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009 憤怒、そして倦怠感

 資料室内は気味が悪いほどに暗く、今は朝のはずなのに真夜中に閉じ込められたような気分になった。瞳孔が開くまでに時間がかかったので、それに呼応して闇の中のものを確認するのが遅れた。


「たくさんの……本?」


 床や机に乱雑に置かれていたのは、無数の書物。入口から差す光りだけが頼りなので、表紙や文字は全くと言っていい程見えない。ただただ分厚いことや、数が多すぎるということだけが分かる。


「とにかく、電気付けよう? このままじゃ見えるものも見えないよ」


 ヒトハが天井を指差しているのが影で分かった。

 それにしても、どこにスイッチがあるのだろうか?入口の近くにあるかもしれない、と歩み出したが、床の本につまづいて顔から転んでしまった。どでーんっと、かなりの音量だった……と思う。


「いってて……」


 額をさすりながら手探りでスイッチを探す。掌で壁を撫でると、凹んでいる部分を見つけた。もしかしたら、スイッチかもしれない。そっと人差し指で触ると、全身が倦怠感に襲われた。


「!?」


 脱力感に近いものを感じるのと同時に、自分の中の生気のようなものが吸い取られていく感覚がした。魂が掃除機で吸い取られているような気分だ。下手したら、体だって吸い込まれてしまうかもしれない。そのくらいの強さだった。


 ぼくが魂の吸引による頭痛やめまいに頭を殴られている最中に、皮肉にも部屋の明かりが点いた。急に明るくなった部屋は、瞳孔を開ききったぼくらには毒だった。


「も……無理……」


 あまりにも激しいめまいに耐えきれなくなり、その凹みから手を離す。すると、見計らったかのように部屋の電気が消えた。暗幕が垂らされて、ぼくらはまた瞳孔を開かないといけなくなった。


 手を離したタイミングも考慮すると、この凹みに手を当てることによって電気が点くのだろう。しかし、その代償となるのは触れた者の生気のようなもの。ハイリスクハイリターンな仕組みにうんざりしながら、ぼくはまた凹みに手を翳した。


「うっ……」


 ガンガンと殴られるような痛みと歪む視界。こんな感覚は高熱を出して寝込んだ時以来だ。

 膝から崩れ落ちそうになるが、立っていないと凹みに手が届かないのでそういう訳にもいかない。失敗作として生まれて、この第三棟で生活し始めてから、初めての苦行だ。


「アヤセ、大丈夫? なんか辛そうだし、代わろうか?」


 一人で車椅子を動かしこちらへやって来たヤイチが、汗をびっしょりとかいたぼくの肩に手を置く。どうやら、周りから見てもぼくの顔色の悪さは異常らしい。


「……っま、まだいける……かも……はぁっ」


 ぼんやりとする視界の中、なんとか声を振り絞る。

 本当は投げ出してしまいたいくらいに大変なのだが、嘘を吐けない脳はぼくに嘘を吐くのを許さない。つまり、ぼくの脳は「まだお前になら出来る」と体の倦怠さに拍車をかけているということだ。まさか、こんなところで裏目に出るだなんて思ってもいなかった。


「……ぼくが倒れない内……に……研究所の構図とか……はっ……大事な書類……見つけて……!」


 ガンガンという衝撃を上回り、ドンドンという衝撃に変わった痛みに耐えながら、ヤイチに用件を伝えることができた。よくやったぞ、ぼく。これで優秀なヤイチは書類を見つけ出すことが出来るだろう。


「……わかった、いつでも代わるからね」


 本当は、車椅子に座っているヤイチには凹みまで腕が届かないんだけどな……。この言葉をなんとか飲み込んで、「二人とも、地図を探して!」とロミとヒトハに指示を出すヤイチの邪魔をせずに済んだ。


「あぁっ……ぐぅ……はっ……はっ……」


 息切れが激しくなってきて、過呼吸の様な状態の一歩前になろうとしている。

 研究員は、こんな苦痛に呑まれながらここで作業しているのか……?どうして普通の電球に変えないのだろう?そんな疑問が無意識に浮かんでは、痛感で打ち消された。


 ……だめ、意識が……目がかすんで……

 いつの間にか流れていた涙が首筋を伝うのを感じながら、ぼくは霞む視界を最後に意識を手放した。






♦ ♦ ♦





「ん………?」


 頬に流れる生ぬるい液体が、ぼくの意識を呼び起こした。目元を確認するが、濡れていた形跡はない。


「代わるって言ったでしょ!!」

「はえ!?」


 突然の声に肩をびくりと上げる。


 状況が理解できず、あたりをキョロキョロと見回していたが、その大声によって音源の方向を振りかえられずにはいられなかった。

 ぼくが振り返った先には、赤髪を炎のように逆立たせて怒っているヤイチがいた。口元は不気味に歪められており、青筋が顔に浮かべられていた。せっかくのお嬢様顔も怒っていると台無しだ。


「どうして私に代わってくれなかったの! 辛くなったら代わるって約束だったでしょ!?」


 見開かれた目は血走っていて、それだけ本気で怒っているのだと確認させられた。

 ぼくやぼくの友人は、怒ると怒った顔をしている_まあ、それが普通なんだけれども_をしているが、ヤイチの場合は怒ると口元を歪めるらしい。笑っているようにも見えるその顔は全く穏やかではなく、むしろ鬼や悪魔、魔王といった表現が正しいだろう。


