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016 不覚‼

 気付けば、琥珀糖はすでに完成していた。

 食紅が無かったから透明だけれど、クリスタルのようでとても綺麗だ。透けて見える景色は光を反射してキラキラと輝いている。

 折角だから、みんなにも食べてもらおう。作り終わったすべての琥珀等を、まだまだ有り余っている白紙に包んだ。意外とずっしりしているから、ポケットに入れても知らぬ間に無くすことはなさそうだ。


 ぼくから漂う甘い匂いに釣られてこちらを見てくる失敗作もいたけれど、話しかけられなかった。

 ……もしかしたら、`研究者を蹴り飛ばした野蛮人`として見られているのだろうか。怒らなければそこまで感情的になることもないし、普段は大人しいんだけどな、うん。




「アヤセ、何を持っているんだ?」


 自分の周りからは悩み事がなくなり、暇で暇で仕方がなかった昼下がり。廊下を当てもなく歩いていると、面倒そうに頭を掻きながらこちらへ向かってくる小夜に話しかけられた。


「琥珀糖だけど……」

「コハクトウ……ああ、あの菓子か」


ぱっと名前が出なかったことに違和感はあったが、どうやら分かったようだ。もしかしたら、あまり有名なお菓子ではないのだろうか? ぼくが知っているくらいだから、みんな知っているものだと思っていたけれど……。


「見せてみ」


 ん、と手を出され命令されたので、ポケットから小包を取り出して小夜に見せた。

 砂糖が結晶化したので、手触りは意外とざらざらしている。


「……色は?」

「食紅が見つからなかったから、透明のまま作ったんだ」

「そうか……」


 何を思い悩んでいるのか、小夜は考える人のようにあごに手を当て数秒停止した。キッチンに立ち入り禁止、とでも言われたらどうしようか。


「琥珀糖を作る理由はよく分からんが……。よし、食材をもっと調達しよう」


 名案、とでも言わんばかりにドヤ顔を見せびらかしつつ、小夜は誘惑的な提案をした。


「ほんと!?」


 食材が増えるということは、メニューも増えていくということだ。やった!! 給食みたいな食事から解放される。


 作ることはできないが、メニューは覚えている料理が多い。それを葵に教えれば、ぼくが食べたいものが出てくるのではないか。うんうん、いいぞ。その調子でもっと調達してください。


「ほら、最近似たり寄ったりの食事ばっかりだろ。誰かの誕生日の時は少しだけ豪華になるが……。アヤセたち失敗作が食べるものを研究員も食べるんだ。私だって、もっとたくさんの種類の食事を食べたいさ」


 自分たちも食べるから食材を調達してくれるのか。結局のところぼくと考えていることは同じ。まさに同じ穴の狢ってやつだ。


 それにしても、小夜の印象はめんどくさがりだったが、必ずしもそういうわけではないのだろうか。自ら食材を調達する、と発言するとは思いもよらなかった。


「まぁ、調達する手続きをするだけで、私が持ってくる訳じゃあないんだがな」

「あ、だよね、うん」







 食材の調達、という魅力的な言葉に浮足立ちながら、ワルツでも踊るかのようにスキップで歩いていると、ぼくの上機嫌を不思議に思ったのかヤイチが目の前で止まった。


「んっふふ~、どうしたのヤイチ~?」

「いや、どうしたも何も……なんでそんなに上機嫌なの、怖いよ?」


 自然とにやける頬を抑止することなくヤイチの顔を見ると、冷や汗をダラダラと流しながらゴミでも見るかのような目をしていた。いや、そんなに気持ち悪いですか? さすがに酷くないですか?


「朗報! 調理場の食材が増えます!」

「え、うそ、やった!!」


 足が健常であれば、喜びのあまりジャンプをしていたに違いない。それくらいにヤイチも舞い上がった。

 ヤイチは自分でチョコレートを作ってしまうくらいに料理に興味があるから、ぼくのこの気持ちに共感してくれた。他の失敗作に言っても、ここまでの反応は得られなかっただろう。


「ね、嬉しいよね、ね!?」

「もちろん! これでもっと料理ができる……」


 頬に手を当ててうっとりとするヤイチ。きっとこれから作るはずの料理を思い浮かべているのだろう。まるで恋をした乙女のような表情に、不覚ながらもドキっとしてしまった。

 ……いいや、ぞっとしたの方が正しいのだろうか。


「そういえば……。ヤイチはどこで料理を学んだの?」


 ぼくはここに来る前__失敗作にされる前の記憶があるからメニューを覚えていたけれど、周りの失敗作を見る限り、前の記憶はなさそうだ。ミナが語らないし、それは確実だと思っている。


 この研究所では調理担当の研究員がいるから、ぼくたち失敗作は料理を学ばなくてもいいことになっている。なのに、どうしてヤイチは一回も出されたことがないチョコレートのレシピを覚えていたのだろう。作り方以前に、材料まで分かるのは不自然だ。


