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014 No.69は琥珀糖の如く

「アヤセー!! あっそぼーよー!」


「どうしたの? 体調が悪いの!? ねぇ!!」


「膨れっ面してても、遊んでもらうからね!」





 ミナと出会ってから四日ほど経っただろうか____正直、時間感覚を正常に働かせるような仕組みが研究所にはないので、既にぼくの感覚は狂い始めている____ミナは、うんざりする程にぼくに構われたがっている。

 自惚れではないし、周りから同情の目を向けられているので間違いはなさそうだ。


「そんなに遊んでほしいの?」


 ぼくは、ミナをスルーするのを諦めて、声をかけてみた。するとミナは輝いた笑顔を浮かべるようになる。太陽に向かって咲く向日葵のようで、面白い。


「遊んでほしいな!!」

「他の失敗作は?」

「みんな、疲れたーって言って遊んでくれないの!」

「それは……」


 きっと、ミナが疲れ知らずの体力底抜けちゃんだから、みんなが付いて行けてないんだ。ぼくにも付いて行ける自信がない。綾世のままの体であれば、もしかすれば体力が持つかもしれないけれど……。


「アヤセならいけるよね!! ねっ!」

「いや、ちょっと……ぼくは体力に自信が……」


 口に出した言葉がネガティブに染まっているのならば、それはぼくの本心だと言える。やはり、今のぼくは誤魔化しが効かないようだ。解せぬ、失敗作!!


「えー……しょうがないなあ……じゃあ、三人で遊ぼう!!」

「へ? 三人?」


 唐突に何を言い出したかと思えば、ぼくとミナのどちらでもない第三者を加え始めた。

 犠牲になる人……なんかごめんなさい。


「一応ね、誰を誘うのかは決めてあるんだー!」

「じゃあ最初からその人と遊べばよかったのでは……」


 ごもっともな正論がすんなりと出てきたのは褒めてつかわそう、ぼく。


 なんでも、ミナが誘おうとしている第三者は、他の失敗作のように理由を説明してから断るのではなく、「無理」ときっぱり断るのだそうだ。これだけの勇気がある人だ、きっとぼくの良き師匠になるのでは?

 言いたいことをきっぱりと言ってくれる人は好きだ。第三者と会うのが楽しみだ。





 ……と、ぼくが新しい絆を結ぶことにうきうきしている数秒。その合間を縫って飛び込んできたのは、幼女だった。


「自分の話が聞こえたのですが」


 幼女は紫のおかっぱ頭を不機嫌そうに揺らし、色目を使う為の上目遣いではなく、威圧する為の上目遣いでぼくの顔を睨んだ。


「え……え?」


 いきなりの急展開に、発達させられた脳も状況判断を終えられていない。



 この幼女は……今、「自分の話」と言っただろうか。そうなると、さっき話していた〈第三者〉は……。


「ムク!! 今から呼ぼうとしてたんだよ! 調度良かった!」


 ミナの反応から、やはりこのおかっぱ幼女が〈第三者〉であったことがはっきりした。

 ぼくが師にしようとしていた人物が、まさか幼女だとは思わず、動揺を隠しきれない。


「最近ずっと無視するじゃん!」


 ムク、と呼ばれた幼女は「どうせまた遊びなのでしょう……いやです、遊びません」と、言語道断といった様子で断った。

 す、すごい……! 幼女強い……。


「申し遅れました、自分はNo.69 ムクです。欠点は【感情がない】こと。そういう点ではミナと似ているのかも知れませんね」


 【感情がない】と言っても、基本的な喜怒哀楽が欠落しているだけで疲れなどは感じます。とムクは思い出したかのように付け足した。

 疲れを感じるから、ミナと遊びたくないんだね、うん。


「ぼくは……」

「あなたの噂は聞いています。なんでも、研究員に蹴りをかまして撃退したらしいですね」

「あれはしょうがなかったんだよ!」


 もしかしたら、凶暴な失敗作だ、と思われているのではと心配になり、慌てて否定した。しかし、その努力も無駄だったようで、ムクは素知らぬ顔で「ロミが捕まったんでしょう、知っていますよ」と当たり前のように言い放った。


「No.187 アヤセ。最近本棟からやって来た優秀とも不良とも言えない失敗作……」

「何その不名誉な二つ名! 辞めてよ、誰が言ってたのさ」


 ムクはわざとらしくうーんと首を捻らせ、「確か……小夜という研究員だったと思います」と言った。

 小夜ぉ!! 確かにぼくは頼りないかもしれないけど、さすがにそれは酷くない!?


