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010 忍ぶ閑寂

 ぼくは、部屋に入るなり泥のように眠ってしまった。そして、約一時間ごとに目を覚まし、またさらなる睡魔の波に溺れる。


 恐らくそれを四、五回繰り返した時……それは訪れた。




「ん……ふわぁ……」


 何度目か分からない目覚めにうんざりし、体を起こして伸びをした。ぎしぎしと節が痛む。あまりの痛覚に流した涙のせいで腫れぼったい目を擦って、部屋の電気を付けようとスイッチに手を伸ばす。自室の電気を動かすのは、資料室とは違ってただのスイッチなので安心だ。しかし、その安心も消えうせることとなる。


 パチっとスイッチをオンにしようとした時、ゆっくりとドアノブが回された。

 その得体の知れない現象に部屋が凍る。鳥肌が立ち、警戒レベルが一気にMAXになる。救急車のようなサイレンが頭の中で鳴り響いている。


「だ……だれ……?」


 なんとか振り絞った声で、ドアノブを回した犯人を確認する。しかし、答えが返ってくるわけでもなく、ドアノブが回された扉は徐々に開かれる。


 恐怖で汗が噴き出し、黒の服がべったりと肌につく。心なしか動悸や呼吸が早くなっている気がする。お願いだから来ないでくれ、そんな願いは届く訳もなく、扉は全開になった。


「……へ?」


 扉の先から現れたのは、マリンブルーの髪を携えたうら若き少女だった。可憐な雰囲気が仕草から溢れ出ている。


 どうしてぼくの部屋に入って来たのだろう?


 その疑問は、彼女の包帯の位置から察することが出来た。失敗作に与えられている黒い包帯、ぼくの場合は脳に関係する欠点なので頭に巻かれているが、身体的な欠点を持つ失敗作はその器官の近くに巻かれている。例えば、ロミならば手を使えないので、手に包帯が巻かれている。


 彼女の包帯は、スイカ割りをする際の目隠しのように巻かれていた。ちょうど目がすべて覆われている。あれでは、前も後ろも、上も下も分からないだろう。彼女は、きっと【目が見えない】んだと思う。


「あの……ここ、ぼくの部屋だけど……」

「えっ」


 マリンブルーの彼女は小さく肩を震わせた。オロオロとしている様子がなんとも可愛らしい。


「……私、もしかしなくても部屋間違えてる……よね」


 はぁっと彼女は大きく溜息を吐き、なんて出来の悪いヤツだ……だのなんだのを呟き始めた。どうやらネガティブモードに入ってしまったらしい。


「ほんとにごめん。昨日も間違えちゃったらしくて……」


 うわぁぁぁ、と言わんばかりの勢いで頭を下げられ、ぼくの方が驚いてしまった。

 もしや、昨日の夜にぼくの部屋に入ったと噂されていた失敗作は、彼女なのだろうか?否、そうに違いない。きっと隣の部屋とか、そんな感じなんだろう。やっぱり間違えちゃうよね、うん、分かりにくいもん。


「だ、大丈夫。君さ、もしかして……ナズナっていう子?」


 作成したマップから考えると、ぼくの隣はロミと、ナズナという失敗作だ。ロミは……まぁ、間違えて入って来ても顔を知っているから迷うことはない。だから、この子はナズナではないかと見当をつけたのだ。


「あ、あれ? なんで知って……うん、私はNo.727 ナズナ。見ての通り、【目が見えない】。また間違えることがあるかもしれないから、先に謝っておく。ごめん」


 先程まではドジっ子としての性格が前面に出ていたが、落ち着くと極めて冷静になるらしい。ナズナは淡々と用件や必要なことを述べている。機械的だなぁ、と思いつつも、やはりお嬢様然としたヤイチや、女性としての丁寧な言葉で話すシルフィーよりは仲良く出来そうだ、と確信した。ヤイチとシルフィーには悪いけど…。苦手なものは苦手なのだ、許してほしい。


「ぼくはNo.187 アヤセ。【嘘が吐けない】んだ。あ、それと、君の部屋は廊下に出て右側だよ」


 ナズナは冷静沈着とした態度で「ありがとう」と述べ、ぼくの部屋から去った。帰り際に、「よろしくね、アヤセ」と一言頂いたので、「こちらこそ」と返しておいた。


 ぼくとしては、ナズナのような冷静な友人が出来て狂喜乱舞するほどに嬉しい。今までに出会った失敗作の中で一番信頼しているのはロミだが、それと匹敵するくらいに信用出来そうな雰囲気が漂っている。過度な期待はいけないが、多少なら神様だって許してくれるだろう。


 ナズナと仲良くできる未来を描きながら、また何度目かの睡魔に身を任せて波に溺れた。





♦ ♦ ♦





 さて、時は急速に進むことになる。


 ぼくは二度目の夜を自室で過ごし、研究所生活三日目の朝になった。昨日は寝てばっかりいたので記憶がない。その代わりに、ぼくは元通りの体力を手に入れた。


「しっかり休んだ!?」

「は、はい! めっちゃ寝ました! はい!」


 廊下に出るなり、ぼくを待ち伏せしていたヤイチに怒鳴られた。もうやだ、怖い。寝たら忘れてよ!


