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015 ささやかなプレゼント

「今日はNo.69の誕生日でーす。失敗作の皆さんもお祝いをしてあげましょう」


 ぼくの前で見せた頼もしさは何処へやら、気だるげな様子を隠そうともせずに小夜はそう放送した。だが、誕生日という一大イベントの影響があってか、いつもの定期放送よりは声が弾んでいた__気がする。


 それにしても、今日はムクの誕生日か。一体何歳になったのだろう? 研究所内の誕生日の概念が、日本生まれ日本育ちのぼくの感覚と同じならば、ムクが研究所で何年過ごしたのかが分かる。


 ムクが赤ちゃんとして製造されたのならば、成長して九、十歳なのだろうが、ぼくがアヤセとして生まれてきた時にはもうすでに15歳ほどだった。もしも元々九歳あたりの少女__いや、幼女として製造されたのならば全く成長していないことになる。


 もしかして……魔力で作られたとか何とか、研究員が言っていたが、魔力で作られたぼくたちは成長しないのだろうか。そうなると非常にマズくないか? 何たって、【完璧な少女】は人間として成長しなければならないから。人間らしさが欠けるから、とシルフィーが【完璧な少女】から排斥された意味が無くなる。


 もし、そんな身勝手な横暴をシルフィーが受けていたら__いくら苦手な人物だとはいえ、とても許せる行為ではなかった。


 何だよコレ、むかむかする。

 もやもやした、焼け爛れそうな気持ちを胸に抱えたまま、今日という日が過ぎた。










 ……そして、夜。


 食堂は既にパーティームードで、ひと際目立って騒いでいたミナが周りの失敗作を笑わせていた。こうして失敗作全体を見ると、日本人のような黒髪は居ない。ぼくのみだ。


 ぼくと同じように、日本人として生きて、死んで……そしてこの研究所で生き返った人はいないのだろう。いや、金髪ならば、ハーフという可能性もあるのか……。


「アヤセ? 辛気臭い顔してどうした」

「わっ、びっくりした。ロミか」


 頭の歯車をカチカチと回していたので、急に止められてびっくりする。ロミは怪訝そうな表情を隠そうともせずに、ぼくの顔を覗いていた。


「今日はムクの誕生日だ。……あんまり、暗い顔してるとアイツが面倒だぞ」


 上機嫌に見えたロミは、どうやら面倒事から避ける為にそうしているようだった。彼女が意外と周りに調子を合わせることが得意だという事実に、驚きを隠せずにいる。


「あ?」

「え」


 ……ぼくの考えは読まれていたようだ。不覚っ!


「チッ……」


 あからさまに不機嫌へと戻ってしまったロミは、何時も通りの眼光でぼくを睨んでいた。


「ご、ごめんって……」


 ぼくがあまりの恐怖に謝罪すると、彼女はまた上機嫌らしきものに戻った。心なしか口角も上がっているような気がする。


 ……それにしても、ロミが態度を変えないといけないくらい怒る『アイツ』って、誰なんだろう?

 ぼくの勘繰りは虚しくも儚く、一瞬にして『アイツ』が飛んできたので理解した。


「ア・ヤ・セ?」


 毒々しいくらいの笑みを浮かべながら近付いて来るのは、その青い瞳にメラメラと怒気を燃やすヤイチだ。


 うっ、確かに怒らせたら面倒だけど……。

 助けを求めてロミを見るが、既に彼女はパーティーの輪の中に入ってしまっていた。つまり、こうやって対峙しているのはぼくのみということになる……。


「今日が何の日か分かってるよね?」

「No.69 ムクの誕生日です……」

「おめでたい日だよね?」

「勿論です……」

「じゃあどうしてそんなに暗い顔をしているのかな?」


 詰問攻めにされてぼくはどうにかなってしまいそうだ。ヤイチから発せられる殺気に近いナニカは充分な威圧を放っていた。


「えっと……考えごとを……」


 日本人云々の考えごとをしていた、という事実は言うべきか迷ったが……って、あれ? ぼくの脳が嘘を許したのか? いや、秘密にしておけ、と研究員に口止めをされているからそれに従っている訳であって……。


 どうしよう、辻褄が合わなくなってきた。もしかしたら、『先にした約束は守らなければならない』マナーが適用されているのだろうか?