「問題を起こすという面から考え、そのような判断を下したのでしょう。第三棟は、比較的優秀な失敗作が収容されていると聞いたことがあります」


 自分が優秀だと知ってか知らずか、あくまでも無機質なロボットのようにムクは答えた。黒に塗りつぶされた瞳が機械の質感を醸し出している。


「ムクは物知りなんだね。辞書みたい。研究所限定の辞書。小さい頭のどこにそんな知識が……」

「馬鹿にしましたか?」

「してないですすみません」


 軽い冗談のつもりで言ったのだが、ムクは意外にも背が小さいことを気にしていたようだ。まあ、背が低いと言っても、目測で130cmくらいだから、小学校低学年と仮定すればさほど小さくはない。


 彼女はその知識もあるはずだが、それでもムキになっているということは、みんなと比べられるのが嫌なんだろう。


「……あれ、そういえばミナは?」

「恐らく話に入れないことが気に食わなかったのでしょう、新しい遊びを求めてどこかへ行きました」


 取り留めのない自由奔放さに頭が痛くなったが、余程疲れるらしいミナの遊びから逃れられただけマシだろう。ちょっと遊んでみたかったっていう本音は内緒ね。


「アヤセ、『実はちょっとだけ遊んでみたかった』という顔をしていますね」

「えっ、な、なんで!?」

「第三棟一の洞察力を持つ失敗作、と呼ばれる自分を侮らないで下さい」


 無表情から全く変わっていない顔で、ムクは無い胸を張った。こう見ると年相応の可愛らしさがあるじゃないか。

 威張る、自慢をする、というのが【感情がない】の範疇に入っていないことが不思議だが、まぁそういうものなんだろうとぼんやり理解をした。


 思えば、研究所は不思議なことだらけだ。


 魔法があったり、自分の体がその魔力で象られていたり、まずこんなにも大規模な建造物がどこに建っているのかということも分からない。既にぼくの常識を軽く上回っている。

 今更、ムクの感情について考える必要などないのだろう。心臓が動いていないのに、ミナがどういう原理で生命活動をしているか、とかね。


「ミナと遊びたいのなら行けばいいじゃないですか」

「それ、自分が面倒だからぼくに押しつけようとしてない?」

「……そんなことありませんよ」


 やはり変わらない無表情だったが、返答の間隔からして図星だったのだろう。なんだ幼女、可愛いじゃないか。


 あ、いや、変な意味じゃない。誤解をされては困るから言い訳をするけれど、ぼくはまだ未成年だ。犯罪にはならない……はず。それに、幼女__ムクに対して恋愛感情なんか持っていない。あれだ、小動物を見ると可愛がりたくなるみたいな……。


 って、ぼく、誰に説明しているんだ?


「まあ、今日は止めておくよ」

「そうですか。では、遊ぶ時は是非、自分を誘わずに二人で遊んで下さい」


 強い念押しに逆らえず、ぼくはこの会話の数時間後にミナとくたくたになるまで遊んだのだった。

 ……幼女最高!! でも怖いよ!!




♦ ♦ ♦




「そういえば……」


 部屋に入り、何気なしに羽根ペンを握った時、それは思いだされた。

 葵にメニューを覚えさせるという、膨大で壮大な計画だ。


 しかし、ぼくにはこれといって得意な料理はないし、凝ったものは作れない。せいぜい焼きそばくらいだ、たぶん。


 ただ……お菓子は母さんの趣味で何回か作ったことがある。シフォンケーキを作った時は、母さんのテンションの上がり様が面倒だった。世の中の女性というものは、ふわふわしたケーキが好きらしい。


