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021 夕闇の果て

「ロミは無事なんでしょうね!?」


「そんなこと言われてもわかんないよー!」


ムクとミナは研究所内を駆け回る。

と言っても、ムクは身体が小さいためスピードが足らず、途中で躓いたり転げそうになっているのだが。それに痺れを切らしたミナがムクを抱き上げるのにさほど時間は要らなかった。


「とにかく、自分たちだけでは埒が明きません。誰でもいい、役に立ちそうな研究員は……」


「ちょっと!話してると舌噛み切っちゃうよー!」


光の灯らない瞳のまま思考の底に飛び込んでいるムクに、そんな制止の言葉が聞こえるはずもない。ミナの注意はなかったものとなる。


「ミナ!叫びなさい!」


「え!?なんて!?」


「『怪我をした失敗作がいる』と叫ぶのです!そうすれば誰かしら研究員が顔を出すはずです!幸いミナの一番の長所は大声が出せることなので!」


「うん!なんか酷い気がするけどわかったよ!!」


ミナはすぅっと大きく息を肺いっぱいに吸い込み、大声を出す準備を始める。



「研究員さぁぁん!!!助けてくださぁぁい!!怪我をした失敗作がいるんでぇぇす!!」


「ぐぅっ……さ、さすがですミナ……。おかげで鼓膜が限界突破しそうですよ……」


がんがんと鳴り響くミナの声に、顔を歪ませながらムクは耳を押さえる。

ムクの鼓膜に多少ダメージが入ったものの、ミナの努力に応じて数人の失敗作と研究員が部屋から顔を出した。


「んっ……なんだ、ミナ、なにがあったんだ?」


「貴方は確か……小夜でしたっけ……。ちょうどいい、こっちへ来てください。貴方ならなんとかできるはずです」


淡い金髪を揺らした研究員、小夜は察した。


この様子、向かう方向……『隔離棟』に入ったな。おそらく扉を開けたのはNo.187、私が開け方を教えたのだから間違いはない。そして……No.187が共にいないということは、彼女が怪我をしたんだな。



「なるほど……。あそこは謂わば無法地帯。私の手に負えるか分からんが、第三棟の失敗作に怪我があるのならば行こう。私の家族に手を出すとは許せんな、やつら」


いつもの気怠げな様子から一変、無表情であることには変わりないが小夜を取り巻く空気が冷える。さぞ、先程の研究員の男に失望した、と言った感じだ。


「……助かります、小夜」


「そうと決まれば超特急ー!!」


ムクを担いだミナが走り出そうとした瞬間、小夜が指をぱちんと鳴らす。


「そんな無駄なことせずともね……」



三人の景色がぱっと変わる。

気づけばそこは薄汚れた壁が目立つ棟。



「こうすれば一瞬だろう?」


「そうですね……これは、ワープ……?」


「えっ、な、にこれ、すごい!!」


したり顔で小夜は薄く微笑む。

微笑みながら小夜は思った。


以前踏み入れた時よりも室内温度が下がっている……。しかもこの冷たさには魔素が込められているな……。

もしや、怪我をしたと言っていたが、No.187はこの冷気に襲われたんじゃないだろうか。

彼女に多少なりとも魔素を使役する力があるとはいえ、それを自覚したのはつい最近だ。製造されてから時間もさほど経っていない。魔素が安定しなければ、魔法で創られた失敗作の身体はいとも容易く崩れ去ってしまう……。


「最後にNo.187を見たとき、彼女はどのような姿をしていた?」


「何故貴方が、アヤセに怪我があることを知っているのかわかりませんが……」


ムクは疑いを、躊躇せず小夜に向ける。

それに小夜は応じ、両手を挙げることで無実を示す。


「……そうですね、脚に穴を開けられていました。あちこちにはかすり傷が目立っていましたね。出血もかなり酷かったと思います」


「ふむ……なるほど……」


これは不味いんじゃないか。

小夜は再び思考に落ちる。


No.69の発言からして、急所は逃れているようだが、やはりナニカに貫かれている。現在の『隔離棟』の室温からして、氷魔法であることは確かである。氷柱を発生させ、それをそのまま彼女の身体に突き刺したのだろう。なんて惨いことを……。

どうやら『核』は守られているようだから、きっと彼女自身が崩壊することはない、と見ていいだろう。そもそも『核』が崩壊していれば、失敗作にだってNo.187が死んでしまったことを理解できるはずだ。


「今彼女はどこにいるんだ?」


「現在、No.1108 ヒトハの部屋で治療を受けているはずです。自分らが運びました」


「では……私がここに来る理由はなんだ?助けられているのならば、私やお前たちが出向く必要なぞないだろうに」


なんとも合理的ではない。それとも仲間を酷い目に遭わせた研究員をクビにする、という名目で連れてこられたのか?