「……聞いてる?」


 思考から解放されヤイチの顔を見ると、案の定こめかみに青筋を浮かべていた。……どうやら、本気で怒らせてしまったようだ。


「アヤセェ!!!」

「ひぃぃぃぃ!! ごめんなさぁい!!」


 悲鳴と怒声を食堂に響かせたせいで、ミナを中心に騒いでいた失敗作の笑い者になってしまった。うぅ、恥ずかしい……。











「おまえ……本当に五月蝿いな、作業中なんだから静かにしてくれよ」


 厨房へ向かうと、葵はだるそうに作業の手を動かしていた。嫌々料理をしています、といった様子だが、その表情は穏やかなものだった。生来、怠惰な性格なのだろうか。


「ごめんごめん」


 地中の奥深くのような紺色の瞳には、さながら深海のように光が届いていない。いわゆる死んだ目、というものだ。この気だるげな瞳を持っているから、怠惰という印象に拍車をかけているのだろう。


 彼はぼくの視線を意に介することなく料理の手を休めない。

 何を作っているのだろう、と葵の手元を見ると、拳くらいの大きさのハンバーグにデミグラスソースをかけているところだった。


「これって……」


 ぼくは厨房に入り、戸棚を開ける。「おい、何するんだよ」と葵に止められたが、ぼくが戸棚を開ける方が早かった。予想通り、No.69と書かれた紙がひらりと落ちてくる。


「葵が作ってるのって、これだよね。No.69って書いてあるし、今日の為に……」

「……そーだよ」


 ばつが悪そうに頬を掻きながら葵はぼそりと呟いた。心なしか、耳が赤らんでいる気がする。


「研究員から作れって命令されて?」

「いや……まぁ、いいだろ、この話は」


 一語一語をしっかりと発音して、葵は誤魔化すように作業を続けた。

 ……ははーん、その反応は、自分で研究員にレシピを聞いて、自分から作ったんだな?


「なんだよ、気持ち悪いな」


 ニヤニヤと歪む口元は戻ることをやめたみたいだ。自分の意思とは関係なしに歪み続ける。

 恋ですか? 葵君。


「あ、そうだ。ムクくらいの女の子なら……」


 プレートに乗せられているドーム型のチキンライスは、子供用の食事にしては殺風景に見える。日本のファミリーレストランでは、たしか……。


「だから、戸棚を開けて、何をするんだよ……」

「ちっちゃい紙と爪楊枝ない?」


 ぼくがテキパキと質問をすると、葵は納得がいかなさそうに「あるけど……」と答えた。

 手渡されたのは、折り紙の8分の1くらいの大きさの白紙と、ありふれた爪楊枝。ぼくは白紙を三角の旗にして、爪楊枝に引っかけた。


「えい!」

「はぁ!? 何するんだよ!」


 ぼくは無遠慮にチキンライスへ爪楊枝を刺した。葵は意味が分からない、と眉を寄せていたが、面倒になったのか爪楊枝旗には触れずに作業を再開した。


葵は、見たところ日本人ではなさそうだ。瞳の色は紺だし、髪色だって薄い青だ。日本人どころか、外国人でもない雰囲気。地球のどこにもいなさそうな彼は、どこか浮いている気がした。


 ……いや、そんなこと言ったら、ロミだってムクだって、地球にいなさそうか。


 地球に住んでいない彼女たちに、この爪楊枝旗の意味が分かるだろうか? 今更ながら、とんでもなく心配になってきた。








「主役の登場だぁ!!」


 高らかに告げられた開幕の合図に、食堂に集合している失敗作全員が振り返る。


 扉の先には、少しだけ嫌そうな顔をしたムクがちんまりと立っていた。肩身を狭そうにしているのは、自分が輪の中に入れないのを悟っているからなのか、それとも自分のことで騒がれることを嫌っているからなのか、正直ぼくには分からない。