「アヤセの部屋に白紙がたくさんあったでしょう?」

「うん」


 脈略のない話に戸惑いつつも、しっかりと答えを返す。


「あれね、失敗作によって用意されているものが違うの」


 ヒトハの部屋には医療道具、ミコトの部屋には山ほどの本、ムクの部屋にはおもちゃ、ミナの部屋には蝶の標本。そして、ヤイチの部屋には料理本。

 ヤイチが言うには、みんなの部屋にはそういったものが置いてあるらしい。


 みんなそれぞれ、個性にあったものが置かれている訳ではなさそうだ。ヒトハは自由奔放で医療には向いてなさそうだし、ミコトも読書より騒いでいたいタイプだろう。極め付きには、ムクがおもちゃで遊ぶところなんて想像もつかないし、ミナに至っては蝶の標本を壊してしまいそうだ。

 本人に言ったら怒られてしまいそうだけれど、ヤイチは自分で料理するのではなく、使用人や宮廷人にでも作らせていそうだ。


「あんまり合ってないよね。特にムクなんか、おもちゃで遊んでいるより本に埋もれていた方がイメージに合ってるというか……」

「だよね。部屋にある本を見るたびにおかしいな、とは思うんだけど、全然正解に辿りつかないの。アヤセの部屋は、白紙だけ?」

「うん、白紙が束ねてある。あと、羽根ペンかな」


 部屋に置いてあるものが部屋主に足りないものを補うツールだと考えると合点がいくが、ぼくは勉強が苦手だった訳ではないし、白紙だけというチョイスが分からない。

 もしかして、画力をあげろ、だとか?


「ロミの部屋もそんな感じだったよ」

「そっか。ロミもアヤセも同じような部屋……」


 ヤイチが長考し始めたので、それに倣って考えてみるけれど……。特に正解と思えるような答えは出なかった。


「あれ?」


 ずっと悩んでいたヤイチが不意に顔をあげて大声を出したので、目を真ん丸にして驚いてしまった。

 一体何事だ、とヤイチの青い瞳を見つめ返すと、次第にその瞳は細められた。


「アヤセの部屋には白紙しかないのに、どうして食材が増えることを喜んでいるの?」


 ヤイチの顔に疑いの霧がかかる。

 料理本などの料理に関する情報がなければ、他のメニューがあるとは考えない。なのに、どうして喜んでいるの? と、そう言いたいんだろう。

 しまったな……核心を突かれた。あまり前の記憶があることは言わない方が良いだろう。なんとかして誤魔化さないと。


「それは……ぼくには前の……え?」


 自分の発言に驚いた。どうして、隠そうと思っていた前の記憶のことが口から……。

 ああ、そうか。

 あまりにも意識していないから忘れていたが、ぼくは【嘘を吐けない】脳になっていたのだった。


「え、何?」

「あ、あーっと……」


 厳しく向けられたヤイチの瞳から、目を逸らすことができない。逸らしてしまったら、そこで負けてしまうような。実際にはそんなはずないのだけれど、彼女の瞳はまっすぐすぎる。


「ほら、早く吐いちゃいなよ」

「ぐ……うぅ……」


 もうこれ以上は隠しようがないか……。


 掌に爪が食い込んでしまうほどに拳を固く握りしめ、ヤイチにはやんわりと『ここに生まれる前の記憶る』とだけ伝えた。


 ヤイチはとても信じられない、といった表情を色濃く見せていたが、ぼくが話し終わる頃には申し訳なさそうな顔を隠すように俯いていた。


「その……なんか、ごめん。まさかそんなに大切なことを隠しているなんて思ってなくて……」


 目が泳ぎ、まごついているので、それが口先だけの謝罪ではないことが伺えた。


「いや、いいんだ。いつかバレることだし」


 口から勝手に出た言葉なので、きっとぼくの本心なのだろう。

 バレることなのでいいのだが、これが研究員に見つかると大変なことになりそうだ。大丈夫だとは思うが、ヤイチには黙っておくようにしっかりと念押しをした。


「桃太郎っぽくなっちゃうけど……はい、琥珀糖。甘くて美味しいよ」


 チョコのお礼といってはなんだけど……と付け足し、ヤイチの掌に琥珀糖を一粒置いた。蛍光灯の明かりを反射してキラキラと輝く琥珀糖は、ヤイチが持つことによってシャンデリアの欠片のようにも見える。


「ふふ、ありがとう」


 丸くて大きな瞳をきゅっと細め、幸せそうにヤイチは微笑んだ。そのまなざしはクリームのようにべったりしておらず、サクッと食べられる琥珀糖によく似ていた。

 話が進むごとにヤイチちゃんの可愛さが増している気がします。いや、実際可愛いんですよ(親バカ)

 しばらく琥珀糖のお話が続いていますが、そろそろ終わりますので……。

次回 秘境へ

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