気が付いたのか、ヒトハに尋ねた。ヒトハはロミの剣幕に少しだけ怯えたような素振りを見せたが、日常茶飯事のことのようですぐに通常の挙動に戻った。


「ヤイチは他の子のところに行ったよ。ウチはヤイチが食べ終わるのを待ってるの」


 どうやら、ヤイチという失敗作はヒトハを置いてどこかへ行ってしまったらしい。これだけ聞くとヤイチは少し嫌な印象を持ってしまう。しかしロミはそこに疑問を持つことは無く、代わりに他のことに疑問を持ったようだ。


「お前が食堂に来るなんて思ってもみなかった」


「え、それってどういう……」


 ロミの言う事が理解できなくて、ついつい口に出してしまった。慌てて口を押さえるが、その仕草がよほど面白かったのかヒトハは笑っている。ヒトハは目尻に浮き出た涙を人差し指で拭き取り、ぼくの疑問を解いてくれた。


「ウチは食事できないの。消化器官が働いてないみたいでねー」


 そう言って、ヒトハは椅子から立ち上がる。彼女の服はぼくやロミのものとは変わらなかったが、唯一違ったのは、浴衣の帯のように黒い包帯が腹部に巻き付けられているところだ。消化器官が使えない、というのを表す為に巻いているのだろう。そう指定されたに違いない。


「まあ、別にお腹は空かないし全然いいんだけどね。それより君の名前は? 欠点は?」


 今度は自分の番だ、と言わんばかりにヒトハは顔を近づけ、目をキラキラと輝かせながら問うた。ぼくは少しだけ怖気づいてしまったが、こちらも質問に答えなければ失礼だと考え、自分が知っている限りの詳細を話すことにした。


「ぼくはNo.187アヤセです。えっと、【嘘がつけない】んです。ヒトハさん、宜しくお願い致します」


 ぼくがヒトハに手を差しだすと、彼女は嫌な顔一つせず応じ、手を握り返した。


「ヒトハさんだって! へんなのー! ウチのことをさん付けする人なんていないから、普通にヒトハでいいよー。それにしても……嘘がつけないだなんて珍しい欠点だね」


 ヒトハは、ぼくの頭から指先までじっくりと眺めた後、自分には原因が分からない!とでも言うように椅子に座りなおした。


「いやぁ、ロミと一緒だなんて大変でしょ。ささ、ロミはお腹が空くと機嫌悪くなるから、早くご飯食べちゃいなよ」


 この言葉に、ロミは一瞬だけ眉間の皺を深めたが空腹には勝てないようで、大人しく厨房の方へと向かった。ぼくはヒトハに一礼をし、ロミの後をついていった。



ヒトハさんは、作者の友人が推しているキャラです。

お姉さんらしさを保ちつつ、好奇心旺盛というか、元気いっぱいな性格を表現するのは難しいですね…

次回は、またまたロミがデレます。

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