 ただ……まぁ、心なしか少しだけ嬉しそうに見えるのはなぜだろう? ぼくの瞳にフィルターがかかっているだけかもしれない。


「な……なんですか」

「何って……今日はキミの誕生日じゃないか」

「そうそう、一年で一回だけの大イベントだよ」


 戸惑うムクに、失敗作が次々と言葉を投げかける。ようやく今日という日がどんな日なのかを理解したようで、ムクは顎を上げてみんなの顔を見た。


「忘れていました……。もうここに来てから9年なので」

「え!? 9年!?」


 大勢の輪の中にいるムクの声は途切れ途切れにしか聞こえなかったが、9年という単語を聞いて驚いてしまった。とっさに口を抑えるが、間に合わなかったようだ。多すぎる瞳たちがぼくを見つめている。


「キミは……そうか、先月来たばっかりの」

「No.187だよね、研究員を殴り倒したって噂の」

「へぇ、たしか、ロミのストーカーだっけ」


 口々に投げかけられる言葉の多さに目を回す。そんないっぺんに聞けないよ……聖徳太子じゃないんだから!


「え、それだったら英雄じゃん」

「でも、来たのが最近だから、常識知らずって言われてるよ」


 じょ、常識知らず……か。

 たしかに、勝手に資料室を破壊したり、監視棟に不法侵入しているけれど……。常識知らずというよりかは、頭がオカシイ奴だと思う。


「え……っと、とりあえず、ムクがここに来て9年だってことに驚いているんだよね?」

「あ、そうです」


 ぼくに説明してくれようと励んでいるのは、気が弱そうな失敗作だ。細い手足は小枝のようで、すぐに折れてしまいそうだ。気だけでなく、力も弱そうだ。


「ムクは小さな体だけど、この棟では最年長なんだよ」


 9年で最年長ということは、10年物の失敗作はいないのか。

 ムクは小学三年生、つまり9歳ほどの身長をしている。もしや、赤ちゃんとして研究所で生み出され、そのまま成長したのだろうか?


「ぼくたち……いや、ムクは成長してこの身長なの?」

「いいや、そんなことはない」


 気弱そうな失敗作の代わりに出てきたのは、狐目がちの顔立ちがはっきりした失敗作だ。薄茶色の髪の毛をポニーテールにしていて、いかにもお姉さんキャラ、といった感じだ。


「私は5年ほどここに居るけれど、ムクは出会った時から幼女だった」

「幼女という言い方はないかと」


 話を聞いていただけだったムクは、幼女という言葉が相当イヤなのか口を挟んだ。むっとした表情をしている……ように見えるだけで、実際は表情筋の一つも動いていない。


「てことは、生まれた時から幼女……」


 ぼくがぼそっと呟くと、ムクは音に反応するおもちゃのように、「幼女という言い方はないかと」と繰り返した。






♦ ♦ ♦





「じゃあ、せーっの!!」


 ミナの音頭に合わせ、食堂に揃った失敗作全員が合掌し__ロミは少し苦労していたが__、食事を摂り始める。


 ムクの目の前には、ぼくが付け足した旗がささったプレートが置かれている。


「この爪楊枝は何です?」

「えーっと……」


 ぼくが前の世界の記憶を持っていることは、伏せておいた方がいいのだろうか。


「……本に書いてあったんだけど、こういう子供向けのチキンライスには爪楊枝を刺すといいんだって」


 随分とあやふやな説明だったが、ムクは納得してくれたようだ。疑問に首を捻らせながらも、一口、また一口と食べ進めている。


「そうだ、そのハンバーグ、葵がムクの為に作ったらしいよ」


 そっと告げ口すれば、ムクは「そうなんですか」と少し興味を持ったような声を上げた。

 よかったね、葵。

 葵に目配せをすると、「余計なことをやってくれたな」と恨まれ、黒い笑みをぼくに向けた。今までに見たことが無いような殺気じみた笑みは、ぼくの口角を引き攣らせるのに充分すぎた。


「……今日は、楽しいですね」


 ムクは黒塗りにされた瞳を僅かに細め、感情が込められていない声で小さく呟いた。


ムクちゃんは年長者だったのです、驚き。

幼女強いってやつですね。

年長者なだけあって、物知りです、きっと。


次回 未定

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