「まあ……睡眠薬飲ませたし、寝てもらわないと困るんだけどね」


 軽いノリで恐ろしいことを言いながらヤイチの車椅子の影からひょこっと飛び出て来たのは、怒っても悲しんですらもいないヒトハだった。今日も、左右対称に飛び出たミモザの髪が楽しそうに跳ねている。

 ……というか、ぼくって睡眠薬を飲まされてたの!? 初耳なんだけど!


「はぁ!!?」

「えー、そんなに驚くこと?」

「驚くよ! 詐欺じゃん! 無理矢理眠らさせられてんじゃん!」

「まあいいのいいの」


 全然よくないんだけどな……と思ったが、これで抗議しても結果は変わらなさそうなので、口を噤むことにした。


「さぁてと、睡眠薬で眠らされちゃったアヤセの話は一旦置いといて、探索するエリアを決めますか」


 ニヤリと悪魔の様に微笑むヒトハの手には、いつの間にかぼくが持っていた資料室の本があった。ぼくが睡眠薬のくだりで動揺している間に取ったのだろうか?むーん、怖い。


「んーっと……あれ? こんなところに部屋なんてあったっけ?」


 ヒトハが本を眺めながら不気味なことを言うものだから、ギョっとしてぼくも覗いてみた。

 地図には、ドアノブや扉が無い場所にも’部屋がある’と記されている。上下逆さまに見ても、その事実は逆さまにならない。


 この地図通りであれば、ぼくたちの部屋がある壁の向かいの壁に部屋があるということになる。しかし、いくら壁を見つめてもドアノブらしき物体は見当たらない上に、もはや扉すらない。全てが白、それは紛れもない事実だった。


「……意味が分からない」


 ぼくが思わず零したその言葉に、二人はその通りだ、と頷いた。


「とりあえず、監視棟だけさがそっか。……部屋の秘密はそれが終わったらで」

「わかった。えーっと……? ……監視棟は、食堂の前にあるみたいだね」


 たしか、食堂の前の壁にも扉らしきものはなかったはずだ。なのに、この見取り図には書いてある…。謎は深まるばかりだ。

 壁を破いてしまったら、扉が出てくるだとか、そういう仕掛けなのだろうか?いや、破くというトリックならば、小夜が出入りする時に既に破けている状態なのだから、真っ白なのは可笑しい。


「……ロミだね」


 誰が発したかも分からないその呟きは、ぼくたちを納得させるのに十分だった。





♦ ♦ ♦





「アヤセだけじゃなく、お前らもアタシのことを便利屋だと思ってないか?」


 今日はぼくだけじゃなく、ヤイチとヒトハも一緒にロミを呼びに行った。ちょうど部屋の前にいたので、一人で行くのもなんだかなぁ……と、満場一致の意見が出たからだ。

 そんなぼくたちを見て、ロミはだるそうに溜息を吐いた。怒る訳でも喚く訳でもないので、本当にうんざりしているんだと思う。ごめんね。


「まぁ、暇だったからいいけどよ」


 その言葉にぼくたちを顔を見合わせて、ふふっと小さく笑った。胸の奥から感じる温かさが堪え切れなくなったんだと思う。傍目から見たら奇行に思える行動に、ロミが静かに眉を動かしたのがちらりと見えた。


「そういえば」


 ぼくは昨日の出来事をふと思い出し、呟いた。先を歩いていたヤイチとヒトハには聞こえていなかったようだが、ちょうどぼくの隣を歩いていたロミには聞こえたようだ。ロミは、「なんだ?」とぼくよりも少しだけ身長が高いせいか、前傾姿勢になりながら続きを促した。


「ロミってなんだかんだ頭良いよね」

「あ?」

「いや、なんというか……ぼくたちが知らないことを知ってたりするしさ」


 ぼくはここに来て日が浅いので知らないことがあって当然なのだが、長く生活しているであろうヒトハやヤイチが知らないことを知っていたりする。例えば、資料室のセキュリティーとか。


