思いやりと福祉
「最初に言っておくが」
ジョーがいう。
「俺は何も言うつもりはない」
チャールズを車から追い出したあと、ステイプルトンとジョーはバートン市庁舎前にいた。バートン市庁舎前は噴水広場になっており、犯罪都市のイメージを払拭するために3年前からフラワーガーデンがある。その効果はいまのところ全く見られないのは周知の事実だ。噴水のふちに腰掛けながらジョーはテリーズコーヒーのコーヒーを飲む。
ステイプルトンはニヤニヤしながらジョーを見る。ジョーは苛立っていた。間違いなく野暮用を抱えているってつらだ。それを邪魔されて機嫌が悪いに違いない。ステイプルトンの目論見は間違っていなかった。
だがステイプルトンははぐらかすように肩をすくめる。
「別に、ただ知り合いがいたから食事にさそっただけだ」
「これは忌憚のない意見だが吐き気がする」
ステイプルトンは愉快に笑いながら冷え切ったハンバーガーを食む。
ジョーが苛立っているさまが心地よかった。様々なしがらみを考慮しなければステイプルトンはジョーのやること成すこと全てを邪魔したいと思っている。だがジョーのやることはステイプルトンにとって利益になるときがある。だからステイプルトンはジョーを逮捕しないのだった。それはジョーにとっても同じである。
「ダン・ボイル」
ステイプルトンはいいながらジョーを横目でみやる。ジョーは眉ひとつ動かさずにフラワーガーデンを眺めている。サングラスをしているので奥の瞳が何を捉えているのかうかがい知ることはできない。
「昨夜そいつの家で銃撃があった。撃ち合いじゃない。玄関先から一方的に乱射している。結果5人のギャングと家主のダン・ボイルがなくなった」
「よくある話だ」
「ああ、よくある話だ。ギャングの抗争なんざ、この街じゃあ大した事件じゃない。だが、俺はそう思わない。これはただの事件なんかじゃいってな。何故かわかるか? 昼間、ジョー・バニングがダン・ボイルの家に入るところを目撃されたからだ」
「そうか」
「それだけか? “俺は犯人じゃない”とか、“何のことかさっぱりだ”とかしらばっくれなくていいのか?」
「事実だからだ」
ステイプルトンのあてがはずれた、もう少しジョーが苛立つものだとおもっていた。ステイプルトンは肩をすくめて切り替える。
「まあ、別にお前のやることにとやかく言うつもりはねえよ」
「だろうな」
相変わらずすかした態度だ。その態度がステイプルトンは何より腹立たしい。
それは腹のうちに隠し、懐から小さな袋をジョーに手渡す。
見ると、中には白い粉状のものが入っている。
「ケイバ―クリーン。今街で流行っている薬だ。かなり依存性が高く、使用者曰く、“とでもキク”らしいが、同時に毒性も強い」
「ギャングの仕業じゃない」
「ああ、ヤク中が死んだら仕事にならないからな」
ジョーは押し付けるようにステイプルトンにケイバークリーンを返す。
「今仕事を受けるつもりはない」
「そうじゃない、警告だ」
「警告?」
ジョーはステイプルトンの方を見る。二コリとも笑わず、仄暗い目でジョーを見ている。
「この街はいま変わり始めている。わかるだろう?」
「ああ、悪い方にな」
「まるで終わらない悪夢だ。終わらせるつもりはないが、これ以上はクソになるのは困る。バニング、気をつけろよ」
ジョーはなつかない猫が腹を見せたときと同じ表情をする。
「なんのつもりだ?!」
「なんだよ、俺が心配しちゃ悪いってのか?」
「それこそ悪夢だ」
「お前の遺体に向かって好きなだけ罵るのが俺の夢だが今は利益が優先だ。いいかバニング。何をしようが知ったことじゃないが俺に手柄を残しておけよ」
「話は終わりだな」
ジョーはフラワーガーデンにコーヒーカップを放り投げる。
「公共の花にゴミを捨てた容疑で逮捕したいがお前が手柄をくれることを信じて見逃してやるよ!」
フラワーガーデンの淵にある“思いやりと福祉”の看板にコーヒーの汚れがついていた。