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013 No.37の無彩色

 その日は見たことのない奇妙な現象や、感情を剥き出しにすることに疲れたのか、消灯される前に眠りに就いた。


 瞼の裏には、透ける毛細血管とロミの苦しむ顔が焼き付いていた。目を瞑るほど鮮明になり、部屋の明かりが煩わしかったのを覚えている。何やら考えごとをしていたが、頭は睡眠を要していたらしい。ストンと落ちるような感覚に呑まれ闇に溺れた。





 筋肉痛らしき何かに顔を顰めながら部屋を出ると、小夜が言っていた通りに、部屋のすぐ横の壁にはナンバーと名前が彫られていた。なかなかハイセンスで、装飾文字に見える。


「あれ、ナンバーが書いてある……なんで!?」


 どこか遠くから、耳を劈くような甲高い大声が響いてきた。距離はあるはずなのに、耳元で叫ばれているような大音量だ。不快、とても不快。


「昨日まではなかったのに!! 神様からの贈り物!?」


 ぼくをここまで不快にさせる人物は一体誰なのだろう、と音源の方へずかずかと歩く。小夜から貰った靴のお陰で、踵への負担がかなり減ったような気がする。


「あ、ねぇねぇ! ナンバーのこと、何か知ってる!?」


 ナンバーを見て喚き散らす人物は、ぼくの肩をがっと掴み、酔いそうなまでに揺らした。首が据わらない赤ちゃんのようにぐわんぐわんと頭が揺れる。


 うぅ……気持ち悪い……。


「し、知ってるけど……とりあえず離して!! 吐く!」

「なんかごめん! はい!」


 子供以上に子供らしく琥珀の瞳を輝かせている彼女は、恐ろしいまでに無作法だ。シルフィーのような優しい白ではなく、はっきりとした白の髪が明るいような騒がしいような性格をそのままに表している。

 そういえば、綾世の時もこんな友人がいたな…。


「よく見たら、初めて会う人だね! 僕はNo.37のミナだよ! うん!」


 よろしくねー! と再び肩を揺らし始めたミナを何とか抑えると、じっとしているのが暇なのか、次は自身がゆっくりと左右に揺れ始めた。


「ぼくはNo.187 アヤセだよ……はぁ……よろしくっ……はぁ……」


 揺さぶられた所為で湧きあがる嘔吐感をどうにか押し込め、自己紹介の返事をする。


 髪や顔立ちはシルフィーと似ているのに、性格は真反対だ……!!

 だが、こういう性格の持ち主は、大抵純粋で扱いやすかったりする。無駄に着飾って腹が黒いのを隠している女性よりかは、ミナのようなお転婆さんの方が仲良くする気が起きる。


「アヤセ! アヤセね、覚えたよ!」

「はいはい、ありがとう」


 なんとなく素っ気ない返事をしてみたが、ミナは全く意に介する様子がなく、壁に彫られたナンバーをその細い指でなぞっていた。


「んでさぁ! これってなぁに!?」


「これは、ぼくが研究員に頼んで彫ってもらったんだ。同じ部屋が続いているから、どこが自分の部屋か分からなくなっちゃうでしょ? 最初は紙にするつもりだったんだけど、目が見えない失敗作のことを考慮して研究員が指でなぞったら分かるようにしてくれたみたい」


 正直、そこまで気が回らなかったので、小夜の配慮がとてもありがたかった。


「なるほどねぇ……アヤセはいろんなことに興味があるんだね! すごいすごい」


 邪な思いなど一切感じさせない無垢な表情がぼくに向けられた。柄にもなく照れて視線を逸らそうとするが、ミナの瞳はぼくを逃がさない、と言うように真っ直ぐだ。呆気にとられたという表現が正しいのだろうか、結局ぼくは目を逸らすことが出来なかった。