「アタシたち失敗作は、一応の教育を受けるんだ。第三棟じゃあない『どこか』でな」


 ロミは、当然だろ、といった顔で応答した。お前は受けなかったのか、と訝しげな表情もオマケでついたきたが。

 教育は受けた覚えがない。生まれてきて、失敗作だったことを知らされて、無理矢理第三棟に送り込まれたのだ。教育だなんて、どこで受けたのかと言われるレベルで暇がなかった。


「どんな事情があるのかは知らねェけどよ、受けてないヤツもきっといるだろうな。だから……気に病むなよ」


 知らぬ間に暗い顔になっていたのか、ロミは動かない手をぼくの頭にポンと乗せた。そして、髪の毛がくしゃくしゃになることを厭わず、ロミは乱暴にぼくの頭を撫でる。手はずっと気をつけの形のままなので、たまに頭蓋骨と手の骨がぶつかって痛い。でも、何故か安心する。


「へへっ……」


 無意識に照れ隠しの様な笑いが出てしまった。きっと今のぼくの顔はニヤけていてだらしが無いと思う。ロミはなんとも形容しがたい顔をしていたが、それも愛おしく見える。


「あー、あとな、頭の出来で言えばヤイチの方がいいぞ。……ってか、テメェ、資料室の扉にセキュリティーかかってること知ってただろ! 知らなかったとは言わせねェ、アタシと一緒に授業受けてたもんなァ!!」


 ロミがぴきぴきと青筋を立て、気味の悪い笑みを浮かべながらヤイチに向かって叫んだ。その様子が面白かったのか、ヤイチは赤毛を揺らしながらこちらを振り返って、からかうような笑みを返した。


「……チッ。あいつは食えねェから好かん」


 ばつが悪そうに深緑の彼女は舌打ちをかます。その様子を見て、ぼくは同情の笑みを漏らした。


「ヤイチが頭良いのは分かったけど、ヒトハは? みんな授業は受けるんでしょ?」

「アイツは……悪いわけじゃねェ。興味が無いことはすぐ抜けるだけだ」

「あぁ……」


 妙に説得力があるのは、今までの彼女を見てきたからだろう。


「なにその言い草! アヤセも納得しないでよー……。それと、ヤイチでもロミでもないウチから言わせてみれば、実はロミの方が冷静で頭良いんだよねーっていう、補足」


 車椅子を押す手を少し緩め、ぼくたちの速さに合わせたヒトハが、へらへらした調子で言った。自分が、言わば『天才寄りのバカ』と言われたことを全く意に介していないようだ。


 それにしても……ロミが冷静だとは驚いた。たしかに、激情に駆られていなければクールキャラで押し通せるくらい、冷ややかな瞳と無表情を貫いている。ヒトハが説明したことの八割は納得できた。


「まぁ……キレてる時は冷静とはかけ離れてるけどね! はははっ!」


 ロミは、腹を抱えて大笑いするヒトハを、足を踏むことによって制した。「いででで」と悲鳴が聞こえるので、かなり痛そうだ。かわいそうに……と、心の中で合掌をしておいた。


「そういや……アヤセ」

「ん?」

「お前、靴が欲しいとかなんとか言ってたよな」


 ぼくは、この研究所に来た初日に、ロミに「靴があればいいのに」と愚痴を零したことがある。その時は軽く流されてしまったので記憶のどこかへ追いやられていたが、どうやらロミはずっと覚えていてくれたらしい。胸にじわりと熱湯が垂らされた感覚が愛おしい。


「今はあるか分からんが、監視棟の物置にあったはずだ」

「え!?」


 靴が研究所内にあることにも驚いたが、何より、ロミが監視棟に行ったことがある、という方が驚きだった。監視棟は、失敗作がいけるような場所なのだろうか。


「どうして監視棟に……」

「……さぁな、知らねー」


 ぼくは、素っ気なく答える彼女の目が、少しだけ泳いでいるのを見逃さなかった。…いや、ぼくの目は見逃してくれなかったのだ。

 心がきゅっと締め付けられるような感覚に、息が苦しくなった。


 ……一体、ロミは監視棟で何をしていたのだろう?

お久しぶりの新キャラ、ナズナちゃん。

彼女は、別サイトで掲載していた同作品の主人公でした。それなりに設定も組んであったので、生かすことが出来ればいいのですが…。

別サイトの『ぼくらは出来ない』よりも設定や伏線を練ったのはこちらの『ぼくらは出来ない』です。成長出来ていればいいですね(他人事)

次回 物知りロミの平静の欠如(仮)

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