 失敗したのは、たしかチーズケーキだった。加熱時間が足りなかったのか、表面は焼き上がっていたのだが中が生焼けだった。ぼくが毒見役として抜擢された為、一番に犠牲になってしまった。何も食べられないくらいと嘔吐感と腹痛に何時間悩まされたことか。もうあんな目には遭いたくないので、チーズケーキのレシピを渡すのは止めよう。葵が犠牲になってしまえば、ぼくの責任になる可能性もあるし。


 ぼくが覚えている限りで、一番好きだったお菓子は琥珀糖だった。時間はそこそこかかるが、宝石のように透き通った飴はシャリシャリとしていて美味しかった。是非また作ってみたいと思えるようなお菓子だ。


 そうだ! 琥珀糖なら作り方も簡単だし、寒天とグラニュー糖さえあれば簡易飴になる。ヒトハのチョコには劣るかもしれないけど……。


 そうと決まれば、早速材料の確認だ。まだ夜まで時間があるし、葵もいないだろう……きっと。











 誰も食事を摂らない時間帯の食堂は、もはや本来の機能を失っていた。


 並べられた長机は生気や温かみをまるで感じないし、食堂自体の空気が冷たくなっている。単に人が居ないからなのか、それとも食堂が眠ってしまったからなのかは分からない。ただ、ひっそりとした存在感を放ちつつそこにあった。


 調理場には予想通り葵はおらず、正真正銘のもぬけの殻だ。誰もいないのならば、安心して材料の確認が出来る。それに、今、試しに作ってみても良いかな。


 どこに何が仕舞ってあるのかが分からずに、戸棚を開けたり閉めたりしていると、一枚の紙がはらりと床に舞い落ちた。軽くしゃがんで拾い内容を確認すると、それは手順がびっしりと書いてあるレシピだった。料理名は『ハンバーグ』。その文字の横にはNo.69と表記されていた。


 No.69はムクのナンバーだ。このレシピがムクに関係があるのか、それともただ単に69番目のレシピなのか。紙を逆さまにしてみても、それは分からなかった。


 靄のかかった心を胸の奥に閉じ込め、ぼくは材料の確認を再開する。何故か、No.69の件に関しては、あまり調べない方が良さそうな気がしたからだ。


「……あった」


 13番目の戸棚に詰まっていたグラニュー糖の袋は、肩を寄せ合って座っていた。何とか力づくで袋の一つを引っ張り出し、グラニュー糖に指を突っ込み舐める。うん、変な味もしないし、これだけあれば40人分は作れる。


 何故か気分が高揚し始め、ここで作ってしまおう、という気になってしまった。ぼくはその欲望を抑えることが出来ず、さっそく鍋とヘラを探す。水に関しては、蛇口があるので心配はいらないだろう。


 そういえば、寒天を見つけていないんだった。鍋とヘラ探しを一旦中止し、寒天の在り処を見つけ出そうと躍起になった。





「……やっと見つけた」


 寒天を探し始めてから約10分、ようやく寒天を見つけた。量は少なかったが、琥珀糖を作るのにはそこまで量を必要としないので、ぼく一人用ならば問題はない。寒天探しの過程で見つけることの出来た鍋に水を入れ、寒天を煮込む。ある程度とろとろになったらグラニュー糖を放りこみ、ぐつぐつとさらに煮込んだ。


 琥珀糖の素といえるこの液体を固める為には、バッドが必要だ。まともに探していてはいくら時間があっても足りないので、そこらに置いてあったタッパーのような容器で代用することにした。


 ……よし、これで後は冷蔵庫で冷やすだけだ。あ、あら熱を取っていなかったっけ。






 そんなこんなでドタバタしつつも、冷えた琥珀糖を自室に持ち帰るというミッションをクリアし、部屋で乾燥させることにした。

 あと一週間かぁ……。待ちきれなくて、食べちゃうかもしれない。


 琥珀糖は光を反射して、ステンドグラスのようにキラキラと輝いていた。


無感情少女ムクちゃんです。

小学三年生くらいをイメージして頂ければと…(笑)

琥珀糖は綺麗なお菓子です、さも本当の宝石かのように透き通るらしいですよ。


次回 ハンバーグ定食

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