「ご、ごめんなさい……」


 その形相と勢いは謝らずにはいられない何かがあった。とにかく怖い。早くこの場から逃げてしまいたい。


「理由は? どうして頼らなかったの?」


 ヤイチが怒りながら笑って尋ねてくるので、ぼくは、凹みに触れないと電気がつかないということ、そして車椅子に座っていてはその凹みに手が届かないことを伝えた。

 それはしょうがない、と諦めてくれると踏んでいたのだが、ヤイチの怒りに油を注いでしまったようだ。赤髪がさらに逆立って見える。


「あのねぇ……私、足は使えないけど脚は使えるから、膝立ちくらいなら出来るの!! あんな凹み、すぐに手が届いた!!」


 ヤイチは、ベッドから身を起こしただけの状態で怒鳴られているぼくの肩を揺さぶり、今までに見たことが無いような剣幕で語りかけてくる。目がばちりと合わせられていて怖い。さっきから怖いしか考えてないけど、本当に怖い。普段大人しい人が怒ると怖い、というのはこういうことなのだろうか。


「あと、ヤイチまでバカになったら探し物できないし……」


 以前のぼくならもう少しだけ優しい言い方が出来たのかもしれないが、繕うことを許してくれない脳はそのまま直球、ドストレートで言葉を発しろと命令してくる。


 しかし、ぼくのド直球な言葉なんかまるで聞こえていないようで、まだまだヤイチのお小言は増えて行く。


 大変な時は仲間に頼れ、自己管理はしっかりしろ、私だってやればできる……などなど、覚えている限りではこの話を三回くらいループしている。彼女の言葉はぼくの耳を左から右に通過しているので、もしかしたらまだお小言の種類はあったかもしれない。


「聞いてる!!?」

「は、はい!! すみません!」


 ……はぁ、これからはヤイチを怒らせないようにしよう。






♦ ♦ ♦






「その顔は、しっかり叱られてきた顔だね」


 ヤイチのお小言から解放され、扉を開けて外に出る。どうやらぼくが寝ていた部屋はヒトハの部屋だったようだ。ヒトハの部屋は西側にあるので、資料室からならぼくの部屋が近いはずなのだが、何故遠いヒトハの部屋まで運んだのだろう?


 その疑問はすでに解決しており、解答者はヤイチだった。


 『アヤセの部屋は、殺風景で何もなかったんだもん。医療道具なんてあったもんじゃない! ヒトハの部屋には薬とか水とか、医療に大事なものが揃っていたから、ここまで運んだの。……ロミが』


 ……ということらしい。

 どうしてヒトハの部屋に医療に関係するものがあるのか、という疑問はとりあえず放っておくことにした。


 それにしても、ロミにお姫様抱っこをされているのを想像すると、気色悪いというか、情けないというか……とにかく、微妙な感情になる。


「いやぁ、面白かったよ、アヤセ。ロミに引きずられてたんだもん」


 口元に手を当ててぷくくと笑うヒトハに多少殺意を覚えたが、背後から溢れる安堵感のようなオーラが、ぼくのことを心配してくれたという事実だ。ちょっとどころか、かなり嬉しい。


「……アヤセ、気を失いながら変な凹みに手を突っ込んでたんだ。覚えてる?」

「うん、ちょっとは……。でも、気を失ってからも凹みに手を入れてたなんて、知らなかったよ」


 通りで、気を失う前の頭痛に上乗せして、気だるさが体に沁み込んでいるはずだ。さっきまで眠っていたが、もうひと眠り出来そうなくらいに疲れている。


「それにロミが気付いてね。アヤセを床に寝ころばせた後、自分が手を突っ込んでたよ」

「えっ!? それ、ロミも危ないんじゃ……?」


 ぼくが倒れるくらいの苦痛だ。いくらなんでも、ロミが疲労していないということにはならないだろう。その上、帰ってくる時にここまでぼくを引きづったのだ。ぼくよりも疲れているだろう。


「なんか……ロミは元気だよね、うん」


 ヒトハはどこか遠い目をして答えた。なんか、触れちゃいけない部分に触れてしまった気分だから、この話題はなかったことにしよう。


「あ、それでさ。一応見取り図は手に入れたよ」


 遠い目から現実を見据える目に戻ったヒトハが、嬉しそうに一冊の本を出した。


「これは……?」

「資料室に落ちてた本。中見てみてよ」


 ヒトハから本を受け取り、埃の匂いがかすかにするページを捲った。なんと有難いことに、普通の日本語で書かれていた。資料室の前に描かれた暗号のようなものではなくてよかった、と安心しながら文字を追う。

 中には第三棟の説明や用途、地図が載っているページが何枚かあった。監視棟の場所も載っているみたいなので、この本さえあれば第三棟を攻略できそうだ。


「監視棟に行くの……明日にする? 今日にする?」


 探検に目を輝かせたヒトハが、回答を今か今かと待っている。

 今日はもう歩けそうにないし、電気のスイッチと同じ原理の物に太刀打ち出来る自信が無い。出来れば明日にしてほしいし、今日は使い物ならない。


「明日にしてほしいなぁ……悪いんだけどさ」

「おっけーおっけー、ちゃんと休みなよ。またヤイチに叱られるのは御免だよね」


 意外にも呑みこみが早くて助かった。早く部屋に戻って寝たい。今はそれだけしか考えられないくらいに疲れている。きっとロミもそうだ。


「んじゃぁねー」


 ヒトハが手を振りながら自室に戻るのを確認し、東側のぼくの部屋まで必死に歩く。

 ヤイチからもらったチョコレートの味は、いつの間にか消えていた。


笑いながら怒る人って怖いですよね。…私だけかな?

叱るときはちゃんと叱ってくれる、そんなお姉さんを目指してヤイチを書いてみました。いやあ、ヒステリックお姉さんにしか見えない…。

次回 第三棟の秘密(?)


♦追記♦

 この話までの登場人物の詳細を、活動報告にまとめました!

設定や容姿がごちゃごちゃになっちゃった方や、細かい設定が気になった方はそちらへどうぞ!

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