「アヤセを助けるために、この棟に残った失敗作がいるのです!No.63なのですが……」


「そうか……」


かなり不味いことになった。

No.187には力があるが、No.63には力がない。そのせいで、第三棟の研究員が彼女に無理矢理魔力を流していた。今度は何をされるか分かったものではない。危険だ。

しかも彼女は、ああも強く見えて、精神的な部分では脆い。諦めまいとする心は垣間見えるのだが、芯のところでは諦めがちなところがある。変にプライドが高く、つっけんどんで冷静な性格もこの場面だとマイナスに働くだろう。


そして、この冷気を主とする魔法……。

対峙しているのは『隔離棟』勤務研究員、星哉だとわかる。彼は常に『隔離棟』の失敗作を馬鹿にする態度を取っている。おそらくNo.187に怪我を負わせたのは、『隔離棟』の扉を開いたことに驚いたからなのだろう。


「教えたのは間違いだったか……」


彼女なら『隔離棟』の現状を打開できるかと思ったが……。

そしてNo.63だが、彼の性格から考えると、即死はさせないだろう。じわじわと嬲り殺すような痛めつけ方をするに違いない。


「そもそも、研究員が直接的に失敗作に危害を加えるのは御法度だ。その研究員は即刻処分しよう」


「助かります……!」


「……と、彼女らがいるのはこの部屋かな」


小夜は冷気が扉の隙間から流れ出ているのを感じ、ロミと星哉が対峙している部屋にたどり着く。


「……!開かないな」


扉をドンドンと叩くが、凍っているせいなのかびくともしない。このままでは入ることすらままならない。


「えい!えい!!……うーん、僕が殴ってもダメだねえ」


ミナが両手を組み、勢いよく振り下ろしても、扉は壊されることなくそこに鎮座している。


「仕方がない……Magia() del() sangue()


小夜の詠唱に応じ、扉に赤黒く輝く魔法陣が浮かび上がる。どうやらその魔法陣は、何処から光が集まって出来ているように見える。光は小夜の指先から出ているようだ。

そして、その赤黒いものは彼女自身の血液であった。


「……すごいですね」


「これが、アヤセが使ってた不思議な力なの!?」


「まあ、見ておきなさい、今にでも扉を破壊させよう……Distru()zione()


呟くと、輝く魔法陣は扉と共に縮み、やがて魔法陣は扉を吸収し消滅した。


「破壊というより消滅だな」


「ですね……跡形もなく消えた……」


ムクが小さく唖然とした表情を浮かべ、そして元の機械じみた真顔へと戻る。

消えた扉の先を見やると、やはり先程から感じていた冷気のとおり、部屋は氷結のものへと豹変していた。

氷の中にひっそりと棒立ちしている研究員の男は、アヤセを救うときに目撃したものより大分と疲弊していた。


「……小夜監視長」


ギロリと、泥沼のように濁った瞳を小夜に向ける。


「やぁ、星哉。今回はかなり好き勝手してくれたようじゃないか。『隔離棟』に本棟が全く干渉できないとでも思ったか?」


口調こそは軽々しいものの、星哉と同じく濁った眼球は深淵を映しているかのように黒い。あからさまな不機嫌に怯えたのか、星哉はたじろぐ。


「……ふぅ、わざわざ来るだなんて、一体どうしたんですか。貴女は普段、一切のやる気を見せずにいるじゃないですか」


それでも持ち前の減らず口は止まることを知らず、言葉が紡がれ空気を震わす。


「まあ、自分の担当している棟に異変があれば、私だって動かざるを得ないさ。上から怒られては監視長たる示しがつかないだろう」


と、いうのは建前でな。

小夜は大仰に腕を広げ、奇術師のごとくあっけらかんとしてみせる。


「よくも私の娘たちに手を出してくれたじゃないか。しかも二人もだ……。特にNo.187とNo.63は失敗作の中でも逸材。潰してもらうには早いぞ」


しかしその態度とは裏腹に声は笑っていない。


「これからの研究を変えるような……ま、何にしろお前の上司は私だ。従ってもらう」


「従う……?それは、この楽園から追放される、と取っても?」


「ふはっ、なるほど。二人は禁断の果実だったって訳か。と、すると、一体誰がお前を唆したんだろうな?」


二人はさも穏やかな会話をしている。

その異様な光景を目の当たりにし、ムクとミナは動けずにいた。


「……あの、ミナ」


「ん、どうしたの?」


「いえ、その……」


ムクは言い淀む。言葉尻が凍った空気に溶ける。


「どうして……どうしてロミがいないんです?偏見ですが、この研究員がわざわざ獲物を逃すような人物ではないと思うんですよ。では、どのようにしてロミはこの部屋から……?」


「たしかに……ロミは運動得意だし、足も速いけど……。それでも、この不思議な氷からはたぶん逃げられないよねー?」


ムクは夜の瞳を、ミナは昼の瞳を見合わせる。その夕闇は謎を残したまま空気を漂っている。


「ロミがこの氷みたいな力が出せたのか、誰かが助けに来たかのどっちかだよね?」


「そうでもないと、ここにロミがいない理由が付きませんしね……。おそらく、もう助け出されているのでしょう。もしも殺されて……いや、そもそも失敗作に死という概念はあるのでしょうか?アヤセを見る限り血は出るし、ダメージも負う、気絶もする。魔力がある限り死には至らない……?」


「正直何言ってるのかわかんないけど、とにかくここにロミがいないんだったらさ?他の場所探すのが先じゃなーい?」


「たしかにそうですね……。小夜には悪いですが、一旦第三棟に戻りましょう」


極寒の部屋から離れることを小夜に告げようとしたが、小夜と星哉はいつまで経っても会話を止めようとしない。時間の無駄だと感じたムクはミナを連れて第三棟へ走った。

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