「教えてくれてありがと!!」


 ぱぁっと笑顔の花を咲かせたミナを知ってか知らずか、無念にも朝食の放送が鳴り響いた。


「……一緒に行く?」

「行く!! 行こう!! おなかすいたぁー!!」


 ウサギのようにぴょんぴょんととび跳ねるミナの手を握り、共に食堂へ向かった。

 ……女子と手を繋ぐのって、こんなに恥ずかしいことなんだ! うぅっ……。





♦ ♦ ♦





「お前……ミナに捕まったのか」

「捕まったって、そんな言い方ないでしょ!!」


 食事が終わり、一息ついていたぼくたちの元にやって来たのは、瞳に生気が感じられないロミだ。きっと昨日のことで疲れているんだろう。


「へーへー、うるせー」


 ロミはミナの扱いになれているのか、手首をひょいひょいっと曲げて彼女を追い払うポーズをした。

 ……まぁ、それでミナが下がるとは思わないけどね。


「ったく、お前はいつも喜んでばっかりだな。マゾか?」

「そんなこと言われたってしょうがないよー! ロミは知ってるでしょー?」


 ミナは自分の心臓あたりを人差し指でトントンと叩いた。どういう意味なのか分からず、ミナを正面から見ると、先程までは無彩色の髪で隠れていた包帯が露わになっていた。


 純白の髪とは対照的な、毒々しいまでに黒い包帯は、ミナの左上半身に巻き付けられていた。


「これって……」

「あ、そっか、アヤセには言ってなかったね! 僕は心が動かないみたいなんだよねー! 面白いでしょ!」


 ぼくの手をむんずと掴んだミナは、自身の胸にぼくの手を当てる。

 一体何をするんだ!! とツッコミたかったが、数秒経って彼女の行動の理由が判明した。


「心臓が……動いてない?」


 本来ならば鼓動しているはずの場所が全く動いていない。試しに自分の心臓のあたりの肉を触ってみるが、人間の頃と変わらずに動いている。やはり、この現象はミナ特有のものだ。


「そう! 心臓が動かないってのもそうなんだけど、感情が変わらないらしいんだよー! いやあ、研究者クソ喰らえだよね! あはは!」


 嬉しそうに語っているが、言葉から察するに喜ばしいことではなさそうだ。出会ってから満面の笑み以外を見たことが無いが、ただ単に陽気なだけかと思っていた。それが欠点であることを知って、罪悪感に似た何かが背筋を這う。


「だからコイツはいつもうるせェんだ、分かっただろ、アヤセ?」


 やれやれ、といった様子でロミはミナを見つめる。ただ、その視線は冷たいものでも同情するものでもなく、愛情に似た何かの温かさを含んでいた。


「あ、ちなみに、心臓と関係あるかは知らないけど、怪我しても血が出ないし、痛くないんだよね!」


 所謂、無痛症というヤツだろうか?


「それって、危険から逃げられないってことじゃん! もしかしたら、死んじゃうかも………」

「いいや、ミナは今まで何回か死にかけたが、一度も瀕死状態になったことがない。死なないんじゃねェの?」


 ロミの返答に、ぼくはあんぐりと口を開けることしか出来ない。ここまで規格外れな失敗作が居ただなんて思わなかった。せいぜい、ロミのように手が使えなかったり、ナズナのように目が見えなかったり、そういうものだと思っていた。まぁ、ヒトハはちょっとだけ異質だけど……。


「……っ」

「そんなに悲しい顔しないでよ、アヤセだって僕と同じように欠点があるんでしょ!? みんな一緒だよー」


 ミナの柔らかい手がぼくの頭に乗せられた。直後、犬を可愛がるように乱雑に撫でまわし始めた。ときどき髪と指が絡まって痛い。


 そんな乱暴な撫で方は、ロミと酷似していた。ミナがロミを真似ているのか、はたまたロミがミナを真似ているのかは分からない。もしかしたら、意識していないのかもしれない。行動の一致は彼女たちの仲の良さを表しているようで、とても微笑ましく思えた。


「でも……」

「見ての通り、ミナは何にも感じてねェよ。安心しろ」


 ロミが牙を剥き出しにしてミナを見たので、ぼくもつられて見る。そこには、やはり変わり様など一つも見当たらない笑顔があった。

 笑顔の白髪少女は、不器用な少女を真似るようにして八重歯をにっと見せた。


出ました、底抜け元気少女!(笑)

グループやクラスにいると、ちょっと面倒臭がられるタイプだと思うのですが、私は結構好きですね、こういう人。

今回はちょっと短くなっちゃいましたね…次回は出来るだけ頑張ります。


次回 未定

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